第3話
「でも、遊ぶってなにするの?」
冷静になって僕は尋ねた。
だって相手は高校生の女の子で、その上小麦色に日焼けした金髪ギャルなのだ。
そんな子が一体家でどんな遊びをするというのか。
僕にはさっぱり分らなかった。
少なくとも、僕みたいに家でゲームをするなんて事はないはずだ。
「普通にゲームとか?」
「え! 荒川さん、ゲームするの!?」
「そりゃするでしょ。なに驚いてんの?」
荒川さんは不思議がるけど。
「だってギャルだし……。ゲームとか、そういうオタクっぽい事しないと思ってたから……」
「いやいや。ギャルでもゲームくらいするから。ていうかあたし、普通にオタクだし」
「そうなの!?」
「そうだけど、そんな驚く事?」
「だってギャルだし……」
「関係なくない? むしろあたしの周りはギャル系の子の方がオタクなまであるし」
荒川さんは得意げだった。
本当だろうかと僕は思った。
ハッキリ言えば疑っていた。
オタクと言ってもピンキリだ。
恐らくは、僕が思うオタクと荒川さんが思うオタクには、天と地ほどの差があるに違いない。
多分だけど、荒川さんはライトオタクという奴なのだ。
ゲームだって、スマホゲーとか、据え置き機の誰でも知ってる超有名タイトルを遊ぶ程度なのだろう。
間違ってもパソコンでインディーズゲームをやったりはしないはずだ。
アニメや漫画、その他のジャンルにだって同じことが言える。
ここで勘違いして同類なんだとオタク語りを始めたら、いや別にそこまでガチじゃないんだけど……とドン引きされるに違いない。
そこまで読み切り、僕は無難に流しておくことにした。
「ソウナンダー」
我ながら、パーフェクトな反応だと思ったのだけど。
「なに? 疑ってるわけ?」
荒川さんは聞き捨てならないという風にジットリと目を細め、僕の顔を覗き込んだ。
「そ、そういうわけじゃないけど……」
陰キャの僕は耐え切れずに目を逸らす。
荒川さんはパシっと両手で僕の頬を挟み、無理やり前を向かせた。
「絶対嘘! 小山さぁ、あたしの事口だけのにわかオタクだと思ってるでしょ!」
「お、思ってないよ!?」
思ってるけど。
そんな事よりも僕はパニックになっていた。
だって荒川さんの手が頬に触れ、強すぎる顔面がすぐそこにあるのだ。
さながら僕は、石ころを退かされたダンゴムシだ。
そんな僕を、荒川さんは真剣な表情で見つめる。
「本当に?」
僕は困った。
今更嘘だなんて言えるわけがない。
荒川さんに嫌われたくないし、怒られたくもない。
だから、本当だって嘘を言いたかったのだけど、そうするには、僕を見つめる荒川さんの表情はあまりにも真剣だった。
こんな風に、真面目に誰かに相手にされたのは初めてだった。
ここで嘘をつく事は、荒川さんの真面目さを裏切る事と同じだった。
だからどうしたという話だけど、小心者の僕には許されざる悪行のように思えてならない。
悩める時間は精々三秒程だった。
気まずい空気に耐え切れず、僕は渋々白状した。
「……う、嘘です。ごめんなさい……」
終わった。
絶対嫌われた。
嘘つきの最低男だと思われた。
じんわりと、目に涙が込み上げる。
「素直でよろしい!」
突然笑顔になると、荒川さんは僕のほっぺを挟んだまま勢いよくグリグリした。
「や、やめてよ!?」
「あははは、ごめんごめん! 小山が可愛くてつい!」
荒川さんはハフゥーッと熱っぽい溜息をつき、巨大な胸を満足げにさすった。
どういう心境からくる動きなのか、僕にはさっぱり分らない。
とりあえず、怒ってはいないようだけど。
「てかさ、なんでそんな嘘ついたわけ?」
改めて聞かれて僕はドキッとする。
「そ、それは……」
こうなったら正直に答えるべきなのだろうけど、上手く言葉が出てこない。
そんな僕を見て、荒川さんは楽しそうにニヤニヤしている。
良い人だと思ったのに。
荒川さんはやっぱり、いじめっ子タイプなのだろうか。
なんて思っていると。
「当てたげよっか? 小山はさ、自分の方がオタクだと思ってあたしの事下に見てたでしょ」
「そんな事!」
反射的に否定の言葉が飛び出す。
荒川さんにジロリと睨まれ、僕は慌てて舵を切った。
「……なくはないけど」
冷静に考えるとその通りだった。
オタクとして、僕は荒川さんを見下していた。
こんな子がオタクなわけがないと決めつけて、完全に舐めてかかっていた。
それは事実だ。
「ほらね! 一応あたしだってオタクの端くれだし? ギャルだからって舐められるのはイヤなんだけど」
「ごめんなさい……」
「いや、謝らなくてもいいけどさ。別にそんな事で怒んないし。けどー、あたしってこう見えて結構負けず嫌いだからさー。気になっちゃうんだよね~?」
「な、なにが?」
「小山がどれ程のオタクなのか。もしかしたら本当にあたしよりもヤバいオタクかもしんないし。だったら普通にごめんだけど。そこんとこ、どうなの?」
「どうなのって言われても……」
困る。
いったいどうやって証明すればいいのか分からない。
少なくとも、内心ではやっぱり、僕の方が荒川さんよりオタク度は高いと思っている。
そんな僕に、荒川さんは言った。
「じゃあ、今期のアニメ何本見てる?」
その瞬間、空気が変わった。
僕の中でメラメラと、謎の対抗意識が燃え上がる。
「……まぁ、大体のアニメは録画してるけど」
「そんなのあたしだってやってるし? 実際見てるのは何本って話」
挑発的な口調で言われ、僕はムッとした。
「……待ってよ。今数えるから――大体だけど、四十作品は見てると思う」
「よ、四十!?」
ギョッとすると、荒川さんは慌てて口を押さえた。
ほらね。
この反応を見るに、僕の勝ちなのは間違いない。
「荒川さんはどうなのさ」
勝ち誇って僕は言った。
「う、ぎ、ぎ、ぎぎぎぎ……さ、三十……にはちょっと足りないくらいだけど……」
悔しそうに歯軋りすると、荒川さんはやましそうに目を逸らし、三本指を上げた。
この様子だと、四捨五入したら二十の方が近そうだ。
「それだけ? 案外大した事ないんだね」
ギャルにしてはかなり出来る方だとは思うけど。
それでも僕の敵じゃない。
当然だ。
こっちは友達もいなければ彼女もいない、万年ボッチの陰キャオタクだ。
そんな僕が、オタク勝負で陽キャのギャルに負けるはずがない。
そうとも。
今気づいたけど、これは僕のプライド、アイデンティティの問題だ。
荒川さんには悪いけど、こんな可愛くて陽キャで人気者のキラキラギャルなんかに負けるわけにはいかないのだ。
「うぎぎぎぎ! ぐやじいいいいいい!」
荒川さんは拳を握り、ドタバタと漫画みたいに地団駄を踏んだ。
巨大な胸がバインバインと激しく揺れる。
勝者への褒美だと思い、僕は遠慮なくそれを堪能した。
「まぁ、気にする事ないよ。アニメを見た本数なんかでオタク度は測れないから、さっ」
心にも思っていないことを言うと、僕は目元を隠す前髪をサラリと撫でた。
「ぐ、が、ぎ、ご、げ、が、ごぉぉぉ……」
荒川さんは激昂した黄金色の巨大な猿みたいな顔で悔しがると、ビシッと僕に指を突きつける。
「で、でもあたし! D〇ニメで過去作も見てるもん!」
「僕も見てるけど?」
グッと荒川さんが言葉を詰まらさせる。
「ちなみに、Dアニ〇の他にも〇トフリと〇マプラと〇ンダイチャンネルと〇ィズニープラスにも入ってるから」
「え~! 超羨ましいんだけど!?」
心から叫ぶと、再び荒川さんが口元を押さえる。
まぁ、うちの場合親もオタクだから入ってるだけなんだけど。
なんにしろ。
「これで二勝かな?」
上機嫌で勝ち誇る僕を、荒川さんは悔しそうに見つめている。
黒目がちの大きな瞳には、じんわりと涙まで滲んでいた。
荒川さんには悪いけど、物凄く可愛かった。
可愛すぎて、背筋がゾクゾクする程だ。
なんて思っていると。
「〇T―Xは……」
隠したナイフをダメ元で突き出すように、荒川さんが呟いた。
「え?」
虚を突かれた僕に、荒川さんは畳みかける。
「〇T―Xは入ってるのかって聞いてるの!」
「そ、それは……入ってないけど」
ぼそりと僕は呟いた。
途端に荒川さんの顔がニンマリと微笑む。
「え~? うっそ~? オタクの癖に、〇T―Xは入ってないんだ~?」
「だ、だって! しょうがないでしょ! 自分じゃ加入出来ないし!」
「そんなの言い訳になんないし? あたしはバイトして自分で払ってますけど~?」
「なぁ!?」
盤石かに思えた足元に、ピシリと決定的なヒビが入る音がした。
「で、でも、入ってるチャンネル数じゃ僕の方が多いし……」
「お言葉ですけど小山きゅ~ん? 〇マプラとか〇トフリで、エッチなアニメの規制解除版は見れるんですかぁ~?」
荒川さんの反撃がクリティカルヒットする。
「み、見れないけど……。そんなの関係ないし! 別に僕、エロ目的でアニメ見てないから! 規制解除版がなんだって言うのさ!」
心の中で血の涙を流しながら強がる僕を見て、荒川さんはフッと優しい笑みを浮かべた。
そしてポンと許しを与えるように僕の肩を叩く。
「小山君。〇T―Xはいいぞ」
「知ってるよ! 本当は死ぬほど羨ましいよ! はい一勝! 荒川さんの勝ち! でも、まだ僕の方が勝ってるからね!?」
荒川さんは不敵な笑みを浮かべ、黙って肩をすくめた。
そしてぐるりと部屋を見渡す。
「あれれ~? おかしーなー? 小山はオタクのはずなのに、この部屋全然漫画がないぞ~?」
「ふぎゅっ!?」
ヤバイ。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ。
荒川さんは完全に僕の弱点に気づいている。
僕はバイトをしていない。
オタクだけど、オタ活にお金はかけられないのだ。
「ほ、本誌で読んでるもん!」
かさばるから、定期的に処分しないといけないけど。
それでも! お気に入りの漫画はそこだけ切り抜いて手製の単行本にしている。
「あっそ。あたしは単行本買ってるけど。特装版も持ってるしー、電子書籍のカラー版だって沢山持ってるもんね~!」
荒川さんが巨大な胸をバインと張ってドヤリ散らかす。
「はいこれで二勝。さらに追加攻撃! あたしの部屋にはフィギュアだっていっぱいありま~す!」
荒川さんが携帯の画面を向ける。
「これ、荒川さんの部屋!?」
「そ! すごいでしょ~!」
荒川さんがプルンと得意げに胸を張る。
「すごい……。普通に羨ましい……。あれもこれも、全部欲しかった奴ばっかりだし!」
画面いっぱいに所狭しと収納された漫画にフィギュアにグッズにポスター。
これを見て、女の子の部屋だと思う人は絶対にいないだろう。
オタクの夢を具現化したような、ミニオタク屋さんみたいな部屋だった。
「えへへへ。親しい子以外に見せるのは正直ちょっとハズいんだけど、小山ならまぁいいかなって。て事で~? オタク勝負はあたしの勝ちって事でいいかな? かなかなかな?」
「うぐ、ぐぎぎぎ、ぎぎぃ……」
今度は僕が歯噛みする番だった。
確かに荒川さんは凄い。
僕は荒川さんの事を舐めすぎていた。
それは認める。
認めざるを得ない。
でも、だけど!
経済力の差だけでオタクの格が決まるわけじゃない。
「……荒川さん。ゲームやるって言ってたよね」
「言ったけど。なに? 今度はゲームで勝負する? 別に良いよ? 言っとくけどあたし、ゲームだってそこそこやるからね? 夜中に友達とボイチャ繋いでゲームしたりするんだから」
えー! なにそれ! めっちゃオタクじゃん! 超羨ましい!
と、ショックを受けている場合じゃない。
「ふ、ふーん。友達とボイチャ繋いで。じゃあ、対戦ゲームとかやったりする?」
「するよ? 超するし! ロードオブレジェンドって知ってる?」
「知ってるって言うかやってるけど」
「マジ? ランク幾つ? ちなみにあたしは、最高でプラチナ2まで行った事あるけど?」
ドヤサッサ! と荒川さんが胸を揺らす。
「プラチナ2! 凄いね!」
「でしょでしょ~! 一時期みんなでパーティー組んで頑張ったんだ~! 最近は忙しくてなかなかフルパ組めないんだけどさ」
懐かしそうに言うと、荒川さんは僕に尋ねた。
「それで、小山のランクは? 流石にゴールド以下って事はないと思うけどぉ?」
それとなく圧をかける荒川さんに、僕は言った。
「ダイヤ3」
「はい?」
荒川さんの顔が強張った。
ちなみにダイヤは、プラチナの二階級上、ランクで数えれば、プラチナ2とダイヤ3は7ランク離れている。
「ちなみに完全ソロね。僕、友達いないから」
「そそそ、ソロダイヤ3!?」
恐れ戦くと、荒川さんは黙ってその場に正座して、ははぁ~と頭を垂れた。
「あたしの負けです……」
「うん、まぁ、何故か全然嬉しくなれないけどね……」
むしろ虚しい気さえした。
「いやでも! ソロダイヤ3ってすごいよ! 上位5%の上澄みじゃん! コツとかある? 誰使ってるの? ポジションは!? やってる所見せてよ!」
「べ、別に良いけど……」
そんなわけで、なぜか荒川さんの前でROLをやる事になってしまった。
「うわぁ! すっご! マジでダイヤ3じゃん! てかレアスキン持ち過ぎじゃない? ミッドブッチャー? 渋っぶ! わぁ! 今のフック当てるの!? 超神ってるんだけど!?」
僕の肩に両手を置き、頭の上で荒川さんが大騒ぎ。
「いけいけ! そこだ! やった!
荒川さんが興奮する度、僕の後頭部にムギュ、ムッギュウウウ! とみんなの羨むアレを押し付けて来る。
生まれて初めて僕は思った。
ROLやっててよかったー! と。
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