1―20.元凶は
鉄格子の部屋が連なり、横の通路で繋がっているので、誰かが走ってきても誰が来たかは分からない。
状況が状況なだけに皆警戒していると、段々と声が聞こえてきた。
「……さま……ン様ー……」
「あれ?この声は……」
わりと最近聞いた声……というより、学園に入学する前は日常的に聞いていた声!
「リオン様ぁぁぁぁ!!!」
たった今思い浮かべたその人は、ずしゃあぁっと。それはもう見事に、華麗に、スライディング土下座をキメた。
「愚弟が大変ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたぁ!!あの馬鹿にはよくよく言い聞かせておきましたので何卒!何卒ご容赦をぉぉぉ!!かくなる上は私めが切腹して罪を償いますゆえ……」
「待って待って!ランツくん待って!とりあえず落ち着いて!」
懐に忍ばせていたナイフで首を斬ろうとするランツくんを必死に止めた。
それ切腹じゃなくて斬首だよランツくん!
切腹だ斬首だと騒ぐ彼をどうにか落ち着かせた後、鉄格子を隔てて改めて向き直った。
「騎士団から連絡がきたときは何事かと思いましたが……まさかあの馬鹿がそんな馬鹿な真似をしでかすとは。救いようのない馬鹿な愚弟でお恥ずかしい限りです」
「あ、あの、ランツくん?そんなに馬鹿を連呼しないであげてね?まさかとは思うけど、頭ごなしに叱ったりしてないよね?」
悪戯が見つかって叱られる子供のようにさっと目を逸らされた。
「もう、ランツくんったら……」
実に分かりやすい態度に苦笑が溢れる。
馬鹿を連呼していても慈愛のこもった声音だし、弟の代わりに自ら罰を受けようとするしで家族仲は良好なようだけど、ランツくん変に暴走するところがあるからなぁ。今みたいに。
弟くんとの間に溝が生まれないかとヒヤヒヤしていると、彼の顔色が優れないことに気付いた。
よく見てみると目の下の隈が酷い。連日徹夜してるのが丸分かりな酷い有り様だ。
学園に入学する前は健康そのものだったのに、この短い間に何があったんだろう?
「ランツくんが徹夜するなんて、そんなに忙しいの?なんなら手伝おうか?」
不穏な影がちらついてはいるけど、重要案件が飛び込んできたって話もないから徹夜しなきゃ片付かないような仕事はなかったはず。
もしかして、僕が王宮を出てから何か問題が起きたとか?
「っ、いえ!!リオン様の手を煩わせる訳には……!」
「でも睡眠時間を削らなきゃいけないくらい忙しいんでしょ?だったら僕が……」
「リオン様に任された仕事をリオン様に手伝って頂くなど本末転倒です!!……あ」
やっちまったぜと言わんばかりに口をつぐむランツくん。しかしぽろっと溢された言葉はしっかり僕の耳に届いた。
王宮を出る前、慌ただしく引き継ぎを済ませたときのことを思い出す。
入学するにあたり仕事を誰かに引き継がなきゃいけなくて、真っ先にランツくんに声をかけた。彼なら書類仕事もそつなくこなすし適任だろうと思って。
ランツくんも快く引き受けてくれた。しかしよくよく思い返してみれば、引き継ぐ書類仕事の山を目の当たりにして口元を引きつらせていなかっただろうか。
更に記憶を遡る。あれはいつの頃だったか、突然執務室に意味もなく突撃してきた団長が書類仕事をこなす僕を見て「その年でランバルト並みに書類捌くなんて人間じゃねぇ」と戦慄いていた。
特に意識したことなかったけど、もしかして僕、書類作業が他人より早い?ランツくんが引くくらいに?だとしたら……
僕らの会話に水を差さないようお口チャックしてくれている3人とランツくんに向けて正座し、上半身を折り曲げた。
「すみませんでしたぁっ!!」
今度は僕が土下座する番だった。
ランツくんの寝不足も弟くんの不満の爆発も現状も、全ての原因が僕だった!!
弟くんにかけられていた精神魔法は元々あった感情を増幅するもの。つまり弟くんがランツくんに会えなくて不満を感じているのは彼自身の本音。
作業スピードの目測を誤ったせいでランツくんにも多大な負担をかけてしまった。その結果皆にも現在進行形で迷惑をかけてしまうという体たらく。
ランツくんが会いに行けない原因をつくってたのは紛れもなく僕だ。僕こそ土下座すべきなんだ……!
詳しい事情は分からずとも僕が原因なのは悟ったのか皆呆れ顔。怒らないのかなとティアナさんをチラ見したら「事情をよく知りもしないのに怒りようがないでしょ」と手をひらひらさせた。
ランツくんだけはキリッとした顔で「リオン様のせいではなく、仕事を丸投げしている団長のせいです!」と断言した。
その通りではあるけど、やっぱり僕にも落ち度はあるよね……今後同じことが起こらないように注意しなきゃ。
「リオン様、何故あの馬鹿はこのような暴挙に出たのでしょう?確かにあやつは馬鹿ですが、愚かな人間ではありません。理由をお聞きしとうございます」
ランツくんが疑問を口にする。
身内が問題を起こしたんだからそりゃ気になって当然だよねとひとつ頷き、かいつまんで事情を説明する。
「なんと……そのようなことが……」
弟くんを含めて何人も精神魔法が使われていることに驚きを隠せないランツくん。
次いで口惜しいとばかりに眉根を寄せて「闇属性が使えれば……!」と呻く。
精神魔法を打ち消すには同じ精神魔法を使って相殺するしかない。弟くんを助けられないのが歯痒いんだろう。
ここに闇属性の使い手が2人もいるけど、牢屋の中では魔法を使えなくされてるから彼らを助けることは叶わない。牢屋から出ても精神魔法にかかった者全員の顔を覚えている訳ではないから難しい。
「あーもう、腹立つわね!絶対犯人をとっ捕まえてやる!」
「それが一番近道だねぇ」
「ティアナさん、メルフィさん!?」
女子2人が殺る気、いややる気を滾らせているんですけど!?
「だっておかしいじゃない!恨みを買うような馬鹿な真似したんならともかく、私達何もしてないのよ!?なのにこんな場所に閉じ込められるなんてふざけんなって話でしょ!」
「ボンクラくんの暴挙も腹立たしいけど、それ以上に人の心を操ってまで私達をどうこうしようとしたのが許せないよねぇ。正面からぶつかる覚悟もない卑怯者をどう炙り出してあげようか?」
「ひぃっ!?メルフィさんの黒い笑顔……!怖い……!ギルくんも何か言ってよ!2人を止めて!」
「やりすぎんなよ」
「ギルくーん!?」
君までそっち側だったの!?
牢屋の中にいる事実を忘れてぎゃあぎゃあと騒ぐ僕らにきょとんとするランツくん。
だが次第に嬉しげに目を細めて柔らかな眼差しで僕を見た。
「……ようやく息ができるようになったのですね」
ランツくんったら何言ってるんだか。生き物は呼吸しないと生きていけないよ?
ランツくんの謎発言に内心首を傾げていると、どうやって犯人を炙り出してやろうかと不穏なオーラを漂わせる3人に視線を投げた。
「魔道具で調整されているといえど、目も耳もある場所でする話ではないぞ」
突然水を向けられてぴくりと反応する3人。
画策するならここを出てからにしろと暗に告げられて口を閉じた。
単純に音を遮断して魔力を封じるだけかと思いきやそういう訳でもなさそうだ。
その後未練がましく僕をチラ見しつつも仕事がまだ山程残っているからと王宮に帰っていったランツくんを見送り、静まり返った牢屋の中で再び顔を突き合わせる。
「……で、どうする?」
「冤罪だって分かったら流石に釈放されると思うけど……」
ランツくんの注意もあって皆小声だ。
早い話、ランツくんの弟くんとのやりとりを目撃した通行人が証言してくれれば容疑は晴れる。でも貴族を敵に回す恐ろしさを理解しているゆえに誰もが見て見ぬふりを決め込む。
冤罪だから遅かれ早かれ釈放はされるだろうけど、それがいつになるのやら。
何気なく格子窓から覗く空に視線を滑らせた。星の海が広がる空にぽつりと佇む欠けた月が僕らを慰めるように優しく照らす。
格子窓から差す月の明かりが牢屋に入れられてから結構な時間が経っていることを物語る。
いつになったら出られるんだろう。明日も学校があるのに……
物憂げにため息をついたそのとき、ランツくん以外の人が来なかったこの場所にひとりの騎士が現れた。
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