第17話 クレープ

 今日はカリーヌお姉様からある贈り物が届く日だ。

 私は嬉しくて朝からテンションが高かった。

 カリーヌお姉様の婚約者の家は国の酪農関係を牛耳っている家だ。これで何かわかるだろう。そう、贈り物とは生クリームである。

 まさかのこの世界に既に存在したのだ。言われてみればバターがあるんだから生クリームも存在して当然だった。

 ホイップクリームを見たことが無かったので無いと勘違いしていたのだ。

 

 今日は私の休日である。届いた生クリームを手に、一日中料理ができると喜んだ。

 朝からキッチンで一心不乱に作業していると、ダリアスが声をかけてきた。

「非番なのに何やってるの?」

 ダリアスも今日は非番だったはずだ。制服ではなくラフなシャツを着ている。

「なかなか生クリームが泡立たなくて。やっぱり温度が高すぎるせいかな?」

 私はわからないことを承知でダリアスに愚痴をこぼした。

「温度?氷出そうか?」

 私は一瞬何を言われたのかわからなかった。ダリアスがそばにあったボールを取ってそこに氷を出す。

「これでどう?」

 まさかの『氷結』のギフト持ちだった。私は口を開けたままダリアスを見つめる。

「あれ?言って無かったっけ?」

『氷結』のギフトはギフトの中ではよくあるものだ。食材を腐らせずに運べるので、覚醒すると商家にかなりの高給で雇われる。騎士になるのはとても珍しかった。他に多いギフトは水や火を出せるものだ。こちらは騎士になるのは珍しくない。

 ダリアスは伯爵家の次男だ。きっとお金より名誉を取ったのかもしれない。

「初めて聞いたよ!凄く助かる、ありがとう」

 私は氷の上にボールをのせて生クリームを泡立てる。今度は上手に固まってくれた。

 あらかじめ焼いていたクレープ生地にホイップクリームを落としてイチゴを盛る。そして包んだものを、不思議そうに見ていたダリアスにあげた。

「旨っ!」

 黙々と食べるダリアスに私は得意げに笑った。ホイップクリームは素晴らしいのだ。

「クレープのいいところはねー、自分の好きな具材を包めるところなんだよ」 

 私はお茶の時間に出そうとイチゴを切っていた。生地も沢山焼いていた。

 あとはクリームを泡立てるだけだと思っていたところにダリアスが来たのだ。

「泡立てるの手伝うよ。早くみんなに食べさせよう」

 袖をまくるダリアスにありがとうと言うと二人で一心不乱にホイップクリームを作った。

 

 ティータイム、私は広場で大声で叫んだ。

「今日のおやつはイチゴのクレープでーす!」

 するとみんな突進してくる。いつも通りスノーが咆哮で止めてくれた。

 シートを敷くとお皿に置いたクレープを並べる。みんなあっという間に平らげてくれた。

 ナイトはホイップクリームが気に入ったらしい。お皿を咥えてお代わりを催促するも、他の聖獣様に見つかって叱られていた。

 ナイトは聖獣としてはまだ幼いらしい。ルールを守れず叱られることもしばしばだった。

 それでもマドレーヌの言うことはよく聞いたため、特に問題なく他の仲間と馴染んでいった。

 

「そういえばマドレーヌはパレードの時どうするんだ」

 アントニオ先輩が相棒である猫のアンドレと、ナイトを一緒に遊ばせながら聞いてくる。

 パレードは教会の行事だ。三柱の女神に与えられた聖痕を持った人物の中で、最も治癒の力の強い者は聖女または聖人と呼ばれる。

 年に一度、聖人に選ばれた者が教会から古代聖殿に祈りをささげるため移動するのをパレードと呼ぶのだ。民衆に人気の行事である。

 パレードには聖獣保護隊員はほぼ強制参加だ。数名の隊員だけを隊舎の見張りに残して、それぞれの相棒と一緒に聖人を護衛しながら進むのである。

 私は正直気乗りしなかった。今の聖女は夢の中とは違う、老齢の女性だ。でも近々、夢の中の聖女に代替わりするだろう。そうすればお兄様達は、聖女と恋に落ちて夢と同じ結末になるかもしれない。火あぶりになる夢は見なくなったが、私はまだ少し怖かった。

 でも参加は避けられないだろう、私は今や有名人だ。民衆の支持が欲しい教会が、放っておくはずがない。

「スノーもナイトも連れて行くと思います。スノーに乗って移動するかは隊長と相談ですね」

 そう言うと、アントニオ先輩は納得したように頷いた。

「王太子殿下は参加するのか?何か聞いてるか?」

 お兄様も一応聖獣様に選ばれた存在だ。教会は何が何でも参加させたいだろうな。でも王はきっと許さないだろう。

 私は首を横に振ってわからないと返した。でも教会の信頼を回復させたいお兄様は参加したいと言い出しそうだ。

 何事もないといいなと、私は楽しそうに遊ぶアンドレとナイトを見ながら考えた。

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