18_異変前
ーー世界に異変が起こる数分前。
「最近、魔物の数が増えてねぇーか」
「ああ、不穏だな。何か大きな事が起こる前兆とかじゃないのか」
森の中を歩くエウノキ村の男二人は、最近のちょっとした世界の異変に不安を抱いていた。
コク、コク、コク……。
彼らの後ろで、何かが首をゆっくりと回転させ奇妙な音を鳴り響かせ、薄暗い森の中で二つの眼光をギロリと輝かせる。
途端に彼らは思わずまるで金縛りにあったかのようにその場から動けなくなる。何か魔法をかけられたとかではなく、純粋な恐怖によるものだ。
殺される。
彼らは、人間ではない何かの殺意に触れて即座に自らの死を予感した。彼らが後ろを振り返る前に、近くの木に擬態していたそれは、バサッと両翼を動かし飛び立つ。
大きな口を開け、彼らになんのためらいもなく、己の食欲をただ単純に満たすためだけに食らいつこうとする。
彼らを食らいつこうとするのは、フクロウのような形をした魔物プクロウ。
プクロウは本来、禍々しい紫色の体毛を身に纏っているが、擬態する際は、擬態する対象の色へと体毛の色を変化させ、気配を消す。
黄色く虚ろなプクロウの瞳には、恐怖する二人の人間の頭が映っている。二人に食らいつこうと大きく開かれた口の中には、十分に咀嚼するための鋭利な歯が見事なまでに生え揃っていた。
プクロウは足の爪で、彼らの肩をがっしり掴む。今にも、村人が魔物に捕食されそうになったまさに瀬戸際。その差し迫った状況を打破するように、呪文を叫ぶ声が静寂に包まれた森にこだまする。
直後、プクロウは青色の光につつまれたかと思うと、ものすごい勢いで何かに突き飛ばされたかのように、ぶっ飛んでいく。
ドオーン。
そのまま、なすすべもなく、近くの大木に激突する。大木から、幾数もの木の葉がひらりと落下し宙を舞う。
プクロウは何が起こったのか認識することなく激突した衝撃で、気を失っている。身体は、めり込みまるで大木と一体化しているようだ。
杖を持った男ギリが、徐ろにプクロウがめり込んでいる大木に近づく。そして、杖の先をプクロウに向けると言った。
「トドメだ!」
ギリは、呪文を唱えると杖の先に光を一瞬で凝縮させるとプクロウに向かって凝縮した光を解き放った。無慈悲に一直線に放たれた光は、大木ごとプクロウを貫き消滅させる。
その一瞬の出来事に、プクロウに命を狙われていた二人は、口を開けぽかんとしている。
ギリは、村人が安全であることを確認すると、何も語ることなく片手で杖を持ち村人二人のもとを離れる。
「あ、ありがとうございます!!」
「た、助かりました!!あなたは、命の恩人です!!」
ギリに命を救われた二人は、声高に彼の背中に向かって感謝の気持ちを伝える。
「ただの気まぐれだ。感謝の言葉はいらねーよ」
ギリは、吐き捨てるようにそう言うと、体をフワッと浮遊させ、木の上のエウノキ村へと去っていった。
※※※
「いや、さっきのは、かっこよかったですよ!」
「ギリさん、お疲れ様です!」
エウノキ村でコオとヒイの二人が後頭部で手を組みながら前を歩くギリに話しかける。
「お前たち見てたのか。ただ、気が向いただけだ。ただ、魔物に人々が襲われるのを見ているのも気分が悪いしな」
ん、なんだ……。
2人と一緒に歩いていたギリだったが、急に今まで感じたことのない違和感を感じて真顔になる。
「どうしたんですか?ギリさん」
「おかしい。空気中のマナがあり得ない動きをしているんだ。どこかに集まっているようだ」
ギリは、マナの存在を敏感に感じることができた。空気中に浮かぶマナは本来、留まっており急に動き出すようなことはない。そんなマナの性質を知っていた彼は、マナがまるで何かに引き寄せられているような動きをしていることに違和感を抱かざるを得なかった。
この違和感を感じたのはギリだけではなかった。マナの存在を認識できる全世界の魔法使いたちが、そのおかしなマナの動きを感知し空を仰いでいた。
なんてことだ……。
その世界の異変に、優秀な魔法使いたちは身を震わし絶望した。
魔法使いにとって空気中に充満するマナは不可欠なものと言っていい。空気中のマナを集めることで強力な魔法を行使することができている。
仮に周囲のマナが、完全にどこかへと吸い寄せられなくなってしまえば、魔法を行使することができなくなってしまう。
だが、このおかしなマナの動きはこれから訪れるさらなる天変地異のほんの一部に過ぎなかった。
世界中の魔法使いたちが、空を仰ぐ中、突如、この世の終焉を予感させるような激しい地震が起きる。
「な、なんだ!?」
「ギリさん、地震がやばいです!!」
コウとヒイが急な地震にうろたえる。
「落ち着け!俺がいるから大丈夫だ!それよりも、なんだあれは……」
遠方にある白神山の上に見たこともない塔がそびえ立っていた。空気中のマナは先ほどとは比にならないほどのペースでその塔に吸い寄せられていた。
「大変だ!魔物たちが、攻めて来る!」
ギリが塔を眺め唖然とする中、村人の鬼気迫る叫び声が耳をつんざく。
何事かと振り向くと、血相を変えた村の人々が、何かから逃げるように、こちら側に走って来る。
ブーン。
そんな逃げ惑う人々の背後で、虫の飛翔するような不気味な音が響く。
「きゃあぁあああああああ!!!!」
直後、湧き上がる恐怖をそのまま吐き出したかのような村人の悲鳴。逃げ惑う村人の背後には、無数の昆虫型の魔物が当然のように接近していた。
その魔物たちの中で一番大きい魔物の口元には、村の護衛をしていた一級魔法使いが、咥えられていた。
どうして、魔物がこんなところに。
本来、村に、流れ込んで来るはずのない魔物たちを見て、ギリはとんでもない事実に気づく。彼はギュッと拳を強く握りしめ呟いた。
「村を守る魔法壁が崩壊している……」
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