第68話 アンジェリカの策

 ルンルン気分のアンジェリカと引き換えに、俺はそうでもない。

 お茶会は4に入っており、目の前には4個目のケーキだ。



「あら、食べないの?」

「…………食えるかー! 4個目だよ4個目! いくら美味しいからってここに来る前に串焼き、甘い飲みもの、クッキー、その前には朝食食べてるよ!?」

「あら、でも他の人はもうお皿からっぽよ」



 ミーティア、クィル、あのノラでさえ4枚目のお皿は空っぽだ。



「変態ちゃんはわかってないなぁー甘い物は別皿!」

「………………太るぞ」

「み、ミーティアちゃんは太らないもん!」

「ふふ、その分動けばいいのよ」



 アンジェリカが庭の練習場を指さす。

 何人かの男達がアンジェリカに気づいたのだろう、両手を上げてウォォォーっと叫んでいる。



「彼方達の強さ見てみたい!」

「断ります!」

「でも、太るわよ」

「俺別に太らない体質なんで」



 何気ない一言。

 いや、実際に普通に生活していれば昔から太らない。

 そういう家系とかではなく、兄のスゴウベルなどはちょっと太っていたから俺だけなんだろう。



「はぁ!?」

「…………くろうベル」

「ボクは何も言わないよ? クロー兄さん努力してるし」



 仲間である3人から冷たい目で見られた。

 口では援護してるノラも何か冷たく感じる。



「じゃ決まりね。食後の運動」

「決まってなっ、いや君達なんで両手足掴んでるのかな!? ちょ、ミーティア! クィル! ノラた、助けて」

「うん。僕はクロー兄さんを助けない代わりにミーティア達にも手を貸さないんだ」



 いやいやいや、実質手を貸してるからねそれ。

 無理やり廊下にだされると、1階へと連れ出された。

 さすがに階段を降りる時は危ないので俺も諦めて従うと事に。


 たっく。

 なんで俺が運動を、食べた分運動すればいいのはわかるけど、そこでなんで俺まで。


 俺達が中庭に行くと男達があっちこっちから走ってくる。

 その数30人前後。

 むさくるしい。その中で40代ぐらいの男がアンジェリカに敬礼する。



「副隊長に敬礼!」

「楽にして」

「はっ!」



 一糸乱れぬ啓礼と休めに少し引く。

 『性』騎士アンジェリカって馬鹿にされていたキャラであるが、真の姿はやっぱりすごい。

 さっきまでの、ちゃらんぽらんエロとは違って凛々しいまである。



「早速だけど、客人と戦って」

「はっ!」



 いやいや、了解しないでほしい。

 説明それだけ!?

 俺は最も前にいるシブイ男の方を見る。



「それだけで戦うの? おかしくない?」

「…………副隊長の命令ですので」

「ゾル。命令じゃなくてお願いよ」

「訂正しますっ! お願いされました!」



 ゾルという男から練習用の剣を渡される。

 そのまま円形の中央に引っ張られると強引に立たされた。

 目の前には同じく練習用の剣をもったゾルが立っている。



「俺はまだするともしないとも……」

「諦められよ少年」



 どこからか笛が吹いた。

 その瞬間にゾルが突然斬りかかってくる。

 俺はその攻撃をバックをしながら避ける。予備動作も何もない一撃、昨日戦った奴らよりも何十倍も強い。



「水槍!」



 俺の手の動きと共に水槍を発動……しない。



「あっごめんなさい。この場所、対魔法の結界張ってあるのよね」



 まったく悪びれないアンジェリカの声が聞こえた。

 しゃーない。


 俺は円から出る事にした。

 別に力自慢とかしたくない、全力を尽くして勝ってどうするの? ここで俺が勝ちました。


 強さを見込んで何かを頼まれる。


 頼まれた事に成功する。

 頼まれた事に失敗する。


 成功したら別の頼まれ事をされる。

 失敗したら軽蔑の目で見られる。

 本当どっちにしてもろくなことがない、失敗するまで頼まれ事がループする可能性が高いのだ。


 そういうのはクウガに任せる。


 さりげなくゾルの攻撃をさけながら俺は円の外に……。



「いっ!?」

「あら、言い忘れていたけど練習陣に結界はってあってどちらか負けないと結界取れないわ」



 ちらっとアンジェリカを見るとにこやかに笑顔だ。

 このクソ女あああああああ!!


 絶対口が裂けても言えない言葉を心の中だけで言う。



「まけ! 俺は負けました!!」

「ぬん!!」

「あっぶねっ!」



 俺は負け宣言をしたのに結界は無くならず、ゾルの攻撃が俺の頭を狙っているのがわかった。

 さけながらアンジェリカをちらっと見る。



「いい忘れていたけど――」

「いい忘ればっかりじゃねえか! 歳とってボケてんるのかっ! あっ……」

「ふーん」



 アンジェリカが黙ると、ゾルの殺気が増えた。



「アンジェリカ様になんという愚弄」

「ちがっ! 話を聞けっ!」



 俺とゾルの剣が何度も打ちあう。

 おっも、一撃一撃が俺を殺す気か? ってほどに重い。



「アンジェリカ様を侮辱、殺す!」



 あっ殺す気だわ。

 いくら即死以外治せる世界っても、出来るのはアリシアでここにそれほどの力がある奴がいるとは思えない。


 ってか、マゾじゃないんだし好き好んで痛い思いをしたくはない。


 俺は距離を取ると構えをし直す。

 頭をフル回転させる。


 結界の解き方は教えてくれそうにない。

 口頭での負けは負け宣言されない。

 結界を壊すには時間が足りない。

 目の前のおっさん……ゾルは俺を殺す気だ。



「はあああああ! もう」



 俺は突進するとゾルと剣を撃ち合いさせる。相手が力強いのであれば俺は手数で押し切る。



「敗北条件教えてっ!」

「ぬ、抜かせ! アンジェリカ様のためにワシは負けぬ!」



 話が通じない奴は本当に困る。



「スウーーー」



 俺は息を静かに吸い込む。

 別にこの技に名前があるわけではない、スイッチの切り替えだ。


 全てを視る。世界を視る。

 剣の師範である剣星アンジュから認められた技。



「この動き、なんだ……と……」



 ゾルの剣を上空に弾く、このさいゾルの指が何本か折ったけどしょうがない。

 跳ねる上半身を頭突きで押し込み、ゾルの手をかわした、上空から落ちてきた地面に落ちる前にその剣を掴む。


 さらに回し蹴りの応用でゾルをそのまま吹き飛ばして背後から迫ってくるアンジェリカの二刀の剣をこちらも十字に構えた剣で受け止める。


 アンジェリカの綺麗な顔が俺をまっすぐに見ている。

 これがあの裏ボスアーカスであれば俺の首は斬られていたかもしれないな。



「………………言い忘れていたけど、別に一対一って言ってないわ」

「ですよね」



 ふざけんな! と叫びたいが。

 別に俺とて怒らせたいわけじゃない、すぐに試合を辞めたいのだ。


 アンジェリカは二刀の剣を引いて俺からも距離を取る。



「本当はゾルに捕まえてもらって後ろから斬るつもりだったのに。噂以上に凄いのね」

「いやだって、あのゾルって人簡単に剣を離すような感じじゃなかったのにわざとでしょ」



 ふっとんだゾルが腹を抑えながら「バレたか」と短く言う。とんだ役者だ。



「はい、じゃぁ貴方の勝ちーこのままやると、フレイに怒られるし……皆この人の強さわかったでしょ。大事な客人、迷惑になる事は避けてね」



 少し魔力が動いたのがわかった、結界が消えたか、これでやっと茶番から出られる、まったく……お前が一番迷惑じゃーい! と言いそうになって辞めた。



「ぶほっ!」



 気を抜いたら腹部に痛みが走った。

 下を見るとノラだ。

 俺に突撃して腰に手を回して離れた。



「クロー兄さん凄い……凄いよ」

「変態ちゃんのくせにやるんですのよ」

「くろうベル、クウガの次にかっこいい」

「あーーーノラは俺が魔法使った時ぐらいしか見てないもんな……そっちの2人は別に今更」



 ノラ達に話し終わるとアンジェリカと目が合った。



「何でしょうか?」

「何も? でもモテるのね」

「ノラはフリーだけど、この二人はクウガが好きだから別に」

「ふーん」



 アンジェリカの目が何か言いたそうな目で、ミーティアとクィルを視る。



「変態ちゃんよくわかってる! ミーティアちゃんはクウ兄ちゃんを狙っているしー」

「クィルも強いおとことまじわる」

「ほら」



 もう一度アンジェリカを視る。



「ふーん」



 何なんだこの女は。

 俺がそう思っているとノラが口を開く。



「クー兄さんにはメル姉さんがいるからね。アンジェリカさん。みたいな試合をするの? 絶対に無理なんだけどさ」

「さっきのは彼の力を視たかっただけ、貴方達には私と一緒にダイエット運動よ! なんと30分やるだけでこの体を維持できるのよ!」



 アンジェリカがそういうと女性陣3人は腕を上にあげて喜び始める。

 アンジェリカという成功例が言うんだ間違いないだろう。俺は近くの椅子に座ってぐったりした。


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