第3話 さっそく見つけた推しの魔女を押し倒す

 ゲーム内ではフユーンという名前がある小さい街。

 中にはクエスト屋、いわゆる冒険者ギルドに武器防具屋、宿屋が二つ、道具屋などしかないが、実際は民家や食べ物屋、噴水などもありそこそこに大きい。


 顔バレを考えて俺とスゴウベルはフードを深めに被っている。

 ほら貴族の息子ってバレたら大変だし。



「おい、クロウベル! 今日は祭りでもあるのか?」

「どうなんでしょうね、人が多いのは多いですけど」

「おい。あれはなんだ」

「串焼きですね」

「あっちの建物はなんだ!」

「あのマークは冒険者ギルドかな」

「あっちはなんだ!」

「露店でしょうかねぇ」



 100メートルも進む前にスゴウベルの質問攻めにあう、置いてくればよかった……。


 しかしここは我慢だ、スゴウベルがいれば全責任を押し付けられる。



「さすがは愛人の子だな、低俗な街に詳しい」

「はいはいっと行きますよー」



 中々に気分転換にはなる。

 もしかしたら俺の世界は屋敷の中だけで完結し全部夢だったのでは? と思っていた事もあったからだ。


 こうして外に出ると人が多く、どれもこれも生きている。と実感できる。

 NPCのような『今日はいい天気なんだよ』と何度話しかけても同じ事しか言わないような世界でもない。



「所でお金はちゃんともってきましたか?」

「当たり前だ! この俺を誰と思っている」

「ならいいです」



 目的は街の観光もあるが、一応は父に贈り物をしないとただの脱走になってしまう。


 中年の父親に送る物は何かいいか。

 これは本当に迷う、あっち前世でも両親は俺の小さい頃に事故で他界している。



「スゴウ兄さん、父の趣味はなんでしょうか」

「…………ふん。女遊びだな、庶民の女に飽き足らず、最近ではクソ生意気なメイドの言う事を素直に聞く、母上がどんなに嘆いている事か」

「メイド……アンジュの事ですか?」

「当たり前だ! 突然メイドに入って来たかと思うと俺達を世話するだと? たかがメイドの癖に俺のやる事に口を出して何時か押し倒して俺の聖剣を突き刺してやる――」



 なるほど。

 アンジュの正体はバレてはいないらしい。


 しかし親子だなぁ……スゴウベルもアンジュを狙っていたとは、押し倒すもなにも返り討ちに会うと思うけど、訓練してスゴウベルに勝てるようになったけど、いまだにアンジュに勝てるような気は一切しないし。


 あと、スゴウベルの聖剣はたぶん聖剣じゃなくてナマクラなんじゃないかな……と思ったけど流石に黙っておいた。



「お、おい少し早いぞ」

「え?」



 振り返るとスゴウベルが肩で息をしていた。

 俺のほうは全然まだ余裕である、この世界ステータス画面こそ開かないか、どうも内部的にレベルアップがあるらしい。


 実際ゲームの中ではレベルやステータスは確認できた。

 ここ数ヶ月、アンジュとの訓練で俺の基礎レベルは上がっているのだろう、結構歩いたのに疲れを感じない。



「それはどうも。休みます? この辺は道具屋グリンガムがあそこに見えるって事は宿屋……フランジュかな大きめの飲食店ぐらいはあるでしょう」

「た、たのむ! いや! べ、別に俺は疲れていない。お前がどうしてもって言うなら休んでやってもいい」



 ここまで来ると、尊敬すら出てくる。

 二歳年上のスゴウベルは意地を張っているのだ。



「じゃぁ俺はまだ元気なので」

「なっ!? 今お前そこに飲食店がっあるって!」

「いえ、元気だからこそ少し休憩をしましょう。もしかしてスゴウ兄疲れました?」

「ば、馬鹿いうな! キスタル家の次男はかんだいだからな!」



 かんだいの意味を知ってるのかどうかも、そもそもかんだいが通じるのがおかしいと言うか、深くは考えて駄目なきがするので気にしない事にしよう。



 宿屋フランジュ。ゲームの中と同じ3階建ての大きな宿やで、店の周りには飲食店が並んでいる。

 テラス席がありスゴウベルがテーブルに倒れ込むように座ると

給仕が歩いてくる。



「観光で来たので、何かオススメな飲み物と軽食を二人分。これで収まる分でお願いしたい」



 テーブルに金貨を1枚出して注文する。

 給仕が下がるとぐったりしたスゴウベルが下から見上げて来た。



「ええっと何?」

「本当にクロウベルか? 手慣れているというか」

「最近良く言われますが、クロウベルですよ。スゴウ兄に階段から落された事、それ以前にも甘いジュースと言われて激辛を飲んだ事、ベッドに黄色い果実をぶちまけられてオネショに見せられた事…………アンジュの前でズボンを降ろされた事もありましたね」



 淡々と事実を言うとスゴウベルは少し唸った。

 転生といっても階段から落ちた時に前世を思い出しただけで、以前の記憶が抜けたわけじゃない。



「ふん! 本物のようだな」

「そうですね。料理きましたよ」



 何かの実にストローを刺したのが二つ。

 焼きたてのクロワッサンに野菜と肉が詰まったパンが並べられていく、最後にごゆっくりどうぞ。と給仕が挨拶すると俺はストローから中身を口に入れた。


 ココナッツと違って表面は桃のように柔らかい。それでいて破れる事なく中にしっかしと液体が入っている感触が伝わる。

 飲んでみるとシュワっとした炭酸に似たのが口の中で広がっていく甘くサイダーに近い。



「うっま……」

「ほう、旨いなこれは!」



 パンのほうも口に入れた。

 外はカリカリのパンで肉の柔らかさが丁度いい。



「ほうこれは旨いのじゃ、アレクサの新種かのう魔力の回復も早い、買って行ってやるのじゃ」



 近くから女性の声が聞こえて振り返る。

 のじゃ!?


 薄汚れたグレーの三角帽子に長い銀髪、きれいな銀色の瞳、ローブを着ているけど隠しきれない巨乳でスタイルもいい安産型のお尻の女性が僕達と同じ物を食べている。


 思わず視線が合うと、女性は料理を腕で隠した。



「なんじゃお主らは……お代りなら自分で頼むのじゃ」



 魔女メルギナスその人本人だ。

 何度もキャラ図鑑でみたし、この世界にコスプレはないはず。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」



 女性がビクっとなった。



「お、おいクロウベル!?」



 後ろで何か呼ばれた気がしたけどどうでもいい。



「師匠おおおおお! け、結婚してください!」

「ぶっは、な、なんじゃこのガキは。ええい! 離れんかっ! ば、馬鹿お前どこを触っておるのじゃ。ちょ! やめっ」

「師匠おおお! 想像通り甘くていい匂いですうう!」

「こ、このド変態がなんのじゃああ!!!」



 後ろから引っ張られた。

 いや抱きついていたはずのメルギナスと離れており俺は空中に浮いていた、周りの人間が一斉に俺を見ていると俺は吹き飛んだ事を感じた。


 俺を飛ばした師匠はすたすたと逃げるように奥に消えていくと、一気に視界が落ち始めた。

 背中に衝撃がはしるとスゴウベルが走って来た。



「お、おい! 大丈夫かスゴウベル」

「いてて…………心配してくれるんですね」

「べ、別に心配などしてない。しかし何だ今のはなぜ飛んだ、それにあの女は……む。いない! 師匠とはなんだ! 俺は会った事もないぞ!」



 質問が早い。

 背中をみると、先ほど飲んだ何かの実が入った木箱だ。

 あちこち痛いけど大きな怪我はなさそう、逆にそれを管理していたらしい人物が心底ため息をついている。



「ええっと、全部買い取ります、スゴウ兄。これをお土産にしましょう!」

「それはいいが、おい! 質問に答えろ!」

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