おばあちゃんを怒らせてはいけない

龍淳 燐

おばあちゃんを怒らせてはいけない

 ここは山奥にある豪奢な別荘のダイニングルーム。

 夕食の食前酒が配られ、乾杯の音頭と共にそれらに口を付けた者たちの阿鼻叫喚が部屋に木霊していた。

 「グッ、ぐわぁぁぁ……」

 「ク、苦しい、た、たす……」

 ガチャン、ドサドサッ。

 いや、ただ一人、上座で車椅子に座る老婆だけが美味しそうに食前酒を味わっている。

 周りに控える執事やメイドたちも目の前の光景に微動だにしない。

 「あら?皆さん、その本性にお似合いの死に様ですわね。それにしても料理長が折角腕によりをかけてまで作った料理が無駄になってしまいました。トレス、料理長に謝っておいてくれないかしら」

 「承知いたしました。しかし、料理長も自分の料理を彼らに食べられることは望んでいませんから」

 「あら、そうなの?でも、料理長の折角の料理だもの、私の分だけでもいただくわ」

 「それでしたら、自室の方でお召し上がりいただけてはと……」

 「そうするわ。手間をかけるわね」

 「いえ、大奥様のためならば」

 「ありがとう」

 大奥様と呼ばれた夫人は、車椅子から歳を感じさせずにスッと立ち上がると優雅に数十人の死体の転がるダイニングを後にする。


 死んだ彼らは、大奥様と呼ばれる女性の親族で、彼女が認知症になっていると噂を聞きつけ、彼女の財産をどうにか毟り取ろうと画策していた連中だった。

 しかし、彼らは噂を親族の中にばら撒いたのが彼女自身だとは思いもよらなかったのだ。

 まんまと誘き出された彼らに待っていたのは、『死』という名の制裁だけだった。

 その後、山奥にある豪奢な別荘は原因不明の火事によって消失し、すべての証拠は灰燼に帰すが、多くの焼死体だけがそこで何があったのかを伺わせていた。


 数週間後、国際空港出発ロビー特別室

 「ねえ、皆さん、今度の旅行先ではどんな楽しみが待っているかしら?」

 ゆったりとソファーに座り、コーヒーを飲みながら後ろに控える執事のトレスを始めとしたメイドの女性たちに話しかける女性。

 そう、あの大奥様と呼ばれた女性である。

 「大奥様、部屋の外に警察の方がお見えですが?」

 「あら、そうなの?でも私、いろんなところにご友人が沢山いますのよ」

 「それは大変失礼いたしました。ところで今回訪れる先では、どのようなことをなさりたいのですか?」

 「そうねぇ、一人で楽しんでもつまらないわ。みんなも付き合ってもらえるかしら?」

 「「「「「はい、喜んでお付き合いいたします。大奥様」」」」」

 「ありがとう、みんな。では行きましょうか?」

 「「「「「はい、大奥様」」」」」


 大奥様と執事トレスを始めとしたメイドの女性たちが自分専用の航空機に向かい始めたころ、特別室の外で逮捕状が出るのを今か今かと待っていた刑事たちの一人のスマートフォンがなる。

 「はい、〇〇。ええ、ええ、はぁ?逮捕状は出せないって、どういうことですか?間違いなくあの女性たちが犯人ですよ!え?あっ、ちょっと待ってください」

 「どうしたんですか?班長」

 「逮捕状は出ないとさ。それから無事に家族と生涯を過ごしたければ、かの女性に手を出すなって言われて一方的に電話を切られた」

 「何者なんですか?あの女性……」

 「さあな、撤収するぞ」

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