第64話 空っぽの屋敷

 部屋がずいぶんとすっきりした。


 金や宝石、ネックレスや指輪などがなくなったので棚にある本や酒瓶なども投げてあげた。

3階から投げたら割れるかな? と思ったけど結構丈夫で下では俺と戦った奴らが布を広げて待ち構えているんだもん、しょうがないよね。


 俺としてはこの部屋だけで済ます予定だったんだが、退を欲しい人間が結構いるらしく、俺がいる部屋以外からもみたいだ。


 うん。俺は別に悪くない。

 退職金は当然の権利だ。


 転生前の日本ではだけど。



 俺は途中から口から泡をふいて倒れたウィリアム爺さんを見る。



「一応報告しておくか」



 口かせを取りペチペチとほほを叩く。



「き、貴様!? へ、ひゃが! ひんぼう石はどこじゃ!? ワシの金が……金はどこじゃ!?」

「はいこれ」



 俺は一粒の宝石をウィリアム爺さんの前に差し出す。

 さっき俺が貰い損ねた奴。

 で返さないと悪いからね。これだけは投げずにウィリアム爺さんのためにとっておいた。


 これ1個だって結構高いと思うよ? 鑑定人じゃないので価値はわからないけど、石1個で家が買えるってのもよくある話だ。



「わ、ワシの財産がホ、宝石1個!?」

「なに。ウィリアム爺さんの財産はこれからだ。クビを言い渡された後でもついてくる人間を大切にしなよ? しかし財産をほとんど配るとかウィリアム様は凄いわ。俺は真似できない! 実に立派だった。じゃっ!」

「ほげああ!」



 あっ失神した。

 ウィリアム爺さんを寝かせて部屋を出た。

 あちこちの扉が開けられていて色々物がない、可哀そうに……いやアリシアや師匠に何をしたか詳しくは知らないが師匠が偽名で入るぐらいだ。当然と言えば当然か。


 ゲームでは別に普通な関係だったんだけどなぁ……本当現実ってわからんわ。


 1階に降りてみると、背中に金の石像……ん? 黄金像? を縛り付けてる爺さんがいた。

 なお、黄金像の顔は当然ウィリアム爺さんの顔だ、悪趣味。



「あ。俺を敵視していた執事爺さん」

「ほわ! べ、別にそんな敵視はしてませんよ!?」

「めっちゃしてたけどな……」



 凄い重そうだ。



「こ、これは正当な退職金で、です! 権利です。は! まさかウィリアム様をこ、殺したんですか!?」



 かろうじて心配の言葉が執事爺さん。

 様が抜けないのは長年の癖だろう。



「いーや……何度も言うけど俺は別に殺しに来たわけじゃないし、偶然トイレを探してね」

「はぁ……なぜにトイレにこだわるのかしりませんが」

「ちょっと止まって」



 動きが止まった所で俺は『水槍』と唱えた。

 案の定結界が壊れている、俺の水槍は黄金像を5分割する。



「ひええ! か、返します! 黄金像は貴方の物です!」

「だから盗らないって……これは退職金。俺はここで働いた事も無いしカバンに入れやすいかなって」

「なるほど! 大変誤解をしておりました!」



 俺が見張ってるから、と、いうと執事爺さんは小さいカバンを持って来た。



「いやはや……まだ残っているとはマジックボックスですな、小さすぎてコレを入れるといっぱいになりますが……大変勉強になりました」

「その……1つだけ願いがあるんだけどさ」

「もちろんです! アリシア様。メル様。達には今後――」

「それもそうなんだけど」



 俺は1枚の証文を執事爺さんに渡した。

 貴族の中で大事な取り決めがあるとつかわれる証文紙。

 書斎からどんどん退職金を窓の外に投げてる時に見つけた奴だ。



「この紙を持って行ってくれない?」



 俺は先ほど書斎で見つけた紙を執事爺さんに手渡す。



「これは……!?」

「そ、貴族で使う証文。ウィリアム爺さんの手形も押してきた。空白だけど……そこはほら最後は1人になりたいから全員を首にして私財を分け与えたとか、適当に書いてギルドとかに先に出してくれない? それとさ……いやこれはいいか」



 保険。

 ここで働いていた人間に害がないように、害があったら犯人はだれだ!? てなって俺やアリシアが罰を受ける。



「心得ました! ウィリアム様はその少しわがままでございましたな。ギルド、教会、後は王都にも送りましょう! おっと……ではの仕事として素早くいきますので、早くしないと大量に持ち込まれた黄金のせいで換金率が下がりますからな」




 つい1時間も満たない前に腹を切ってまで主人を守ろうとした爺さんには見えない。

 このままウィリアム爺さんを放置して死なないか? って問題もあるが、まぁ大丈夫だろう。

 噂はすぐに広まるし貴族同士もすくなからず交流はある。


 あの証文がギルドに届けられたら確認のために誰か来るだろうしな。


 誰もいなくなった門を抜けると律義にまっていた馬が俺の顔にすりすりしてきた。



「はっはっは可愛いやつめ……あーノラのお土産忘れてた。手持ちあったかなぁ……ああ、買える買える」



 一鳴きすると俺を乗せたまま走ってくれる。



――

――――


「ただいまー!」



 俺が元気よく扉を開くと全員がぐったりしてる。



「ドアホウ! 何時間トイレに行っていたんじゃ!」

「…………師匠のくれた薬、あれ下剤ですよね。腹下しました」

「む! 包み紙をだすのじゃ」



 うまく粉だけをポケットに入れて包み紙だけを渡した。

 ズボンは後で洗うからこれで証拠隠滅だ。

 冗談のつもりだったが、師匠が本気で悩みだした。



「……ドアホウ。スマンのじゃ」

「師匠!?」

「ええい、青と水色似てるじゃろ? ワラワの持ってるこっちが薬じゃった……そのなんじゃ、数時間程度でよかったのじゃ」



 飲まなくてよかったああああ!

 下剤はもうこりごりだ。



「それは大変だ!」



 疲れ切った顔の聖王が立ち上がると俺にキュア解毒!をかけてくれる、別に痛くもかゆくもないがお腹にホッカイロを入れてくれた感覚を得た。

 最初から痛くも無いが、仮病のふりをしなければ。



「これで大丈夫でしょう」

「ありがとうございます。いやー痛みもなくなりましたね。所で話はどんな感じに?」



 素早く話を流す、そうぼろが出る前に。

 俺が聖王に聞くと聖王の説明してくれた。



「聖王としては多額の寄付を行ってくれるスニーツ家の事を聞かないといけませんが、個人としては友人であるアリシア、メル両氏を助けたい。そこでアリシアを聖女の試練に送り出す事に、聞けば魔力の病気を治す事や聖女になると言う事でしたので、その試験中であればスニーツ家も手は出ないでしょう」



 まぁ妥当な所か。

 ジョブチェンジシステムでもそんな感じだったし。



「いいんじゃないかな? 決めるのはアリシアやクウガと思うけど」

「うん。私がんばるよ! 皆に言ってなかったけど義父のウィリアム様はその……意地悪で……メル先生に助けてもらって外の世界を知って……こんなにもよくして貰って絶対に皆を守るから」



 アリシアが力いっぱい宣言した。

 から元気にもみえるけどヤンデレ状態よりはいいだろう。


 会議もいったん終了になり聖王も一度教会に帰る。と言う事になった。


 聖王バルチダンが帰り間際アリシアにハグをした。

 まぁこれはわかる。


 次に師匠とハグをした。



「ぬああああああああああああああああああ!!! おのれ聖王バルッ! いっ。師匠いきなりの魔法は危ないです」

「ちっ避けたのじゃ」



 俺がいた場所にライトニングの魔法が飛んで来たからだ。

 さらに俺が叫んだことで聖王バルチダンさまが固まった。



「そ、その何かしてしまったかね?」

「気にするなバルチダン。こやつはその……かなり頭がおかしいのじゃ」

「ひっどい説明ありがとうございますね、師匠。聖王様、俺とハグをしましょう」



 周りが一斉に引き出した。



「クロウベルさん……僕がいながら男に乗り換えたんですか?」

「うっわミーティアちゃんどんびき」

「2人とも違うよ? クロウ君は先生が聖王様さとハグをしたから、すぐに聖王様とハグをする事によって間接ハグをしたいんだよね?」



 さすがはアリシアだ。

 俺は親指をぎゅっと上げた。



「ドアホウ……」

「クロー兄さん……」

「ドンひき」



 やっぱり引かれた。



「いいの! さぁ聖王さま」

「いや……その……」



 俺は聖王バルチダンと無理やりハグするとその隙間、周りから見えないようにしながら上着に借用書を突っ込んだ。


 アリシアの義父。ウィリアム爺さんが教会に貸し付けた借用書だ。これを戻せば少しは問題も改善するだろう。

 どこで渡そうか迷っていたので丁度いい。


 聖王様は俺に入れられた借用書をちらっとみると、見覚えがあるのだろう俺を驚きの顔で見る。



「なっど――」

「静かに」



 耳元で呟くと俺は聖王から離れた。



「師匠! 師匠の残り香がありません! 俺とハグしましょう」

「ふざっけるな……そりゃそうじゃろ……まぁバルチタンよ。ウィリアムの邪魔が入る前に試練の許可書の発行を頼むのじゃ」

「あっああ……そ、それでは」



 聖王は来た時と同じようにボロ馬車に乗って帰っていった。


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