1―13.泣き虫の勇気

 悲鳴が聞こえた方へと駆け付ける。するとそこでは本来この辺にはいないはずのヒールラットが4人の生徒を追いかけ回していた。

 恐れていた事態がとうとう起こってしまったのだ。

 生徒の足はそこまで速くない。今にも追い付かれそうだ。あのままじゃすぐに犠牲者が出てしまう。

 ちょこまかと逃げる獲物に痺れを切らしたヒールラットが前傾姿勢になり飛び掛かろうとする。


「くっ、間に合わない……!リオン!」


 魔法の発動が遅くてヒールラットの猛攻を防げないと判断したティアナさんが僕に目配せする。

 返事の代わりにヒールラットの首を狙って風の刃を放った。

 ヒールラットは治癒能力が高いから急所を落としただけでは死なない。なので治癒能力を妨害するべく斬った箇所を火魔法で焼く。

 延焼効果で治癒能力を発揮しなかったヒールラットは呆気なくその命を散らした。

 自分達を襲っていた脅威の存在が一瞬で狩りとられて目を白黒させている彼らの前に後れ馳せながら姿を表す。

 ヒールラットと僕らを交互に見て状況を悟ったリーダーっぽい男が頭を下げた。


「ありがとう。君達が来てくれなかったらどうなってたことか……」


 同じくパーティーリーダーであるティアナさんに目線を合わせているところを見る限り、誰が放った魔法なのかは分かってないようだ。

 まぁかなり距離もあったし、この人達にとっては死と隣り合わせの状況だった訳だから周り見る余裕もなかっただろうしね。


「お礼なら私じゃなくてリオンに……」


「ふんっ!図々しいな。俺の獲物を横取りするとは」


 魔法を放った張本人の名前を出そうとしたティアナさんの言葉を遮り、高圧的な態度で僕らを睨みつける人がいた。


「おいヴェルダー!助けてくれた人になんて態度を……!」


「様をつけろ愚民が!この俺が倒す予定だったんだぞ!それをこいつらが邪魔したんだ!」


「はぁ!?必死の形相で逃げてたやつが何ほざいてんのよ!」


 向こうとこちらのパーティーリーダーが揃って憤慨する。

 難癖つけてきた男は貴族だろう。愚民とか言ってるし。育ちの良さが如実に表れるほど所作が綺麗な女の子もいるから、このパーティーは貴族と平民が半々のようだ。

 実力テストの成績順でグループ分けされるからどうしても貴族と平民が混ざってしまう。それが原因でトラブルになりやすいのだが、まさかこんな危機的状況においてその手のトラブルが起こるとは。

 リーダー決めるとき揉めなかったのかな?いや、多分、先生が決めたんだろう。生徒だけで選ばせたら絶対あの貴族男がリーダーになってトラブル続出だろうし。


「俺は助けてくれなんて頼んでない!余計なことしやがって!」


 ティアナさんと口論する貴族男のその言葉がずしりと心に重くのし掛かった。

 堪らずフードを目深に被り、指先が白くなるほど強く握りしめる。


「うーん……大方、素材目当てかな?ヒールラットの毛皮ってそこそこいい値段になるからねぇ」


「すみません……ヴェルダーは子爵家ですが、経済が火の車なので……注意しようにも、うちは格下の男爵家ですから相手にされなくて」


「このメンツでヴェルダー様を止められる人がいないんですよ。そのせいでご迷惑おかけして本当にすみません……!」


「銀級程度の魔物に遅れを取ってるようじゃ話になんないのにねぇ。そっちのリーダーくん、大変そうだね……色々と」


 怪我人がいないかチェックしつつ向こうのパーティーの女子2人を事情聴取するメルフィさん。

 両パーティーのリーダーと貴族男は言い合っていて、唯一声を掛けれそうなのはギルくんだけ。

 めんどくさそうに眉間にシワを寄せて手持ち無沙汰になっているギルくんの制服の袖をくいっと引っ張った。


「あ、あの……北の森の異変を先生に伝えてくれる?僕、ちょっと見回ってくるから、先に集合場所に行ってて」


 様子がおかしいと悟ったのか心配げに眉を寄せて顔を覗きこんだギルくんが目を見張った。

 僕が、今にも泣きそうな顔をしていたから。

 ギルくんが何か言う前に人気のない場所に転移する。

 北の森から出てはいない。鍛練場代わりに使っている近辺の木の上に転移したので誰にも見られないはずだ。


「ひっ、うぅ……っ」


 次々と頬を伝う涙が風に舞う。

 泣いてる場合じゃないって頭では理解している。早く他の生徒を救助しなきゃって理解している。でも、今だけ。ほんの少しだけだから。

 身体を丸めて存在感を消すように声を押し殺す。

 あんなふうに言われるなら助けなきゃ良かった?でも彼らがあの状況を切り抜けられるとも思えなかったし、何より宮廷魔導師として見過ごせない。見捨てるなんて選択肢、はじめからなかった。

 でも自分が手を差し伸べたせいであんなに怒られるなんて思ってなかった……うぅ、怖いよぅ。ギルくん達には慣れてきたけど、やっぱり人怖い。

 実力テストで注目されたときは、誰かが精神魔法をかけてくれたおかげでもあるけど、逃げたり泣いたりしなかったのに。怒鳴り散らされてキャパオーバーしちゃったのかな。

 貴族男の暴言が脳裏に過り、#頭__かぶり__#を振る。気合いを入れて立ち上がり、ぱしんっと両頬を叩いた。


「……しっかり、しなきゃ」


 いつまでもめそめそ泣いてたら駄目だ。気持ちを切り替えよう。

 また怒鳴られたりするかもって思うと気が引けるけど……ううん、これは仕事!国に仕える者として、民を救うのは立派な仕事!

 うん、落ち着いてきた。仕事だと自分に言い聞かせてたら気持ちが楽になったよ。

 涙も止まったし、さっそく生徒の救出を……と、その前に。

 懐から記録水晶を取り出して魔力で包み込み、魔法の鳥へと姿を変えて王宮へ飛ばす。

 記録水晶だけで伝わるかな?でも報告書を書く時間もないし、緊急事態だってことが伝わればいいか。

 予備の記録水晶に魔力を流しつつ実戦授業の活動範囲内に転移する。魔力を薄く広げて生体反応を確認し、人と魔物を区分していく。

 魔物に襲われている人もいたが魔法で対処したので問題なし。遠距離で放ったから僕の存在にも気付かれない。よしよし、空気に溶け込めている!

 影のように静かに移動して魔物に襲われている生徒をひっそり助けてまた移動してを繰り返していると、赤い光が迸る魔法の鳥が上空を突っ切った。


『北の森に異常発生、至急学園に帰還せよ!繰り返す!北の森に異常発生、―――……』


 教師の誰かが飛ばした伝令かな?よかった。ギルくん、先生に伝えてくれたんだ。

 魔力網に引っ掛かる生徒とおぼしき生体反応が学園の方へと移動し始めた。

 取り残された生徒がいないか念入りにチェックして、自分以外に誰もいないことを確認してから集合場所である裏門に転移する。

 裏門は両開きの鉄柵の門だ。それが片側だけ閉められていて、もう片方もいつでも閉じれるように警備兵さんが見張っている。怪しげな風貌の僕が突然裏門に姿を表したから警戒して剣を引き抜こうとし、しかし学校指定のローブを着ているのだと分かってびっくりしてる。

 驚かせちゃってすみません。


「……大丈夫なのかよ」


 鉄柵に寄り掛かってそっと僕の様子を窺う深紅色が特徴的な彼。

 気を遣われてる……ギルくんには情けない顔見せちゃったからなぁ。


「う、うん。それより、ありがとう。先生に伝えてくれて。被害状況は?」


「怪我人が少し。死者はゼロ。お前のおかげだな」


「そんなことないよ。先生の伝令があったからこそ、皆早くに動いてくれたんだし」


 労うように頭をくしゃっと撫でられて、父さんが撫でる仕草に似てるなぁと懐かしさが込み上げていたとき、鋭い声が響き渡った。


「教会の施しなんて受けられるか!!」


 怪我人を治療するスペースとして天幕が張られており、声はそこから聞こえてきたようだ。

 野次馬と化した生徒の後ろからこっそり中を窺ってみると、そこは異様な空気に支配されていた。


 治療しようとしたのか片手を中途半端に上げたメルフィさん。

 彼女から守るように怪我人を庇う男子生徒。

 その男子生徒に隠れて怯えた表情でメルフィさんを見る怪我人達。

 それを見ただけで何があったのか大体予想がついてしまった。


「俺の母さんは信徒に殺された!またあんな惨劇が起こらないなんて誰が信じる?未だ原因も判明していないのに、そんな危険な組織の庇護下にある孤児に身体を弄られたくない!」


「今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!人の命がかかってんのに……っ」


 ティアナさんが食って掛かる。しかしそれは懇願にも似た声音だった。

 見たところ重傷ってほどじゃないけど放置してたら危険な状態の人が何人かいる。

 治癒魔法が使える先生がおらず、保険医が到着するまでの応急処置で生徒の中で治癒魔法を使える人を募ったら#教会関係者__メルフィさん__#が名乗り出て、他に誰もいないから治療を任せようとしたら今の事態に発展してしまったらしい。

 先生方が彼を諌めるが状況は一向に好転しない。そうしている間にも怪我人の容態が少しずつ悪化しているのに。

 やがてメルフィさんが諦めたように首を横に振った。


「いいよぉ、ティアナ。他に治癒魔法が得意な人に任せよう」


 痛みを堪えるみたいな、メルフィさんのその笑顔を見たら、身体が勝手に動いた。

 生徒の間をすり抜けてメルフィさんと男子生徒の間に割り込む。


「……リオンくん?」


 怪訝な表情で僕を見上げるメルフィさん。彼女だけでなく多くの視線が突き刺さる。

 注目を浴びるのは怖い。ブレスレット効果で人前に出ても恐慌状態になったりはしないけど、足は生まれたての小鹿状態。

 人前に出るだけで足が震えるような、こんな情けない僕だけど、でも。

 風の刃で肘から手の甲まで斜めにスパッと斬る。


「ちょ、リオンくんっ!?」


 深く斬ったせいで出血が酷い。地面に広がる血の池にメルフィさんが慌てる。

 自分で治す方が早いし、その方がこの人達も安心するだろう。

 でも、それじゃあ駄目だ。

 教会の信用を取り戻すには実力を示し、功績を積ませないといけない。誰かが代わりにやるのは簡単だけど、そうしたらいつまで経っても現状は変わらないまま。

 こんな情けない僕だけど、教会の信用を取り戻す手伝いがしたい。闇属性持ちだと知られる危険を犯してまでブレスレットを作ってくれた2人のために。

 教会に対して思うところはある。正直、2人とは良好な関係を築きたいけど教会には関わりたくない。

 矛盾してるのは分かってるけど、それでも、彼女達のために何かしたかったから。


「……治してくれないかな?将来有望な治癒魔導師さん」


 無理矢理口角を上げてメルフィさんに血濡れの左腕を差し出せば、僕の意図を悟った彼女は今にも泣きそうな顔で微笑んだ。

 言葉の代わりに両手を翳すことしばらく、柔らかな光が左腕を優しく包み込む。傷は塞がってゆき、痛みが溶けて消えてゆく。

 事の成り行きを見守っていた男子生徒と怪我人達に向き直り、左腕を掲げて見せた。


「じ、実力は、見ての通り。へっ、変なことも、されてない。だから、その……治療、任せてもらえない……かな」


 身体を張って実演したからか。信じてほしいという真摯な気持ちが届いたのか。

 男子生徒は怪我人達の前から渋々退いた。




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