1―21.見透かされる心
月の明かりに照らされて仄かに明るい街並みの中、喧騒に包まれた日中とは打って変わって通行人がほとんどいない静かな夜道を歩く。
僕らの前を先導して歩いていた大柄な男がおもむろに振り向いた。
「災難だったなぁティアナちゃん」
ギルくんみたいな裏社会を牛耳る系の強面ではなくどちらかと言えば職人っぽい厳つい顔のその人は、カラッとした笑顔でティアナさんを見ていた。
「すみません、ドレッドさん。迷惑をかけてしまって……」
「なぁに、気にすんな!ゴルドの忘れ形見に何かあっちゃあ俺がぶっ殺されるわ!がはは!」
冗談混じりに豪快に笑うドレッドさんはティアナさんの知り合いで、より詳しく言うとティアナさんの父親の友人である。
なんとこの人街の顔役的な存在らしく、色んなところに顔が効くので、そのツテで僕らを牢屋から出すために根回しをしてくれたのだそうだ。
「しばらく見ねぇ間にでっかくなったなぁメルフィ嬢ちゃん!」
「ふふ、ドレッドさんはお変わりないですねぇ」
「お前さん、グレン小隊長の弟だろ?燃えるような赤い髪と目がそっくりだなぁ!」
「……グレンを知ってるのか」
「アイツには世話になったからな。で、怪しげな魔導師みたいなお前さんが噂の幻想の魔導師か」
「し、知ってたんですか?」
「知り合いの冒険者から聞いた。いつも魔物を間引いてくれてありがとよ!コルネリアの平和が保たれてるのはお前さんのおかげだ!」
「ぼ、僕だけじゃないです。他の魔導師や騎士団、それに冒険者もこの国を守っていますから」
「がはは!お前さん謙虚だなぁ!」
誰とでも打ち解けるフレンドリーな人で、道中話題は尽きなかった。
彼女達の近況報告から始まり、ドレッドさんが飲食店を営んでいることや教会および教会の管轄の孤児院が事件の影響で街の人に嫌がらせされないように根回ししたなどの昔話もあった。
それと最近夜に北の森で冒険者をよく見かけるが夜の魔物が活発になってるのか?と聞かれたけど、夜に限らず魔物が増加傾向にあることは言わないでおいた。一般人を不安がらせるつもりはない。
人付き合いが苦手な僕でも返事ができたのはホームとも言える魔導師団の話題をちょいちょい振ってくれたからだろう。
ギルくんにお兄さんがいるのは驚いた。第2騎士団で小規模な部隊を率いる小隊長だったというから尚更。
ギルくんはお兄さんに剣術を習ったのかな?だとしたらあの剣捌きにも納得だ。
「にしても驚いたなぁ。突然サー坊がうちの店に転がり込んできて『姉ちゃん達が捕まった!』って叫ぶもんだからよぉ。幸い客がいなかったから騒ぎにはならんかったが、何事かと思ったぜ」
「うちの子がすみません」
「サージェのやつ、ドレッドさんに思いっきり迷惑かけて……帰ったらとっちめてやんないと」
「まぁまぁそんな怒んな!お前らのために何かしたくて必死に行動に移しただけなんだからよ。その証拠に、ほら」
「え?」
ドレッドさんが顎で指し示した方向には小さな人影がひとつ。
「ティアナ姉ちゃん、メルフィ姉ちゃん!」
どこからか張り上げた声が薄暗い闇を切り裂く。
聞いた覚えのある声の主は2人の少女の元へ飛び込んできた。
「サージェ!?」
ティアナさんとメルフィさんに疾風の如く駆け寄ったのは、今回の件で一番の被害者の男の子だった。
「こらっ!夜は危ないから外に出ちゃ駄目だって言ったでしょ!?」
「ごめんなさい……」
「ティアナ、叱るのもほどほどにねぇ。私達を心配して来てくれたんだから」
サージェくんを抱き止めつつ眦を吊り上げるティアナさんをメルフィさんが宥める。
次いでメルフィさんはサージェくんと目線を合わせるために屈んだ。
「サージェ、迎えに来てくれてありがとう。でも、こんな夜遅くに出歩いてサージェに何かあったらどうするの。司教様もシスターも、皆がご飯も喉に通らないくらい心配するよ。自分の行動ひとつで周りにどんな影響を及ぼすか、きちんと考えるようにね」
「うぅ……ごめんなさい」
「ん、ちゃんと謝れたね。偉い偉い」
慈愛の表情で頭を撫でるメルフィさんはどこからどう見てもお姉さんで。
大人しく撫でられているサージェくんも嬉しそうに破顔していて。
ぷりぷり怒っていたティアナさんも次第に表情を緩ませて、仕方ないわねと言うふうに小さくため息を吐いて。
その肩肘張らない気安いやりとりができる関係が、眩しかった。
「二人とも、じゃあねぇ」
「また明日。遅刻するんじゃないわよ」
「お前ら気を付けて帰れよーって、幻想の魔導師様と金級冒険者に言うのもおかしな話か。がはは!んじゃまたな!」
ドレッドさん率いる孤児院に向かう一行に見送られて学園へと帰る僕とギルくん。
ティアナさんのあれは夜更かしするなって意味だろうなぁ。僕が幻想の魔導師だと発覚してから芋づる式に夜遅くまで魔物を間引いているのがバレちゃったから。
ドレッドさん経由で夜間に活動する冒険者の目撃情報から平均睡眠時間を予測したティアナさんに鳩尾に一発ぶちこまれたのは忘れたい思い出。
そんなに痛くはなかったけど、心配されてるのかなと思うと、なんか、こそばゆい……
身内に心配されたときとは違う感覚に戸惑いつつも、嫌ではないし、まぁいいか。
「目まぐるしい1日だった……」
実戦授業でトラブルが起こったり、冒険者ギルドで衝撃の事実を知ったり、牢屋で過ごす羽目になったり、今日だけで色んなことがあった。
書類を捌いて魔物を討伐するだけの淡々とした日々とは比べ物にならないくらい濃密な時間。
それが、不思議と心地良い。
「そうだな。だが、こういうのも悪くねぇ」
隣を歩くギルくんが愉快げに肯定する。
彼はソロ冒険者だ。パーティーは組んだことがないと聞く。
学園に入学しなければ仲間との時間を大事にしようなんて思わなかっただろう。
そしてそれは僕も同じ。
「お前は?」
「僕も似たような気持ちかな」
そうか、と呟いたギルくんが僕の頭にポンッと手を置く。
「あんま独りで抱え込むなよ」
えっ……?
思わずギルくんを凝視した。
なんで今の話の流れでそんな言葉が飛び出てくるのかと目を丸くしていると、僕の頭から手を離してそっと覗き見られた。
静かに揺れる瞳が、僕を射貫く。と、同時に察した。
ああ、ギルくんは気付いていたんだ。
どうしようもなく罪悪感に押し潰されそうな僕の気持ちに。
「……言いたくねぇなら別にいいけど」
もう用はないとばかりに目線を外して先を歩くギルくんの背中を眺める。
いいのかな。このまま彼らの優しさに甘えてしまっても。
自分を追い詰める罪悪感に蓋をして、嫌なことからは目を逸らして。
何も気付かないフリをしてくれる彼らの隣で、笑えるのかな。
「……っ、ギルくん!」
罪悪感を消し去れたならどんなに楽だろう。
皆の優しさに甘えられたならどんなに楽だろう。
心の中で卑怯な僕が堕落の道へ引きずり込もうとするのに身を委ねそうになるけれど、寸でのところで踏み留まった。
そんな不誠実な真似はできない。これ以上彼らに甘えてたらいつまで経っても変わらない。
「お願いがあるんだけど……!」
決意を秘めた力強い眼差しが深紅の瞳を貫いた。
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