第10話 パウンドケーキ

 入隊から三日たって、やっと厨房の改装が終わったらしい。

 この頃の私は他の隊員ともだいぶ仲良くなっていた。やはり最初は遠巻きにされていたが、仲良くなれるよう頑張って自分から声をかけた。話してみるとみんな気さくでいい人たちだった。

 今日は入隊して初めてお菓子係としての仕事をするのだ。酵母がまだできていないので、簡単なものしか作れないけど頑張ろう。

 とりあえず最初はパウンドケーキでいいだろう。

 プルメリアと一緒に走った後、厨房に向かう。

 なぜかスノーとメリーもついてきた。味見したいのかな?

 私はメリーに厨房立ち入り禁止を言い渡す。毛がお菓子に入ると困るからだ。

 メリーはショックを受けていたが、仕方ないんだ許してほしい。

 スノーはそもそも大きすぎて厨房に入れないのでそのまま外に居てもらう。二匹で遊んでいてね。

 

「手伝おうか?」

 二人で準備を進めていると、茶髪の男性が厨房にやって来た。

 彼はダリアス・アサンテ。私達の一期前に入隊した先輩だ。

 彼の時は入隊者が一人だったらしく、後輩ができてうれしいと私達をかわいがってくれている。

 どうやら今日の留守番役のようだ。

 彼の相棒の狼のレンが後ろから厨房を覗き込んでいるのが見える。

「ありがとう。あ、レンは入れないでね」

 ダリアスは伯爵家の次男だ。貴族なので敬語は使わないでほしいと言われた。王女である私に敬語を使わせている所を見られると、さすがに実家に怒られるという事なので先輩だけど敬語は使わない。

 他の貴族の先輩もそんな感じで、今私は平民の先輩にだけ敬語を使うという立場が逆転した状態になっている。

 私に敬語で話しかけてくる先輩は多かったが、ただの一騎士として接してほしくてそれはやめてもらった。

 非常に扱いづらい立場であるにも関わらず、この隊の騎士達は優しく受け入れてくれている。

「わかった。レン、スノー達と一緒に待っていてくれ」

 レンは切なそうにキューンと鳴くと、スノー達の元に行ってしまった。

 後で美味しいパウンドケーキを食べさせてあげるからね。

 

「簡単だけどちょっと大量だから、急ぎでいくよ!」

 私達は三人で大きなボールに生地を作る。

 お母様の寄付でできた厨房はとにかく大量のお菓子を作れるようになっていた。

 隣国から取り寄せた最新式の巨大なオーブンが二つあるので焼くのに困らない。

 前世の国と違って薪で火を入れなければならないけど、居住区の厨房にあった物よりはるかに使いやすかった。

 

 生地が出来上がると、混ぜすぎて腕が悲鳴を上げていた。

 お菓子に使う型もたくさん用意されていたので、ちょうど良さそうな型に生地を流し込んでゆく。

 軽く五十個ほど焼くことになって圧巻だ。

「大量だなぁ、でもきっとすぐになくなるんだろうな」

 温めたオーブンの中に型を入れると、いい匂いが漂ってくる。

 焼きムラが出ないように場所を変えながら四十分ほどで完成だ。

「この間クッキー貰い損ねたから、楽しみだよ」

 ダリアスがオーブンを覗き込みながらソワソワしている。

「マドレーヌのお菓子は本当に美味しいですよ!私感動しちゃいました!」

 プルメリアが力いっぱい褒めてくれたので、私も嬉しかった。

 もうそろそろお茶の時間だからみんな帰ってくるだろう。私は焼きあがったパウンドケーキをオーブンから取り出した。

 夢の中ほど出来は良くないけど、十分美味しそうだ。

「さて、一応味見するか」

 私は小さくケーキの端っこを切ると、ダリアスとプルメリアにも差し出す。二人から歓声が上がった。

「美味しいー!」

 いち早く食べたプルメリアが幸せそうに頬を押さえている。

「こんなの実家に居た頃も食べたことないよ。すごいなマドレーヌ」

 ダリアスも気に入ってくれたようでホッとする。

 その時窓からこちらをのぞき込むスノー達に気が付いた。

 みんなには内緒だと言って味見用の端っこを渡すと喜んで食べている。

「なんでだろうね、あんまり甘くないのに美味しいの」

 プルメリアの言葉に考える。この国、お菓子は甘ければ甘いほどいいみたいな風潮があるんだよな。お城で出されていた最高級のお菓子も紅茶がなくちゃ食べられないほど甘かった。砂糖が高いわけでもないのに不思議だよね。

 あんなのばっかり食べてたら味覚が馬鹿になる。実際このパウンドケーキも夢より砂糖多めで作ったけど、丁度良く感じたしね。

「みんなもあんまり甘くないお菓子の方が好きだよね」

 スノー達に聞いてみると、口の周りを舐めながら頷かれた。ブンブン振ったレンの尻尾でメリーが叩かれているけど、メリーは幸せそうだ。スノーは完全にくつろぎモードでお腹を上にして寝そべっている。

 早く酵母ができないかな、と思いながら私達は平和にみんなが帰ってくるのを待った。

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