第3話 入隊試験
部屋に『ちょっと出かけてきます』と置手紙を残し、私は聖獣保護隊入隊試験の会場に来ていた。
この入隊試験は一種の祭りでもある。だって聖獣様に好かれるだけで平民でも高給取りの保護隊員になれるのだ。しかもこの入隊試験は毎年開催されるわけではない。会場には千人は居るのではないかというくらい人がひしめいていた。
私は貢物のクッキーを割れないように庇うのに必死だった。
騎士が、数十人ずつ順番に場所を移動させる。行きと帰りでは道が分かれているんだろう。だんだん数が減って来て立っているのも楽になった。
この人数を短時間で試験するなんて一体どういう採用試験なのだろうか。何もわからないまま来た私は困惑していた。
いよいよ私の番が来て、騎士の人に付いてゆく。すると横一列に並ばされた。少し離れたところには、たくさんの聖獣様達が居る。私はその可愛さに目が釘付けになった。
巨大な犬に、猫に、ネズミに、馬に、イノシシに……ヘビまで居てちょっと怖いが、とにかくたくさんの種類が居る。もふもふしたい……!私はその欲求と戦っていた。
すると、大きなネズミが鼻をひくつかせながら私の近くにやってくる。騎士の人に前に出るように言われ言う通りにすると、ネズミは私の抱えたクッキーの籠の匂いを嗅いでいた。私は急いで籠にかけられた布を取ると、ネズミにクッキーを一枚差し出した。
ネズミは大きめに作られたクッキーを前歯でかじる。すると衝撃を受けたように固まった。やがて元に戻ると夢中になってクッキーをかじり始めた。気に入ってもらえたようで何よりだ。
ふいに横っ腹を突かれてそちらを見ると、大きな犬の聖獣様がくーんと鳴いてクッキーを見つめていた。私は他にも集まって来た聖獣様たちに順番にクッキーを差し出す。
これはもしかしたら合格できるのではなかろうかと嬉しくなって聖獣様以外の周りを気にしていなかった。後ろの方では騎士達が茫然としていたのだと後で知ったが、この時の私は聖獣様に夢中だった。
「撫でてもよろしいでしょうか?」
そう聖獣様に問うと、猫の聖獣様が額を手に押し付けてくる。これはオーケーサインだ!と夢中になってお猫様を撫でる。
他の聖獣様たちも撫でるのを許可してくれて、予期せぬもふもふハーレムに私は有頂天だった。
「ちょっと、君!合格!合格だから、こっちに来て」
騎士が手招きして私を呼んだ。気がつけば一緒に来た他の人達は居なくなっていた。私は聖獣様と引き離されて別室に案内される。やった!合格した!これで火あぶり回避だ!
「副隊長、失礼します。合格者を連れてきました」
部屋の中には金髪の騎士――恐らくは副隊長――と茶髪の女の子がいた。女の子の足元にはウサギの聖獣様がいる。
副隊長が私を連れてきた騎士に問う。
「その子も合格か?どの聖獣様に気に入られたんだ?」
私を連れてきた騎士は困ったような顔をして言う。
「それが、色々な聖獣様に囲まれてまして……困ったので隊長命令でとりあえず連れてきました」
「……は?」
副隊長は面白い顔をしていた。あれ?私普通の合格とはちょっと違ったのだろうか?
その時女の子のそばにいたウサギの神獣様が私の元にやってくる。私は余っていたクッキーを差し出した。その光景を見て副隊長は口をあんぐり開けていた。
「そのクッキーは何だ?何をした?」
副隊長はまるで犯罪者を詰問するような顔で言った。
「私が作ったただのバタークッキーです。お召し上がりになりますか?」
私は副隊長にバタークッキーを差し出す。副隊長は念入りに匂いを嗅いで確かめている。そこまですることないのに……。
私は女の子にもクッキーを差し出した。女の子はありがとうと言ってすぐに口に入れてくれる。食べた瞬間女の子の顔が輝いた。
「美味しい……!」
その光景を見てやっと副隊長はクッキーを口に入れる。
「……美味い!」
気に入ってくれたようで良かった。この国のクッキーはとにかく固いか甘いかなのだ。ちょうどいい塩梅のものが無い。私の作ったクッキーはサクサクとして口に入れるとバターの香りがふわりと広がる前世仕様のものだ。
「このクッキーは本当に君が作ったのか?」
まだ疑わし気に副隊長が聞いてくる。
「はい、ギフトを持っておりまして」
私は事前に用意しておいた言い訳を口にする。言い訳も何も事実ではあるんだけど、何のギフトかは明言しない。相手は勝手に料理のギフトだと勘違いしてくれるはずだ。
過去視と未来視のギフトを持っているとばれたら面倒なことになる。誰もが欲しがる能力だからだ。私は料理のギフト持ちということにしておきたかった。
「ギフトか……料理のギフトなど存在するのだな。聖獣も気に入る料理を作れるなら王宮の料理人にもなれるだろうに、ここでいいのか?もし料理人になりたいなら口添えしてやるぞ」
副隊長は良い人らしい。私は首を横に振った。
「いいえ、私は聖獣保護隊に入りたいのです!ここで働かせてください!」
気迫たっぷりに断言する私に副隊長はちょっと引いたようだった。こっちは命がかかってるんだ。料理人になんてさせられてたまるか!
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