1―18.崩れた壁

 ギルドを出て雑多な町並みに溶け込む僕ら。

 3人に隠れるように、けれど必要以上に縮こまらないように歩く僕に注がれる視線がひとつ。

 その視線の主はティアナさんだ。

 冒険者ギルドでのじーっと観察するようなものじゃなくて時折チラッと見る程度の。

 何か言った方がいいかなと僅かに逡巡していると、意を決したように口を開いた。


「ねぇ。宮廷魔導師ってことは……その、知ってるの?私のお父さんのこと」


 そう聞かれて、大袈裟に身体が反応した。

 脳裏に過るのはティアナさんと同じ意思の強そうな深い海色の瞳。混ざりけのない漆黒の髪を揺らすティアナさんよりほんの少し紫に近い短髪。

 特別凄い魔導師ではなかったけど真面目で勤勉で、魔導師棟に入り浸ってた僕を邪険に扱うでもなく他の魔導師と一緒に魔法を教えてくれた親切な人。

 必死の形相で伸ばされた手。真っ赤に染まる視界。赤い水溜まりに倒れ伏すあの人……


「………っ、」


 血の気が失せた僕の顔を見たメルフィさんが「ティーアーナー……」と呆れ顔で呼び掛け、ギルくんは咎めるようにティアナさんを睨みつける。

 ティアナさんは焦ったように弁明した。


「問い詰めようってんじゃないわよ!ただ、お父さんと会ったことあるのかなって気になって……それだけよ!」


 事件のこととは関係なく、純粋に疑問をぶつけただけなのだと言うティアナさんに強張ってた身体から力が抜けた。

 知らず浅くなっていた呼吸も徐々に元へ戻っていく。


「……ゴルドさんには水魔法の基礎を教わったよ。少しだけね」


 知ってるだけでなく交流があったことにびっくりしたのか軽く目を見張るティアナさん。

 僅かな沈黙のあと「……そう」と呟いたきり、会話はなくなってしまった。

 前を歩くティアナさんの後ろ姿を眺める。

 ……彼女は今何を思っているんだろう。


 あの事件の詳細を知るのは国の上層部のみ。事件関係者とその身内にさえ全貌は明かされていない。

 彼女からしてみれば、詳細を知らない未知の事件が発端で突然父親を喪ったのだ。事件の全貌とまでは言わずとも、父親がこの世を去った直接の原因だけでも知りたいと願っていてもおかしくない。

 宮廷魔導師は軍属だ。殉職したと言われたらそれまでだろう。

 けど戦争でもないのに理不尽に命を奪われて、身内なのに、知る権利があるのに、国からは事件の詳細を明かされないなんて、単純に怒るだけでは済まないはずだ。


 本当なら今すぐにでも僕を問い詰めたいだろう。でもそうしないのは、自惚れでなければ僕のため。

 事件の話になると途端に様子がおかしくなる僕を慮って何も聞かずにいてくれる。それが嬉しくもあり、ひどく申し訳なく思う。

 僕らの間に微妙な空気が流れる。

 メルフィさんがその空気を取っ払うような明るい声で話題を変えた。


「それにしても驚いたよねぇ。まさかリオンくんが例の魔導師だったなんて」


「うん、僕もびっくり……」


「なんで本人まで驚いてんのよ」


 だ、だって、噂とか知らなかったし!誰も教えてくれなかったし!いや僕が知ろうとしなかったせいだけど!

 ……流石に駄目かな?駄目だよね。仮にも自分のことなんだからもうちょっと興味持たないと。反省。


「アンタは動じてないのね?」


 それは僕の隣を歩くギルくんへ向けられた言葉。

 ティアナさんを一瞥し、次いで僕へと視線を滑らせたギルくん。


「……そうそういねぇだろ。ほぼノータイムで魔法を発動できるやつなんて」


 ギルくんがそう言うと2人は「確かに」と納得顔で頷いた。

 魔法の発動速度を速めたり手数を増やしたりするのは学園で学ぶこと。なのにその学園に入学する前から異常に発動が速い僕を初めから疑問に思っていたそうだ。


 普通の宮廷魔導師でも発動には多少時間がかかる。数秒で発動できるのはそれこそ魔導師団長と幻想の魔導師のみ。

 僕の魔法を初めて見たときからなんとなく察してたというのだから驚きだ。

 ほぼ最初から正体を見破られてたっていうね……


「このなよっちい男が、あの?って思うけど、事実なのよね……」


「あの魔物の山見たら納得だけど、ちょっと信じられないよねぇ……」


 そんなしみじみと言われましても……


「……ガキの頃から仕事させられてんのか」


 いつも以上に眉間にシワを寄せたギルくんが問いかける。

 この顔は微妙に怒ってる顔だ!子供のうちから国に仕事を押し付けられて無体を強いられてるのかって聞かれてるんだ!


「ち、違うよ!僕が任務に就くのは団長を筆頭に反対していたけど、王宮の監視の目を掻い潜って勝手に討伐に行ってたら諦めた団長に少しずつ仕事を割り振られるようになっただけで……!」


 誤解を解くべく慌てて弁明する。

 僕の顔を見て嘘ではないと判断したギルくんの眉間のシワが減った。気難しい顔はそのままだけど、怒りは収めてくれたようだ。

 しかし今度は勝手に討伐しに~の下りでメルフィさんが反応した。


「まさか、その頃から魔石収集の趣味が……?」


 若干引き気味のメルフィさんの問いかけに「……えへへ」と誤魔化すように笑う。

 ティアナさんには呆れられ、メルフィさんには苦笑いを返されたが、次の瞬間2人揃って小さく吹き出した。


「ふっ……はははっ!こんな変なやつ初めてよ!」


「ふ、ふふっ……こんなにもちぐはぐで面白い人、他にいないよねぇ」


 なんでか知らないけど笑われた!?

 そう何度も変人扱いされると流石にちょっと凹むんですけど……

 そろりと隣を盗み見ればこちらも愉快げに目を細めていた。ギルくんまで……


 でも次第に僕までつられて笑ってしまった。

 だって、彼女達の毒気を抜かれた表情を見たら、これまで感じていた壁のようなものがなくなっていたから。

 気を許していると見せかけて常に距離をとっていた2人が、初めて心を開いてくれたから。

 変人扱いされたショック以上に嬉しくて、笑みが溢れたんだ。


「孤児なんかが僕の行く手を阻むな!」


 ほんわかムードで和んでいると、どこからかその空気を引き裂く声が飛んできた。

 孤児と聞いて顔色を変えた2人が真っ先に辺りを見回す。すると身なりの良い男の子が高級そうな馬車の前で転んでいる小さな子供を今まさに蹴り飛ばそうとしているところだった。


「「サージェっ!」」


 ティアナさんとメルフィさんが貴族男子と小さな子供の間に割って入った。




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