第7話 心配ないとこ ~トロイ~
僕の名前はトロイ・ブラウン。数か月後にいとこであるマドレーヌとの婚約発表がなされるはずだった。
「婚約が白紙ですか?」
父であるギアムから突然聞かされた言葉に、僕は心配になる。マドレーヌは心に傷を負って引きこもっているのだ。僕ももう二年、手紙のやり取りしかしていない。その手紙も返ってくるのは短い返答ばかりだ。
腹違いの姉に笑いながら殺されかけたんだ。無理もないと思う。
婚約ができないほど精神状態がよくないのかと心配していたら、父から予想もしていなかったことを告げられた。
「マドレーヌは聖獣保護隊に入隊したらしい」
僕は考える。確かに父王から離れて自立するならいい選択だろう。あそこは教会の息がかかっている。王でも好き勝手出来ない。でもそれをあの気弱で優しいマドレーヌが考え、実行したのかと思うと違和感が拭えなかった。
「正妃様のご提案でしょうか?」
「わからん。だが明日、祝いの夜会を開くらしい。久しぶりにマドレーヌに会えると思うぞ」
会ったら詳細を聞いてみようと、僕は思った。
翌日、夜会の会場に着くとクリスティナが走って来た。僕は顔をしかめる。
クリスティナには昔から付きまとわれている。だがマドレーヌと違って性格がよろしくないので僕は逃げていた。
「トロイ様!マドレーヌとの婚約が破談になったんですって?これでやっと私と婚約できますね!」
妹の入隊祝いの席でこの発言である。王はどれだけこの女を甘やかして育てたのか。
「マドレーヌったら汚らわしい獣を調教する騎士になるんですって。マドレーヌにお似合いよね」
会場に響く声でそう言った瞬間、教会関係者や信心深い者たちが目を丸くしてが振り返った。
聖獣は神の使いである。神聖な生き物だと信じられている。汚らわしい獣などとたとえ思っていても口に出してはいけない。
それくらいのこともわからない女だ。王はよく様々なものを失ってまでこんなのを庇ったなと思う。娘に対する愛情というやつなのか。マドレーヌが可哀そうだ。
また貴族達からマドレーヌに対する同情の声が増えるだろう。
それより会場にはマドレーヌはおろか王妃殿下方すら見当たらないのだがいったいどうなっているのだろう。
僕が会場を見回していると、玉座の方から父の怒号が轟いた。
「ふざけるな!マドレーヌとクリスティナが同等などと思うなよ!マドレーヌでないならうちはいらない!」
僕は何があったか察した。
出口に向かう父を慌てて追いかける。王と父のやり取りで、不穏なものを感じ取ったのだろう、多くの貴族が会場を辞するのが見えた。祝辞を述べようにも本人不在の夜会だ。そうしても失礼にはならないと考えたのだろう。
僕は父と馬車に乗り込むと恐る恐る聞いた。
「王はクリスティナと僕を婚約させようとしたのですか?」
「その通りだ。まったく馬鹿げている」
王は何を考えているのだろうか。二年前の湖での騒動で、王妃の次に怒ったのがこの父だ。公爵として、王弟として外交を担当していた父は急成長している隣国との関係に慎重だった。それなのに王がクリスティナを庇ったことで台無しになったのだ。
今隣国との関係が安定してきたのも、父の努力があってこそ。それなのに隣国との関係が悪化する原因になったクリスティナを嫁がせようなど、父の言うように馬鹿げている。それは父だけではなく隣国をも怒らせることだろう。まだ十三歳の僕にもわかることだ。
「あいつはもうダメだ。毒婦に騙され変わってしまった。前はもっとまともだったはずなのに」
もはや父は王を兄とは呼ばない。毒婦とは愛妾であるレイリーの事だろう。たしか元男爵令嬢だったはずだ。
「ジャロンはまだ十五歳か……王位を継ぐには早すぎるな。後三年は待たなければ」
父は早急に王位を交代させる気満々だ。僕もその方がいいと思う。王も嬉しいだろう。王位を退けば愛する娘達と四六時中一緒に居られるのだから。
最も、王位を退いたとき愛妾が王のもとに残るのかは知らないが。
「トロイ、近いうちにマドレーヌに会いに行ってこい。さすがに心配だ」
僕は頷いた。恋愛感情はないけれど、昔は頻繁に会っていて妹の様に思っている子だ。元気になったのなら昔の様に話がしたいと思う。
「そういえば、調べたところマドレーヌは料理のギフトが覚醒したらしいぞ。珍しいだろう。聖獣様がマドレーヌの作ったクッキーを大層お気に召して、入隊が決まったらしい。
そうであるなら心強いだろう。僕はマドレーヌが聖獣保護隊で上手くやっていけることを祈った。
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