1―11.コルネリア王国と竜脈
夜の帳が降りた後、静寂が辺りを包み込む。しかしそれも束の間、暗がりの中獲物を探して彷徨う魔物の咆哮が森の中を駆け抜けた。
日中ならば涼やかに感じるであろう木々をすり抜ける微風も闇夜に紛れて怪しさを醸し出している。
月明かり以外に光源のないこの場所で、僕は己を鍛えていた。
格闘術の基本の型を準えた後、的に見立てた木に魔法を放つ。
風の刃、水の弾、炎の槍、土の礫、光の矢……どれもこれも放つだけならそう難しくはない魔法。ただし、発動速度は恐ろしく早い。
1.7秒といったところか。術式を歪ませず最速で発動させるのはこれが限界。
手を下ろして深く息を吐き出す。
前は王宮の魔導師専用の鍛練場を使ってたけど休暇中に利用するのは気が引ける。
学園の鍛練場は僕の魔法の威力に耐えられるか怪しいので止めておいた。結果、北の森で鍛練と相成ったのだ。
魔法に派手さはいらない。必要なのは発動速度と正確性だ。綺麗な術式を崩さず発動速度を上げる特訓を毎日こつこつ続けている。
下手に大技を使うと環境破壊や建物の損壊、果ては人的被害に繋がるから滅多なことでは使わない。戦争でもない限りは。
「……明日も授業あるし、この辺で切り上げておこう」
襲いかかってきた魔物を風の刃で真っ二つにしながら、のんびり欠伸を溢して寮の自室に転移した。
◇◇◇
「では今日はコルネリア王国と他国との魔法の違いを復習しましょォ~」
魔法学担当のマリウス先生が変に間延びした声で切り出して授業を始めた。
黒板にコルネリアと他国と書き、かつんと『他国』の文字をチョークで叩く。
「まず他国では魔法を使う際に詠唱しますゥ~。杖などを媒介にする者もいますねェ~。しかしコルネリアでは詠唱も媒介も必要ありません~。それは何故でしょォ~?はい、君」
指名された生徒が答える。
「竜脈の影響で詠唱や杖などといった補助がなくても魔法を行使できるからです」
「正解ですゥ~。きちんと授業を聞いててえらいですねェ~」
竜脈とは、コルネリア王国の大地に根付く魔力の源のことだ。
植物が根を張るように張り巡らされたそれは大地を潤し、土地を豊かにする。作物の育成は通常より早く、実りも多い。
竜脈の影響はそれだけではなく、この地で生まれ育った者も保有魔力が多い傾向にある。竜脈に近い場所で生まれた者は特に顕著だ。
魔力を使っても大地に宿る膨大な魔力が消費した魔力を補う……即ち魔力の回復速度も異常なため、コルネリアの住人は総じて魔力切れを起こさない。
そのため、他国のように詠唱や杖に頼って想像力の補完などせずとも己の想像力とちょっとばかし多い魔力だけで魔法を発動できるのだ。たとえ想像力が乏しくとも魔力でゴリ押しできるとも言う。
一見良いことばかりのように聞こえるけど当然デメリットも存在する。
竜脈の恩恵に与れるのは何も人間だけではない。コルネリアでは他国に比べて強い魔物が多く、加えて特殊個体も出現しやすいのだ。
他国では数十年に一度しか出現しないような災厄とも言える魔物もコルネリアでは年に何度も出現する。
だからこの国は強者を輩出し続けなければいけない。強力な魔物から自国を守るために。
「我々は竜脈の恩恵により魔法を使いやすい体質ですゥ~。しかしそれはコルネリアの特殊な土地柄故であって、自分達が特別なのではありません~。一歩国の外に出れば少し魔力が多いだけの凡人だと理解して下さいねェ~」
やんわりとマリウス先生が釘を刺す。
特権階級の人の中には自分が魔法の天才だと勘違いする人もいるからね。
「一方で竜脈がない他国では欠けた想像力を詠唱で補い、杖や魔導書などの小道具を媒介にしないと魔法を行使できません~。それは何故でしょォ~?ハイ、そこの君」
「正確に言うと行使できない訳ではありません。しかし大地から得られる魔力の恩恵がない他国では数回放つだけで魔力切れを起こします。そうならないように媒介を使って魔力の消費を抑える必要があるからです」
「完璧な回答ありがとうございますゥ~。優秀な生徒さんですねェ~」
指名されたティアナさんがスラスラ答えて満足げに頷くマリウス先生。
「媒介を使うのは足りない想像力を補うためでもありますが、基本的に魔力の消費を抑えるものだった訳ですよォ~。しかしただ消費を抑えるだけでは魔法の威力が半減しますゥ~。なので媒介にちょっとした細工を施すのですが、その細工とは何でしょォ~?ハイ、リオン・ガーノ君」
「ま、魔力の消費は最小限に、魔法の威力は最大限になる特殊な術式のことです……」
「正解ですゥ~!優秀な生徒さんが多くて先生嬉しいですよォ~」
大袈裟に両腕を広げて褒め称えるマリウス先生。愉快げに笑みを深めている。
マリウス先生って前髪が長くて、目元はほとんど隠れているんだよね。だというのに、痛いほどの視線がビシバシ飛んできてるのを肌で感じる……っ!
彼がこうなるのは今日が初めてではない。
実力テスト以降ずっとあんな感じで僕をロックオンしているのだ。座学の授業では度々当てられるし、実技の授業では基本的に僕のそばから離れない。
どうやら発動速度と威力の異常性に興味を持たれてるっぽい。物心つく前から毎日鍛練しているだけで、特別何かしてる訳じゃないのに。
「完っ全に気に入られてるわね」
「実験体を見る目だったね~」
授業が終わり、マリウス先生が退室すると、同情を含んだ声とどこか面白がっている声が。
メルフィさん、意外といい性格してらっしゃる……
「うぅ……あのとき、気付かれさえしなければ……っ」
「実力テストのときの?そういえば、アンタ最初手抜いてたわね」
「ああいう学者タイプの人は自分の興味が惹かれる事柄だけは無駄に才能と探求心を発揮するからねぇ。自分よりも優れた魔法使いに興味津々なのかも」
マリウス先生は学者タイプ。それは確か。でも普段あんまりそんな気配を感じないんだよね。
上手く擬態してるというか、学者寄りではあるけどちゃんと教師やってるっていうか。
現に、僕をロックオンしつつ他の生徒にもしっかり目を向けているし。
どちらかと言うと、僕よりギルくんの方が大変そうだ。
「……ギルくん。午後は武術学だけど、その、大丈夫?」
僕の言いたいことが分かったギルくんの眉間に深いシワが刻まれる。
理由に思い当たったティアナさんとメルフィさんも「あー……」という顔。ただし顔に表れた感情は各々違うけど。
「バルゴ先生ね。ある意味マリウス先生より厄介よ」
「脳筋と粘着質が混ざりあった感じの人だもんねぇ」
そう。僕が魔法学担当教師に目をつけられているのと同じく、ギルくんも武術学担当教師に目をつけられているのだ。
武術学担当のバルゴ先生は元冒険者で、だからこそ強者の気配が滲み出るギルくんに挑んでみたくなった。で、授業で模擬戦した結果、ギルくんの圧勝。
自分より技量も力もあるギルくんとの模擬戦をバルゴ先生はすごく楽しんでいた。そして授業の度に絡んで……もとい、模擬戦のお誘いをし続けている。
ギルくんは自分より弱い奴には興味ねぇとばかりにガン無視しているんだけど、バルゴ先生は全くめげない。執拗に付き纏っている。
授業そっちのけでギルくんに絡んでるからそのうち他の先生に注意されるだろうけど、見ていて可哀想に思えるくらいしつこいんだよね……
それに比べたらマリウス先生なんて可愛いもんだ。授業はちゃんとやってるし、戦いを挑んでこないし。戦うなら魔物とが良いもんね。
午後の授業を考えてか不機嫌そうに眉間にシワを寄せるギルくんを皆で宥めた。
結局その日もバルゴ先生に付き纏われた憐れなギルくんなのであった。
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