1―4.魔石収集と人命救助
半ば転がり込むように入ったのは男子寮だった。
中はそこそこ綺麗に整えられてて、きちんと手入れをしてるのが見てとれた。調度品も申し訳程度に配置されてる。
男子寮ってもっとこう、武骨というか、味気ないイメージがあったんだけど、貴族の子息も通うからそれなりに見栄えを良くしないと貴族らしいお貴族様に色々言われるからとか何とか。
1階に寮の管理人さんと寮長の部屋、それと食堂があって、2・3階が3年生の部屋、4・5階が2年生の部屋、6・7階が1年生の部屋となっており、各階の中央に談話室がある。
部屋は一人部屋と二人部屋があって、基本的にどちらを選んでもいいけど、何らかの事情があったり問題のある人は自動的に一人部屋に決まるそうな。
僕は自動的に一人部屋。……僕、問題児?
知らない人と同室になるよりずっといいけど、なんか複雑。
ちなみに白い石畳の幅広い道を挟んだ反対側には女子寮があって、双方ともに異性立入禁止。
大きな通りを挟んでるから分かりやすいし、もし違反者がいそうなら学園に配属された巡回の騎士が注意するとのこと。
寮の入り口付近で右往左往してた僕に声をかけてくれた管理人さんが説明しつつ最上階の端っこに案内してくれて、そこが僕の部屋だと告げられた。
ペコペコ頭を下げて部屋に入る。
部屋の中は魔導師棟の自室に近いシンプルな造りで、一人暮らしには程よい広さ。必要最低限の家具が揃っており、窓から射す光が日当たりの良い場所だと物語っている。
結構いい部屋だなぁ。書類仕事が捗りそう。そう考えて我に返る。
……そうだった。卒業するまで仕事は控えるんだった。
緊急任務や僕にしかできない仕事などはその限りではないけど、基本的に長期休暇扱いとなっている。
父さんにクビ宣告されたときはどうなることかと思ったけど、辞めずに済んで良かったよ。泣き喚いていたのが恥ずかしい……
収納魔法から荷物を取り出して整理していく。
これは無属性で、誰でも使える魔法だ。他の属性は誰しも得意不得意があるが、無属性だけは誰でも使える。
差程多くない荷物を整理し終えた後、ベッドに寝転がった。
「はぁ、疲れた……」
久しぶりにまともに他人と会話したからか、何日も立て続けに討伐任務に明け暮れていたときと同じくらいひどく疲れた。
父さんやランツくんと話していてもこんなに疲れることなんてなかったのに。
……ううん、疲れた理由は慣れない人とのコミュニケーションだけじゃない。
5年前の事件の被害者に会ったからだ。
余計なことを言わなければ良かったと反省してももう遅い。ティアナさんのあの様子だと、事件の真相を追い求めるだろう。
はぁ……と再び溜め息を溢す。
お互いにこの学園に通う以上、彼女達と関わる可能性はなきにしもあらず。幸いと言っていいのか、生徒数がかなり多いから同じクラスになる確率は低い。接点を持たないよう、違うクラスになることを祈ろう。
助けてくれた恩人に恩返しもせずに避けるなんて人としてどうかと思うけど、それ以上にティアナさんが怖い。
事件のことを追求してきたときの、あの責めるような眼差しが、心の奥に突き刺さる。
優しい人達だし、仲良くなれるかなってちょっとだけ期待したんだけどなぁ……
見たくない現実に蓋をするように硬く目を閉じると、余程疲れが溜まっていたのかそのまま夜まで寝てしまった。
目が覚めたら知らない部屋だったから一瞬パニックになったけど、すぐに学園の寮だと思い出す。
起きたばかりなのもあって空腹感に苛まれる。……早速食堂を利用させてもらおう。
部屋を出ると、ちょうど隣室の扉も開いてお隣さんが顔を出した。と同時に思わず「あっ」と声を上げる。
深紅の髪と瞳が印象的な人。門で助けてくれた人だ。
彼もこちらに気付く。
僕と目が合うと、途端に眉を寄せた。若干睨んでるようにも見える。
嫌われてるのかな……と少しへこみつつ、恐る恐る声をかけた。
「あ、あの……助けてくれて、ありがとう」
「……通行の邪魔だっただけだ」
それ以上話しかけてくんなとでも言うようにさっさと行ってしまう。
残された僕はひとり、緩んだ表情でその後ろ姿を見ていた。
彼の言う通り邪魔なのであれば遠回りすれば良かったんだ。門はかなり大きいから、僕らのいた場所を余裕でスルーできたんだ。
でも彼はわざわざ割って入ってくれた。それはつまり、少なからず助ける意思があったということ。
無愛想だし、言葉もぶっきらぼうだけど、根は良い人なんだなぁ。
腹の虫が鳴ったので急ぎ食堂へ行く。
生徒の大半が食堂に集まってるからてっきり彼も食堂にいるかと思ったけど姿が見当たらなかった。
食事を終えて部屋に戻ると、やることがなくて手持ち無沙汰になる。
隙あらば仕事を詰め込んでたから、いざ仕事を取り上げられたら何をしたらいいのか分からない。
強制的に休みを取らされた日と同じように魔石を眺めていようと部屋を見回して、人質に取られていることを思い出す。
うーん、魔石がないと違和感半端ない。
しばらくそわそわしてたけど、我慢できなくなり立ち上がる。
「駄目だ、落ち着かない……ちょっと行ってこよう」
そう呟いて転移した先は北の森。
魔石がないなら狩りに行けばいい。夜闇に包まれた森の中をご機嫌に歩く。
夜は魔物が活発化するから、そう間を置かずに現れた。
赤黒い蝙蝠型の魔物が木々の間から飛び出してきたのを視認しつつ魔法を放つ。
風の刃がふたつ、羽根の付け根に直撃すると、血飛沫を上げながら徐々に高度が下がっていく。
機動力を削いだあとに頭部を撃ち抜けば討伐完了だ。
「夜はやっぱりブラッディバットだよねぇ」
さっそく魔石を取り出して、月の光に透かして見せる。赤紫に淡く光るそれは、力強い生命の輝きを放っていた。
「綺麗だなぁ……」
ずっと眺めていたいけど、ここは危険な森の中。いつ魔物が現れてもおかしくない。名残惜しいけど倒した魔物と一緒に収納にしまう。
その後も順調に魔物を倒していき、魔石が沢山手に入って幸せを噛み締めていると、遠くから戦闘音が聞こえてきた。
日が沈んでから森に入る人は滅多にいないから魔物同士の争いかなと思ったけど、どうも様子がおかしい。
音がする方に近付いてみると、刃物が風を切る音が鼓膜を揺らした。次いで魔物の咆哮と誰かの呻き声。
人が襲われてる……!
身体強化して全力で走り、木にもたれ掛かっている人物を今にも食い殺そうとする魔物を風で切り刻む。
しかし僕の接近に気付いていたのか、器用に攻撃を避けたせいで致命傷を負わせるまでに至らなかった。
突然の乱入者に警戒して距離を取る魔物を追撃する。
天から降らせた#雷__いかづち__#が魔物に襲い掛かり、その命を刈り取った。
魔石は後回しにして、襲われていた人へと駆け寄る。
痛みを忘れたかのように呆然と見上げ、信じられないものを見る目で駆け付けた僕を凝視する彼。
見覚えのある燃え盛る色の髪と瞳にこっちまで動揺した。
「君は……」
僕を助けてくれた人だ。
食堂で見かけなかったけど、まさかずっと魔物を狩り続けていたんだろうか。
頭の片隅で疑問符を浮かべつつざっと怪我の具合を見てみるけど、かなり酷い。
右肩から先が失われて出血が凄いし、深く斬られた右目も普通の治癒魔法では治らないだろう。少なくとも視力は戻らない。
早いうちに高度な治癒魔法を使えば戻る可能性は高いけど、この時間だと治療院は開いていない。
教会なら常時怪我人を受け付けているけど、教会に転移するのは気が引ける。ティアナさんとかち合うかもしれないし……
うぅ、背に腹は変えられない。
あんまり得意じゃないけど、人命最優先!
「じっとしてて!」
言うが早いか、魔力を練り上げて魔法陣を構築する。
彼の身体が柔らかな光に包まれ、失われた右腕がみるみるうちに蘇る。二度と開かないはずの潰れた右目がゆるりと膨らみ、深紅の瞳が露になった。
腕と眼球の再生なら僕でもできる。とはいえ、失った血は戻らないから貧血になるのは避けられないけど。
彼を包み込んでいた光が収束し、やがて強烈に驚く両の瞳とご対面した。
「あ、あの、違和感はない?ごめんね、治癒魔法はあんまり得意じゃなくて……」
眉を八の字にして謝ったら何故か顔を顰められたけど、すぐに異常がないか確認し始める。
軽く動かしたりしてどこにも違和感がないことを実感すると、小さく安堵の息を吐いた。
しかしすぐに辺りを見回し、無造作に地面に投げ出されていた剣を見つけて、貧血でふらつきながらも拾いに行った。
付着した魔物の血を丁寧に拭い、宝物を扱うみたいに優しく一撫でして鞘に納める。
「礼を言う。……もう二度とこいつを握れなくなるかと思った」
「あ、いや、えっと……僕も助けられたし、お互い様だよ」
そう言ってのほほんと笑ったら、眉間にシワを寄せた。
……これはどういう顔だろう。彼の表情のレパートリーが今のところ顰めっ面だけで大変分かりにくい。
まぁでも怪我が完治していることが確認できたし、お礼も言われたし、少なくとも悪感情ではなさそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます