1―12.実戦授業

 窓から朝日が眩しく照らす中、着慣れてきた制服に袖を通す。

 いつも通りローブを羽織ってフードを被り、身嗜みをチェックしてから廊下に出た。

 ちょうど同じタイミングで開かれた隣室の扉に表情を緩めて声をかけた。


「おはようギルくん」


 深紅の髪と同色の瞳が特徴的な隣人は、強面な顔はそのままに「よぉ」と短い挨拶を返して欠伸を溢しつつさっさと歩いていってしまうので慌てて追いかけた。


「いよいよだね、実戦授業」


「つっても北の森だろ。代わり映えしねぇ」


 今日は実戦授業当日。

 北の森で実戦経験を積む授業が本格的に始まるのだ。

 ギルくんはあまり乗り気ではなさそうだけど、僕は楽しみ。しょっちゅう北の森に行くけど大抵ソロ活動だからね。パーティー組んで行くのは新鮮でわくわくする。

 多分それは親しい人達だからそう思うだけで、他の人相手だったら萎縮しちゃってたんだろうなぁ。

 自由に班決めできないのにギルくん達と同じ班になれたのは奇跡に近い。


 ギルくんと2人並んで毎日気さくに挨拶してくれる警備兵さんがいる校舎ではなく裏門に向かう。

 この学園の裏門は北の森への出入り口になるから実戦授業のときの集合場所に指定されているのだ。

 裏門の前はすでに多くの生徒で賑わっていた。魔物と戦うのが初めてな人や経験が浅い人は緊張して身体が強張っている。逆に戦闘慣れしている人は落ち着き払っている。実に対照的で分かりやすい。

 しかし両者共に僕らが裏門に近付いてるのに気付くとひそひそ話し出す。

 注目を浴びるのは最早日常で、けどいつまで経っても慣れなくて。居心地が悪いのに変わりはない。でも……

 制服の袖に隠れて見えない左手のブレスレットを右手で布越しにそっと撫でる。

 ティアナさん作のブレスレットのおかげで前ほど不快感を感じない。

 彼女が気休めだと言っていた通り、完全に不快感が消えた訳ではない。それでも随分と気が楽になった。

 周りの視線と密やかな会話は極力気にしないように努力しよう。


 フードをぎゅっと掴んで決意を固めている間にティアナさんとメルフィさんと合流。

 全員集まったところでエド先生から必要事項を伝えるため班のリーダーは速やかに先生の元へ来るようにと言われたのでティアナさんが向かう。

 戦闘慣れしているギルくんや北の森を熟知していると自負する僕がリーダーを務める方が自然な流れだけど、ギルくんは「面倒」と一刀両断し、僕は「そんな大役絶対無理!」と力いっぱい首を横に振った。

 メルフィさんも指示を出したりするのは苦手だからと辞退し、結果としてティアナさんがリーダーに。

 彼女自身乗り気ではなかったけど「実戦経験は乏しいけどこのメンツなら一番マシ」と戦場で苦渋の決断を迫られた騎士のような顔で引き受けてくれた。


 先生の注意事項をティアナさん経由で聞いた後、さっそく北の森に入る。

 注意事項をリーダー経由で伝えるのにも意味があって、これは先生が言った注意事項を正しくメンバーに伝えられるか試されているのだ。

 説明不足だったり説明を疎かにすると不適格と見なされてリーダー役を降ろされる。北の森に入ってからではなく入る前からすでに授業は始まっているのだ。

 実戦授業は1学年合同で、実力テストの成績順に森に入っていく。なので僕らは一番手。

 学園の教師は同行しない。戦闘力があまり期待できないグループを指導するから。

 ……マリウス先生は僕に同行したそうにこちらを見ていたけど、ついてくることはなかった。分別ある大人で良かったよ。

 何が何でもついて来ようとしたバルゴ先生とは大違いだ。他の先生が魔法で拘束して事なきを得たけど。


「魔物いないねぇ」


「浅い場所はこんなもんでしょ」


 程よい緊張感を持ちつつメルフィさんが呟けばティアナさんがつまらなそうに返す。

 実戦授業ではどんなに実力があろうと低級の魔物しかいない浅い場所にしか行ってはいけない。

 戦闘に不慣れな人にとっては低級の魔物でも立派な脅威だからね。教師のサポートがあってもそこら辺の線引きはしっかりしている。

 そのおかげで生徒の死傷者は毎年数人程度に抑えられているのだ。

 逆に言えば授業以外では北の森の奥に行ってもいいってことになるけど、その場合は何があっても自己責任。

 授業で命を落とした場合、生徒の遺族に遺族金を支払って生活支援したり、亡くなった人がアンデッド化しないように無償で浄化魔法をかけたりと国が手厚く支援する。でも授業以外で亡くなった場合はその制度を利用できない。

 その旨を記した誓約書を学園と保護者と王宮で厳重に保管してあるので、たとえ貴族でも文句が言えないという訳だ。


 退屈そうに歩を進める女子2人に視線を滑らせる。

 あのときは考える余裕なかったけど……実力テストのときに精神を安定させる魔法をかけてくれたのはこの2人のどちらかだろうか。

 いや、でも発動時間を考えるとあまりにもタイミングが良すぎる。今思い出してみるとあの魔力の動きは洗練されたものだった。今年入学したばかりの魔力制御が未熟な人のそれではない。

 この2人以外ならいったい誰があのとき助けてくれたんだろう?と少し気になったけど、害意を向けられた訳でもないし、わざわざ調べるほどじゃないから放置でいいや。


「ねぇねぇ、リオンくんって休日何してるの?」


 魔物がいなくて暇だからかメルフィさんが話し掛けてきたので、のんびり言葉を返す。


「魔物討伐」


「……えっ。それだけ?」


「鍛練……は日課だしなぁ。あ、魔石コレクションを眺めたりしてるよ」


「魔石コレクション……?」


 魔石はいいものだ。なんてったって命の輝きがそのまま物体として在り続けるのだから。

 本能に従って生きる魔物の心臓は綺麗だ。その生命の煌めきを眺めているだけで心が安らぐ。

 それだけじゃなくて魔物の種類や個体によって色も形も変化するのが面白い。

 困惑するメルフィさんをよそに嬉々として語っていたら、ティアナさんに変人扱いされた。解せない。


「そう言う2人は?」


「私達は教会の炊き出しを手伝ったり下の子達の面倒見ることが多いかなぁ。それ以外だと治癒魔法の特訓」


「手が空いたときは魔道具を試作してるわ。といっても、大した性能は付けられないけど」


「へぇ、凄いね。じゃあギルくんは?」


「ギルドで依頼受けてる」


「ギルドって、冒険者ギルド?アンタ冒険者だったの!?」


 ティアナさん同様少し驚いたけど納得。

 剣術はどことなく騎士のそれに近いけど我流っぽいし、何より戦い方が対魔物戦寄りだもん。魔物討伐が主な仕事の冒険者と言われてしっくりきたよ。

 取り留めのない雑談に花を咲かせている間に魔物の気配が近付いてきた。ギルくんと僕がほぼ同時に反応する。


「2キロ先から魔物の気配」


「ミルクラビットだね。まだこっちに気付いてないけどどうする?」


「アンタらの索敵能力おかしすぎるわよ……初陣にはちょうどいい相手ね」


 気取られないよう注意して接近する。

 兎の魔物がこちらに気付いて襲い掛かってきたのをギルくんが足止めしてる間にティアナさんが魔力を練り上げて氷の礫を放つ。

 メルフィさんの補助魔法で大きく形成された氷の礫は兎の魔物の額ど真ん中に吸い込まれた。


「ま、銅級ならこんなもんよね」


 つまらなそうに鼻を鳴らすティアナさん。銅級の魔物なら彼女も普通に狩れる……というより物足りないようだ。

 一応警戒していたけど、僕の出番がなくてホッとした。討伐が面倒とかではなく、銀級以上の魔物と遭遇しなくてって意味で。

 毎晩この森に足を運んだ甲斐があったよ。

 その後も順調に銅級の魔物を討伐していき、頃合いを見て休憩を挟む。

 いや、休憩という名の反省会だけど。


「まずリオン。アンタは1人で突っ走るの止めなさい!今はソロじゃなくてパーティーで活動してんの。そこを忘れんじゃないわよ」


「ごめんなさい……」


 ビシッと指差しながらの厳しい指摘に背を丸くする僕。

 ギルくん達は徐々に連携取れてたんだ。でも僕の方が駄目だった。つい後先考えず一人でささっと討伐しちゃったんだよね。

 ソロ活動しか経験がない弊害かなぁ?誰かと組むってどう動けばいいのか全然分からない。討伐任務のときは基本一人だし、ランツくんと行っても彼に記録係を任せて結局一人で討伐してるから変わらないし。

 今は任務じゃなくて授業なんだから魔物を狩れれば何でもいいって考えは捨てないと。他人との連携を覚えていかなきゃ。


「次にメルフィ。魔法の発動が遅い。補助魔法が間に合わなかったときもあったでしょ。規格外な二人がいるから大丈夫だったけど、万が一があったらどうすんのよ」


「耳が痛いお言葉だねぇ」


 軽く返事するメルフィさんだが、その顔を見れば重く受け止めているのは一目瞭然。

 それもそのはず。僕とギルくんだけなら補助魔法なしでも支障はないけど、他の人と組んだ場合命取りになりかねない。

 メルフィさんの今後の課題は発動速度を速めることだね。


「次に私。魔物の接近に気付くのが遅い。リオンをのさばらせる前に気付けるようにならないと……」


 苦々しい顔で自己評価を下す。

 自分に対しても厳しい意見を言えるティアナさんは偉い。誰だって自己評価は甘く見積もっちゃうのに、己への甘さをかなぐり捨てて冷静に評価を下せるなんて。上官の素質がありそう。

 てか、僕の扱いが猛獣か何かな気がするんだけど気のせいかな……


「最後にギル。ギルは……文句なしね。ムカつくけど」


 最後にギルくんの評価。

 僕ら3人は何かしら欠点があったけど、ギルくんだけは違った。

 ちゃんと連携できていたし、さりげなく周りのフォローもしていた。1人で突っ走ることなくティアナさんの指示に従っていた。

 パーティーを組んだ剣士のお手本ってこうなのかな?って思うくらいに完璧だった。

 ギルくんも基本ソロだって言ってたから仲間だと思ってたのに……


「……なんでそんな恨みがましい目で見てんだよ」


「器用な人羨ましい」


「なんだそれ」


 雑談もそこそこに休憩終わり、討伐の続きを……と思った矢先。

 誰かの悲鳴が森の中を駆け巡った。



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