1―19.牢屋

 お忍び用なのか装飾は控えめだが、それでも貴族のものだと分かる馬車の傍らで対立する僕らと貴族男子。

 通行人はトラブルの元凶が貴族のご子息と知るや否やそそくさと逃げてしまった。貴族とトラブルになれば面倒なことになると分かってるからだ。

 野次馬がいない中、子供に絡んでいた貴族男子が突如割って入ってきた部外者をじろりと睨みつけた。


「なんだお前ら。平民が僕の邪魔をするな!」


「アンタ今この子に暴力振るおうとしたでしょ!?」


「暴力じゃない、教育だ!僕が乗る馬車の前を横切るやつが悪い!」


 貴族男子とティアナさんが言い争う傍らでメルフィさんがしゃがんで子供に優しく事情を聞いていた。


「サージェ、あの人の言ったことは本当?」


「う、うん……お貴族様の馬車が急にこっちに向かってきて、避けられなくてぶつかっちゃったの。メルフィお姉ちゃん、どうしよう……僕、お貴族様怒らせちゃった……」


「だーいじょうぶ。サージェはなぁんにも悪くないから」


 どうやら馬車が急な方向転換をしたことで事故に繋がったようだ。

 貴族男子の傍らに控える護衛は微動だにしない。護衛対象が怪我を負わされた訳ではないから不干渉なんだろうか。

 転んだ拍子に怪我をした子供に治癒魔法をかけて背に庇いつつ、ティアナさんと口論を続ける貴族男子にメルフィさんが冷ややかな眼差しを送った。


「その家紋、ローウェルド伯爵家ですよね?上流貴族の端くれとは思えない幼稚さですねぇ」


 刺々しい笑みと共に吐き出された言葉に目を見開いた。そして思わず叫ぶ。


「ローウェルド……ってことは、ランツくんの身内!?」


 ランツくんのフルネームはランツ・ローウェルド。彼が伯爵家出身なのは知ってたけど、兄弟がいるなんて聞いたことないから寝耳に水だった。

 小馬鹿にしてきたメルフィさんに突っ掛かろうとしたランツくんの身内の人が僕の叫び声に反応して驚愕の表情でこちらを凝視する。


「なっ……お、お前!兄様の知り合いか!?」


 この人、ランツくんの弟だったんだ。言われてみればティアナさんとはまた違う意思の強そうな瞳が似てるかも。

 ランツくんの弟だと分かったからか、見知らぬ人への緊張感は少し薄れた。

 悪い意味で貴族らしい弟くんだけど、お兄さんの話題を出したら多少は会話できるかな……と思った矢先に思いきり睨まれる。

 ひぇっ!?ギルくんほど強烈な睨みじゃないけど、いきなり何なの!?


「多忙でなかなか会えない兄様と知り合いだと……!?羨まし、じゃなくて、平民ごときが兄様と交流を持つな!」


 多忙?確かに宮廷魔導師団はわりと忙しい職業だけどきちんと休みはあるし、事前に申請しておけば休みをもらうこともできるから、会おうと思えば会えるはずだけどなぁ。

 ……さてはランツくん、休日返上で働いてるね?と自分を棚上げして内心苦笑していると、彼が放った次の言葉に違和感を覚えた。


「よりにもよってあんな事件を引き起こした教会の孤児なんかと……」


 侮蔑の目でティアナさんらを睨みながらの独り言。

 ……あれ?なんで彼女達が教会に保護されている孤児だって知ってるんだろう?

 疑問をそのまま声に出す直前、僕の隣で静かに事の成り行きを見守っていたギルくんが彼に向けて殺気を放った。


「貴族サマってのは過去の事件引っ張り出してまで他人を扱き下ろすことしか頭にねぇのかよ」


 すぐ近くにいるんだもん。僕が聞こえていた彼の小さな独り言もそりゃ聞こえたよね。

 殺気を向けられた張本人はギルくんの気迫に肩をびくつかせ、口をつぐむ。だが突如頭を押さえて呻いた。


「違う……僕は、なんで……いや、でも……」


 半歩後退りかぶりを振るランツくんの弟くん。自分が何を言ってるのか分からない、そんな雰囲気が見てとれた。

 彼の護衛が気遣って馬車へ促すも、彼はおもむろに顔を上げて僕らを射殺さんばかりに睨む。そして……


「平民ごときがでしゃばりやがって……!後悔させてやる!!」



◇◇◇



「あんの馬鹿貴族がーーーー!!」


 鉄格子で仕切られた部屋ともいえぬ部屋の中、ティアナさんの激昂が反響した。


「ティアナー。怒鳴ったところで状況は好転しないよぉ」


 鉄格子を壊さんばかりに握り締めて思いの丈をぶちまけた彼女をのほほんと宥めるメルフィさん。

 ティアナさんは「そんなことくらい分かってるわよ!」と八つ当たり気味に言い返した。


「だってあの馬鹿貴族、こっちの言い分も聞きやしないで騎士団に通報したのよ!?これが叫ばずにいられるかーーー!!」


 王都中に聞こえそうなティアナさんの怒声に壁際で片膝を立てて座りながらこちらに近付いてくる気配がないかチェックしていたギルくんが煩そうに眉をしかめる。

 あの後、ランツくんの弟くんは何をトチ狂ったのか魔法鳥を騎士団の詰所に飛ばし、僕らに罪を被せて牢屋に連行させたのだ。

 この国には不敬罪は存在せず、正式に処罰することはできない。だから適当な罪をでっち上げて牢屋に入れた。つまりは冤罪だ。


「大体ねぇ、教会の人間だからって理由で何の罪も犯してない人間をさも当然と言わんばかりに牢屋にぶちこむ騎士団も騎士団よ!ろくに調査もしないで個人の言葉を鵜呑みにするなんて頭沸いてんじゃないの!?いつからこの国の騎士団は貴族におもねる阿呆に成り下がったのよ!!」


「ティ、ティアナさん、そのくらいで……牢番に聞こえちゃうから……っ」


「平気よ!さっきからずっと大声で喚いてんのに気付きもしないんだから、魔法か魔道具で音を遮断してるんでしょ!」


 あ、良かった。怒り心頭でもちゃんと周りを見てたみたい。


「2人共ごめんねぇ、巻き込んじゃって……」


 申し訳なさそうに僕とギルくんに向き直るメルフィさんに首を横に振った。


「う、ううん!それは全然いいよ!あの子を逃がせて良かったね」


 2人がサージェと呼んでいた男の子は通報される前にさりげなく逃がした。きっと今頃頼れる大人に事情を説明してくれているだろう。

 「助けに行ってもらうから!」と別れ際に言っていたけど、どうなることやら……


「……皆、気付いてた?」


 何に、とは言わなかった。

 でもそれだけで何を指し示しているのか理解したギルくん達が分かってるとばかりに頷いた。


「あれは間違いなく闇属性の魔法ね。精神に直接干渉する類のものよ」


「ボンクラくんは怒りを増幅させる系、騎士サマは思考を鈍らせるとか記憶の改竄とかかな?どちらにせよロクな魔法じゃないけどねぇ」


 鉄格子から手を離し、苦虫を噛み潰した顔でこちらを仰ぎ見るティアナさんと冷笑という言葉がぴったりな表情のメルフィさん。

 2人共闇属性を使えるから、こんな使われ方して憤っているんだろう。

 僕の腕輪に施してくれた精神を安定させる、誰かの心を安らげる優しい魔法ではなく、誰かの心を傷付けるための悪意に染まった魔法だから。

 あのときの彼は様子がおかしかった。自分で言ったことを理解してないような、思ってもみない自分の発言に驚き困惑するような、不自然な態度だった。

 それだけじゃない。僕らを牢屋に連行した騎士もどことなく変だった。

 どちらも精神干渉系の魔法を使われたのは明白。

 問題は、何故彼らがそんな魔法をかけられたのかだ。


「何かに利用したいならわざわざ牢屋に入れないでしょ」


 と、吐き捨てるティアナさん。


「邪魔なら殺せばいいだけだ」


 それまで無言だったギルくんの意見。


「殺すほどの度胸がなかっただけかも?」


 にこやかにディスるメルフィさん。


「あと考えられるのは……足止め、とか?」


 続けて僕も意見を出す。

 精神干渉を受けた彼らの様子から察するに、犯人の狙いは僕達だろう。

 精神干渉魔法で彼らを操り、僕達をここへ誘導して閉じ込めた。

 けどその目的が何なのかが分からない。

 ティアナさんの言う通り利用したいならわざわざ牢屋に誘導しないだろうし、邪魔なら排除するっていうギルくんの意見も尤もだ。

 てことは足止めが狙い?何のために?

 全員が黙り込んで思考の渦に身を委ねる中、地響きのような音が微かに耳に届く。

 いや違う。地響きじゃない。これは……


「……誰か来る」


 ギルくんが僅かに身構えて鉄格子の先を見据えると、誰かがこちらに走ってくるのが音で分かった。




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