第9話 お母様の贈り物
「……えー、聞け、お前ら。この二人が新人隊員だ。大まかなことは昨日説明しただろう。これからはこの光景が日常になる。早く慣れろ」
隊長が頭を掻きながら隊員達に伝える。隊員達は無言で頷いた。
「世話はシナモン。お前に任せる。しばらく付いて仕事を教えてやってくれ」
「はーい隊長」
隊長は赤毛の女の人を私達に紹介してくれた。
「あたしはシナモン、よろしくね新人ちゃん達」
シナモン先輩は少し警戒するような目で私達を見ていた。
「マドレーヌです、よろしくお願いします!」
「プルメリアです、よろしくお願いします!」
挨拶すると何やら納得したらしい、笑って説明をしてくれる。
「一年目の主な仕事は訓練と掃除とかの雑用になるから、毎日クタクタになると思うけど頑張ってね」
聖獣保護隊は一応騎士隊だ。一年目は見習いとして戦闘訓練が主になるらしい。
「マドレーヌは特別にお菓子作りって仕事があるから、厨房に案内するわね」
先輩について厨房に行くと、そこはなにやら工事の真っ最中だった。
「王妃殿下が多額の寄付を下さったから、マドレーヌのために工事中らしいよ。隣国から最新の調理器具を仕入れたんだって。元はおんぼろだったから助かるよ」
私は空いた口が塞がらなかった。後でお母様にお礼の手紙を書かないと。
「その顔は知らなかったんだね。他にも風呂場の改装とかするみたいだから、私達的にはマドレーヌ様様だよ」
シナモン先輩は私の頭に手を乗せて乱暴に撫でた。ああ、ちょっとずるい方法だけど歓迎されているんだと思うと嬉しかった。
「ところであたしもクッキー食べてみたいんだけど、一枚貰っていい?」
私はどうぞとクッキーを差し出した。一口食べた先輩は目を丸くする。
「はあー、こりゃ聖獣様が気に入るわけだ。マドレーヌ、ついでに隊員のおやつも作ってくれない?手伝うからさ」
もちろん初めからそのつもりだ、美味しいものはみんなで分かち合った方がいい。
私達はその後、掃除当番などの生活の仕組みや獣舎の掃除方法、そして聖獣様方の食事について教わった。
基本先輩方が仕事に出ている間、新人達は留守番兼基礎トレーニングらしい。私はその間にお菓子も作らなければならない。プルメリアもお菓子作りは手伝ってくれるそうだ。
その日の余った時間はシナモン先輩に追いかけられながらランニングすることになった。入隊が決まってから鍛えてはいたが、元引きこもりの私は体力が無い。最終的に心配になったのだろうスノーに大きな尻尾で背中を支えられながら走っていた。
プルメリアもさすがに疲れたのかペースが落ちている。相棒のメリー――という名前にしたらしい――もプルメリアを後ろから押していた。
散々走ってやっと解放された私達は芝生に寝転んだ。
二人とも走りすぎて足ががくがくだ。
「ほらほら、このくらいでバテてんじゃないよ、食事の時間だよ」
先輩はスパルタだった。休む間もなく聖獣様達の食事を用意すると、自分達も食堂に行く。
夕食はサラダと塩スープ。硬いパンと塩焼の山盛りの肉だった。私は気持ち悪くなった。プルメリアも運動後の重い食事は辛そうだ。
「ちゃんと食べないと体力もたないよ、ほら頑張れ!」
私は無理やり胃に食事を入れる。
「いっそパン以外全部煮込んだら食べやすくなるのに」
「そうなの?うちの食事はいつもこんなメニューだけどね」
私はここに居る間食事も改善しようと決めた。オムライスとか食べたい。
就寝前、私は先輩に厨房を使っていいか聞いた。
先輩は興味を持ったらしい、プルメリアと一緒についてきた。
「何作るんだい?」
「ただの酵母ですよ。柔らかいパンを作る元になるものです」
この世界に酵母パンは無かった。そのため顎が疲れるようなパンしかない。
私は柔らかいパンが食べたかった。
二人は首をかしげている。こればっかりは食べてみないとわからないだろう。
私はリンゴを切ると砂糖と水と一緒に煮沸した瓶に入れる。酵母ができるまでには一週間かかる。とりあえず何に必要になるかわからないので大量に作る。
「これ、一週間もしたら腐るんじゃないかい?本当に美味しくなるの?」
シナモン先輩は訝しげな顔をしている。
「ちょっと特殊な使い方をするんです。一週間後を楽しみにしててください」
私が得意げに言い返すと、シナモン先輩はふーんと瓶を見つめていた。
ついでにフライパンで簡単なリンゴのパンケーキを作る。
「簡単なものですけど、どうぞ」
二人に食べてもらうと美味しかったらしい。
次々に口に放り込んでゆく。
「美味しい!さすがだね。聖獣様が気に入るのもわかるよ」
私は一緒に紅茶を入れるとケーキを口に入れた。材料が少ないから少し物足りないけどこんなものだろう。
「厨房の改装が終わったらもっと色々作れるかな?」
いまだ厨房は半分改装中だ。あと二、三日で終わるらしい。楽しみだな。
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