第67話 アンジェリカからは逃げられない

 アンジェリカから「移動のための馬車よ」と説明されたが、鉄格子付きの馬車に乗せられ、屋敷に連れてこられた。

 馬車内でミーティアが「ミーティアちゃん処刑!」と震えていたが、処刑場や牢屋ではなさそうだ。


 嘘をつくような人間には見えなかったし、ゲーム内でも正義と力を愛すかだまし討ちはするようなキャラじゃない。

 そう信じたい。


 で、俺達4人が降ろされた場所は建物は小さいが中庭が広く。大きな馬小屋、すみっこの方には試合が出来そうな丸い円などが見える。

 屋敷とは別に大きな建物もみえた。



「アンジェリカ聖騎士様。ここは?」

「アンジェリカでいいわよ? クロウベル君……私の私邸だけど?」

「じゃぁ俺もクロウでいいですよ。家っていうよりも訓練場みたいですね……兵士っぽい人間も沢山いますし」

「いえここは正式に言わせてもらうはクロウベル君。ええ、聖騎士隊の宿舎ですもの? 代々アーカス家は大きな屋敷を持たないの。知らなかった?」



 アーカス。ああ、やっぱ血はつながってるのか過去の英雄と。

 英雄アーカス、かっこ女性は元々は平民出身らしいしな。



「そこまでは……で、俺達に何を」

「彼方が欲しいのよ」

「はぁ……何をすれば」



 確かに暇つぶしはしないとな。とおもったけどさっさと帰りたい。俺は師匠に会うのに孤児院に行かないといけない理由があるからだ。


 アンジェリカは俺の手を握って耳元でささやく。



「子作り」



 俺はアンジェリカの顔をまじまじとみる。

 物凄い冗談だ。


 子作り。

 『マナ・ワールド』の世界でも現実と同じくやる事をやらないと子供は出来ない。

 男女が裸になっておこなうアレだ。

 どこかのゲームのように暗くなって『はい』『いいえ』の選択肢を選んで宿で一晩したら次の町ではヒロインが妊婦になっている。とかではない。


 アンジェリカは俺の手を握って屋敷の中に行こうとする。



「まった! まった!! え、本気!?」

「あら、女性からこんな恥ずかしい事……知ってるわよ昨日の騒動……単身スニーツ家に」

「あーあーあーあーあーあーあ!」

「あっ言っちゃだめだったわね。聖王にも秘密にって言われたわ」



 当たり前だこのボケ女! とはいえない。

 綺麗だし、会ったばっかりだし……そう、そうだよ!



「まだ会ったばっかりですって」

「運命と思うのよ」

「大丈夫よ。クロウベル君が大魔法使いを好きなようだって聖王から聞いているから、私には子種だけくれれば」



 ああ、そうだった。

 この女! もとい聖騎士アンジェリカ。

 薄い本、まぁ二次創作で性騎士アンジェリカって言われていたのを思い出した。


 ゲーム本編では全然そんなこと無いよ? でもなぜか当時のインターネットでは色んなパターンのイラストが上がっていたぐらいだ。


 ちなみに俺の狙っている師匠は、隠しキャラだったしBBA乙。と言う感じで人気はあまりない。



「じゃなくて!」



 俺を引っ張る力が強い。

 ミーティアが「子種って何?」……ってクィルに聞いているのが見える、クィルも教えなくていいから! そんな事より。



「うおおおおお」

「ふいいいいい!! こだねえええええええ!!」



 ビリっと音がした瞬間、俺を引っ張っていたアンジェリカは後ろに転んだ。



「きゃ」

「うわっ!」



 俺も転びそうになるが何とか踏みとどまった。

 よし逃げるぞ!

 周りを見ても何もない、俺だけならともかく、3人も連れて逃げるのは不可能だ!



「すーーはーーーすーーはーーー! アンジェリカ。落ち着いてください!」

「すーーはーーーすーーはーーー! クロウ君! 私は落ち着いているわ!」



 駄目だ話が平行線だ。

 咳払いするノラの声がすぐ近くで聞こえる。



「2人とも落ち着いて、アンジェリカさん。ボク達が街で暴れたのに上手く罰を受けないようにしてくれてありがとうございます。でも、それでクロー兄さんが嫌がる事をするのであれば今からでも罰は受けますし、ミーティアさんもクィルさんも罰を受けます」

「にゃ! ミーティアちゃんは――」

「そうスル」



 一人不満そうなミーティアだけど、ノラとクィルに挟まれて「ミーティアちゃんも」と言い直した。


 さすがはノラ。

 俺が困っていると、こう助けてくれる。本人に言うと「恩を返しきれないよ」って言うが十分すぎる。



「ごめんなさいね。お姉さんちょっと焦り過ぎたみたい。だってこんなに強い人久々に見たから……そうね、手順や説明もまだよね。屋敷の方へどうぞ。今度は力づくはないわ、美味しいケーキも用意するわね」



 アンジェリカが屋敷に入るので、俺達は顔を見合わせてついて行く事になった。

 結局は馬車がないと街にもどれないし。

 ぐるっとみても馬車は近くにない。



「クロー兄さんどうする?」

「どうするもこうするも、まずは入るしか無いだろ……ミーティアとかもう入ってるし」

「2人を置いていけば……いやボクも置いていけば逃げれるよ? 話した感じクロー兄さんだけ逃げてもひどい事はされなさそうな……」

「そうもいかないだろ、万が一もあるし出る時は4人一緒だ」



 ノラが「ありがとう」っていうが何のお礼がよくわからん。

 なに、いきなり襲ってくることはもう無いだろ……ないよな。


 屋敷と言っても先ほど言ったとおりに聖騎士の訓練場も重ねており一階は男女ともに人が多い。

 何人かの職員や鎧を着た男達がアンジェリカに挨拶をしながら歩いていく。


 そのまま2階へと行って客間へと通された。

 2階に上がった感想は上には聖騎士の連中は来ないみたいだ、すれ違った人間もメイド服などを着ていたし。



「好きな所に座って頂戴。せっかく招いたんだもの、お近づきになりたいわ」

「………………俺はなりたくない」

「何か言ったかしらクロウベル君」

「何も」



 アンジェリカが席に座るとメイドがケーキと紅茶を運んでくる。

 上品な皿に上品なカップ。なんだかんだでこの辺は気品にあふれる。窓から見える風景は、年齢がばらばらな男達が上半身裸で訓練をしており何ともアンバランスすぎて変な気持ちになる。



「ケーキを食べるにはおかしな景色だけど、客人に出す特別な奴。美味しいわよ? 毒とか入ってないし安心して」

「どうも」

「ミーティアちゃんこれすきかも!」



 ノラも「美味しいですね……」と言っている。

 無言で食べるのはクィルだ。

 クィルは元々肉のほうがすきだからな、美味しいのかどうかよくわからん。



「美味しかった。よし! で帰っていい?」

「…………本気?」



 俺がそう尋ねると、アンジェリカはご立腹な顔だ。



「いやだってケーキもごちそうになったし。俺としてはこれ以上お世話になる事も。ああ……その街中の騒ぎでは本当にお世話になりました」

「今からでも色んな罪状で貴方を捕まえる事出来るのよ? 例えばスニーツ家――」

「ごっほんごほんごほんほん」

「わ、いきなり咳しないでよ! ミーティアちゃんにかかる!」



 スニーツ家にトイレを借りに行った事件は、なるべく表に出したくない。ミーティアなんかにばれてみろ、翌日には全員が知ってる事になるだろう。



「いちいち脅しますけど、色々いうのであれば、俺は全力で暴れますけど」



 コレでも貴族相手に俺は下手に交渉する。



「本当!? 私貴方の本気みたいのよ!?」



 逆効果だあああああ。



「い、いや。やっぱ辞めます」

「残念……街中でぶらぶらするぐらいだし予定ないのよね?」

「無いって言えばない……あーでも。クウガが心配だなーアリシアも心配だしー」

「棒読みね」



 棒読みでもなんでもここから出るのに理由がいるならその理由を教えればいい。



「仲間が魔力の調整にうまく行ってないらしく、その様子見」

「あら、どこで?」



 アンジェリカが興味津々だ。



「どこって……孤児院だけど」

「もしかして、フレイの事かしら?」

「あれ? 知り合い?」



 名前も言ってないのに、とおもったが孤児院も教会の一部か、聖騎士もその枠にあるとしたら知っていて同然なのか?



「知り合いも何も妹よ。そういえば今日の夜に患者をつれてくるとか……じゃぁまだ屋敷にいれるね」



 クロウベルは逃げ出した。

 が、アンジェリカに回り込まれた。



「ふっふっふ、逃げられないわね」


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