第12話 ふわふわパン
その日私は朝から大はしゃぎだった。
ついに酵母が完成したのだ。これでフワフワのパンが食べられる!
朝から基礎トレーニングをしながら鼻歌を歌っていると、プルメリアが聞いてくる。
「そんなに楽しみだったの?あの瓶のリンゴ」
「そうだよ、きっとプルメリアも気に入るから、楽しみにしてて!」
メリーが美味しいものの気配を嗅ぎつけたのか、トレーニングの妨害をしてくる。早く作れと言っているようだ。スノーに取り押さえられて叱られていた。
実は昨日の夜中に生地を作って一時発酵させてある。後はガス抜きして二次発酵させて焼くだけだ。
「マドレーヌ!手紙が届いているぞ」
隊長が走って手紙を持ってきてくれた。わざわざ持ってきてくれるなんて緊急だろうか。
隊長から手紙を受け取って、中を見ると先ぶれの手紙だった。なんとお兄様とトロイが明日の午後に尋ねて来るらしい。
私は隊長に相談した。
「きっと殿下はお前を心配しているんだろう。明日のティータイムの間は休みにしてやるから久しぶりに会うといい」
隊長はそう言って去っていった。私は内心緊張していた。実は私はお兄様といとこであるトロイが怖い。
何度も見た火あぶりになる夢の中で、私を追い込んだのは聖女に恋をした四人の男だったのだ。二人は聖女に恋をした。何があっても聖女の味方だった。
しかもこの二人はとても恐ろしいギフトを持っている。年齢的にもう覚醒しているはずだ。ギフトについて聖女に話している所を夢で見てしまった私は、なるべく近づかないようにしていた。
お兄様のギフトは『服従』自身と勝負して負けた人間に畏敬の念を抱かせ服従させるギフトだ。実に王太子らしいギフトである。効果がわかりにくいから本人もまだギフトの存在には気づいていないはずだけど、要注意だ。
そしてトロイのギフトは『読心』自分に一定以上の好感を抱いている人間の心が読めるというものだ。トロイはこのギフトのせいで人間不信になり、ギフトの効果をはね除けることができる聖女に心酔するのだ。
私はどうしたらいいか考えた。とにかく火あぶりにされないようお兄様の好感度を上げつつ、心が読まれないようにトロイに必要以上の好感を抱かないようにしなければならない。
どうすればいいのか皆目見当もつかなかった。
仕方ないからとりあえずパンを焼こう。過去の夢はいつも私を助けてくれる。美味しいパンを食べさせたら私への好感度も上がるかもしれない。
私はプルメリアと厨房にやって来た。
暖かいところに置いておいた生地は見事に二倍の大きさに発酵していた。
「わあ、これってパン生地?なんかすごい触り心地だね」
プルメリアと共にガスを抜きながら成形すると、それらしくなった。
あとは一時間ほど二次発酵させて焼くだけだ。今回の生地は甘めに作ってある。きっと成功するだろう。
待っている間は追加の酵母を作った。常備しておくに越したことはない。プルメリアにも手伝ってもらったらあっという間だ。
二次発酵させた生地を見ると、いい感じに発酵した様だった。
オーブンに火を入れて焼き上げる。二人で数分おきにオーブンの中を確かめながら焼き加減を見てゆく。
「なんかすごく美味しそうなにおいがする!」
プルメリアは初めて見るパンに興味津々だ。
焼きあがったら丸パンを二つに割ってみる。中まで火が通っている。完璧だ。
私は割ったパンの片方をプルメリアに差し出した。
「すごい、柔らかいね!ほんとにパン?」
プルメリアはパンを口に入れた。私も一緒に食べる。
「んー、美味しい!」
「すごいすごい!フワフワだ!いくらでも食べられそう!」
大喜びで飛び跳ねるプルメリアと一緒に私もはしゃいだ。
また窓からスノーとメリーがこちらを見ていたのでこっそり味見を渡す。
そして私は明日トロイとお兄様に出す分とお土産分を分けておいた。
やがて隊員達が帰ってくると。聖獣達は広場に自主的に整列しだした。どうやら美味しい匂いがする日はこうすると覚えたらしい。
いつも通りシートを敷いて一人一個ずつ丸パンをあげる。みんな気に入ってくれたようで何よりだ。
食べ終わったらみんな自由にくつろぎだすので、この隙にブラッシングをしてあげる。犬の神獣様が早くしろと言わんばかりに横たわって手招きしてくるので私は大きな神獣様の毛と格闘する。いつの間にか膝の上に乗って来て、重いのだけど幸せだ。
向こうからパンを食べた隊員達の歓声が聞こえてくる。私はプルメリアを見て、やったねと手を合わせた。頑張った甲斐があった。
このパンは大人気になり、後日保護隊員達の通常メニューになった。私は毎日のようにパンを焼くはめになったけど、とても嬉しかった。
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