第2話 きっかけ

 あれは十歳の、よく晴れた冬の日の午後の事だった。

 湖のほとりを散歩していた私を、腹違いの姉であるクリスティナが湖向かってに突き飛ばした。

 後で周りにいたメイド達に聞いた話では、クリスティナは溺れる私を見て笑っていたという。

 

 そんな恐ろしい体験をした私は、高熱を出して五日も寝込んだ。

 そして寝ている間、夢を見たのだ。私にはなぜかその夢が、本物・・だという確信があった。

 夢の中の私は聖女を害した魔女として火あぶりにされていた。そして信じていたお母様も、お兄様も、同腹のお姉様も、まるで汚らわしいものを見る目で私を見ているのだ。

 そしてもう一つの夢は、料理を作る夢だった。これは前の私・・・だと、なぜか確信を持って言えた。

 私は五日間、悪夢と過去の記憶を交互に何度も見続けた。

 目覚めた私は『ギフト』が覚醒したのだということに気が付いた。『ギフト』とは十歳前後の子供が稀に覚醒する特殊能力の事である。恐らく私のギフトは眠っている間のみ過去と未来を見ることができるというものだろう。

 

 それから私は、人と接するのが怖くなった。お母様やお兄様がお見舞いに来てくれたけど、いつか私を火あぶりにするのだと思うと上手く話せなかった。

 毎日見る悪夢に悲鳴を上げ飛び起き、すっかりふさぎ込んで引きこもるようになった私を、恐ろしい目にあったのだからとみんなそっとしておいてくれた。この優しさもいつか無くなってしまうのだと思うと余計につらかった。

 一年も引きこもると、やっと夢にも慣れ気力が戻って来た。火あぶりになんてなりたくない。私は何とか回避する方法を探し始めた。

 

 そして十二歳になった頃、私はやっと火あぶりを回避する方法を見つけたのだ。

 それは聖獣保護隊に入隊することだ。騎士団の中で、聖獣保護隊だけが特別だった。

 聖獣様は神の使いである。聖獣様は人の心を感じとることができると言われれている。だからめったに人間に懐かなかった。

 聖獣保護隊の入隊資格はたったの二つ。十二歳から十六歳であることと、聖獣様に認められることだ。

 そして聖獣様に認められているうちは、間違っても魔女などと呼ばれることは無い。神の使いが認める人間が、悪しきものであるはずないからだ。

 私はこれに賭けた。

 

 聖獣保護隊入隊試験の前夜。私はこっそり部屋を抜け出して厨房に来ていた。

 聖獣様への貢物を作るためだ。聖獣様は人間と同じ食事をとることも可能だという。ならばと私は夢の中のスイーツを作ることにしたのだ。

 夢の中の前世の私はカフェを経営していた。メニューをすべて自分で作って、常連のお客さんが多い、ゆっくりとした時間の流れる素敵なカフェだ。

 前世の世界の料理は、この世界の料理の何倍も美味しい。この世界の料理は素材の味そのままか、一種類の調味料で味付けしたシンプルなものばかりだ。きっと聖獣様も気に入ってくれるだろう。

 私は真夜中の厨房で必死にお菓子を作った。このお菓子に自分の未来がかかっているのだ、手を抜くわけにはいかない。

 作ったお菓子はバタークッキーだ。本当は自分の名前と同じマドレーヌを作りたかったのだが型が無かった。いつか別の機会に挑戦しよう。味見してみるとなかなかの出来だった。

 

 私はドレスを脱ぎ捨てると平民の服を着た。これを手に入れるのはとても大変だった。最終的に絵を描くのに汚れても大丈夫な服が欲しいとねだって用意してもらったのだ。綺麗に整えられた髪とミスマッチな気がしたのでまとめて三角巾をつける。

 これでどう見ても平民の女の子に見えるはず。

 そして私は一世一代の大勝負にでたのだ。

 

 

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