第2話 暇をもてあそぶクロウベル
俺が記憶を取り戻してから数ヶ月後、当主である父サンドベルが久々に帰宅した。
出迎えのために玄関ホールに一同勢ぞろい、というやつだ。
扉を開けて父が入ってくる、ゲーム本編ではすでに故人であるが俺から見ても死ぬ様子はない、思いっきり筋肉質の男だ。
革鎧に使い込まれた大きなマント、腰には長剣。ざ! 前衛の男! そのイメージにぴったりである。
父が屋敷に入ると、アンジュが直ぐに腰の剣を預かる、父はついでに上着もアンジュに渡して俺を見下ろしてきた。
「…………クロウベルか?」
「そうですけど、違う人に見えましたか?」
実際中身は同じだけど違う。
俺の実年齢は15歳だが転生前はたぶん20歳そこそこと思うし、ゲームをプレイした時の記憶と、クロウベルと生きた15年間、その二つの記憶が混ざり合う。
「しばらく見ない間に顔つきが良くなったな。スゴウベルはどうした見えないな」
「スゴウベル様でしたら、クロウベル様と模擬戦の後にお部屋にこもるように……」
「手紙で聞いた通りか……一度負けたぐらいでだらしがないな」
「30回です父上」
父が眉をひそめた。
アンジュに鍛えてもらった俺は手始めに実力を知りたかった。
といっても長兄もいない、メイドや召使いでは怪我をさせても困るし相手も手を抜く。
じゃぁ適当な奴。と言う事でスゴウベルを挑発して、負けたら俺が屋敷から出て行く! と誓約書まで書いて決闘までこじつけた。
全戦全勝である。
最後にはスゴウベルは俺と顔を合わせないような生活になってしまった。
少しだけ悪い事をした気分だし、アンジュに「やりすぎです」と怒られた。
正史であれば、魔女の所で修行したクロウベルはその力でスゴウベルと決闘し勝つ。
そこで自分は選ばれた人間なんだ! と内気な性格が180度変わるのだ……なんで? と思うがゲームの設定仕様だからしょうがない。
「回数が多いな。本当にその……アンジュが剣を教えたのか?」
「……申し訳ございません! 旦那様、その少しお耳を」
アンジュが父に何かを耳打ちした。
俺も見ているが、他の使用人もこの場にはいる、周りを見ると全員が見ないふりをはじめた。
「…………そ、そうか。そのクロウベルもそろそろ成人だ。そういう事もあるだろう」
「大丈夫です父上。母上の墓の前では何も言いませんので」
「…………お前本当にクロウベルか?」
「もちろんです」
別に父が誰と寝ようと気にしない。
いや、これが俺の師匠であれば話は別だが……そういえば、何で俺は魔女の弟子になるんだろう。
ここ数ヶ月では接点が見えない。
まさか父の新しい愛人って事はないだろうな。
「所で父上」
「何だ?」
「魔女は本当にいるのでしょうか?」
「また珍しい名前だな……クロウベルよ。大人とは自然になるものだどこでそのような忌まわしい名前を調べたか、おおよそ書庫だろう物事を知ってる風に語るのは大人にはなり切れてないぞ」
興味を示さずに、小言をいうとサンドベルは奥の部屋へと歩いていく、アンジュだけがスキップでついて行く事を見ると、俺は後ろからついて行く事は流石に出来ない。
以前の俺であれば『あれれー? 2人で部屋に入るのなんでー おっかしいなー』って言ったかもしれないが流石に。
周りをみると執事の一人が手を叩き解散となった、アンジュの次に偉い老執事だったはずだ。
俺も仕方がなく自室へどもどる、テーブルの上には書庫から持って来た本が山積みになっており、適当に一冊を手に取りベッドへと倒れ込んだ。
「そりゃ書物ぐらい読むよっと、スマホもテレビも無いんだし」
子供が読むような物語の本。
魔導書の本。
植物図鑑や魔物図鑑などだ。
どれもこれもゲームの攻略本ほど詳しくない。
男性に一部分に力を与える、エイチな本でもあればそれでもいいが、それもない。
せっかくの異世界生活、エイチな本が無ければ作ればいいじゃないか! と思っても道具も無ければ絵心もない俺はそれも出来ない。
できる事といえば。
「ウォーターボール!」
寝ながら魔法を唱える。
小さい水の球が空中に現れ浮いている。
水魔法の初期の初期だ。
この魔法をメルギナスに教えて貰ったらしく、才能があると喜んだ俺は有頂天になり天狗になる。
「ウォーターシールド!」
水魔法の進化系で五角形の水盾が任意の場所に現れた。
原作では馬鹿の一つ覚えにウォーターボールを連打してくるという始末。
それだけ強い魔女の弟子ならもっと強いはずなんだけど、ゲームのクロウベルは、水魔法を覚えた俺はもう魔女メルギナスに教わる事はない! お前を殺しすべてを奪う! と対決前に宣言してクウガに殺される。
「だめじゃん! っと! うわ」
集中力が切れ、水がはじけ飛んだ。
顔は回避したもののベッドが水浸しになる、全力で走ったように疲れベッドで手足を広げた。
「か、かんがえるに……魔力切れ……だよな。使って行けば増えればいいんだけど。だああ早く師匠に会いたい!」
あくまで魔女の所で修行をした設定であって、いつどこで! とはキャラクター図鑑にすら書いてない。
「そりゃそうか。序盤のモブにそんな詳しく設定はかかないよな……暇だ……街に出たい」
が、禁止されているんだよなぁ。
貴族はむやみに外に出ないらしい。まぁ魔物や危険な道。人であっても全員が善良な市民とは限らない。
しかも警察はいないのだ。
海外でいう東南アジアみたいな感じだろう、法があって法がないみたいな。
部屋がノックされた。
巻き時計をみると昼を少し過ぎたあたり。
「どうぞー」
「し、失礼します。アンジュメイド長様からの伝言で、本日の訓練は中止にしたい。と……」
扉越しに声だけが聞こえた。
あー…………まぁそうだよね。父の愛人なんだし父が帰ってきたらそりゃそうなるか。
「わかりました。と伝えてください。体を休めるのに昼寝します。とも」
「は、はい! 失礼します」
パタパタと足音が遠くなる。
俺は勢いよく飛び起きた。
「よし! 街に行こう」
15歳。そう俺は15歳だ! ちょっとぐらいやんちゃなほうが可愛いに決まってる。
それに怒るアンジェも今はいない…………ええっと……とはいえ、理由が欲しいな。
考えがまとまらないままに着替えを終える。
丸腰は怖いので小さいが腰に剣をつけ窓から裏庭へと飛び降りた。
街までの道のりはゲームで知っている、屋敷から坂を下っていけばいいだけ。
俺が坂道のわきを目指そうとすると「げっ」という声が聞こえた。
「みつかっ! ごめんなさい。ちょっとした散歩なんで…………あれスゴウベル?」
声の方へ振り向くとスゴウベルが窓から俺を見下ろしていた所だ。
「………………」
「………………」
俺もスゴウベルも無言だ。
何か言え、と言いたいが俺も適当な言い訳が見つからない。
「や、やっと出て行くのか」
「いや?」
「ちっ」
嬉しそうな顔のスゴウベルがとたんに舌打ちをした。
ああ、そうか……二つ上のスゴウベルは俺の事が嫌いなんだよな。俺としてもこのままの関係は良くないと思ってる、たとえ兄で嫌な奴で弱くてもだ。
「スゴウベル!」
「…………」
「スゴウベル! おい」
「せめて兄をつけるべきだ。そ、その例え今はお前に勝ちを譲ってもな!」
譲ってもらったのか? まぁいいか。
「なるほど……ではスゴウ
突然の誘いでスゴウベルが固まった。
「なに――」
「考えても見てください。父が帰って来たんですよ、引きこもって挨拶をしないのは別にいいとしても何か手土産があれば父サンドベルも喜ぶと思うんですよね」
「べ、別に引きこもってはいない! 少し体調が悪いだけだ! ふん愛人の考えにしてはいい考えではないが」
いちいち愛人を強調してくるあたりイラっとするが自分よりも弱いと思うと少し可愛く見える。
「でしたら、スゴウ兄さんの考えでいいですので街にいって土産を一緒に買いに行きましょう」
「それは……愛人の考えにしては――――」
それはもういいっての。
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