1―5.異常事態とギル

 赤髪の彼はギルと名乗った。


 辺りに魔物がいっぱい倒れてるからギルくんと二人で回収する。

 なんかやけに多いなぁ。一ヶ所に集めたら小山になりそう。これ全部一人で片付けたのかな?


 ちらっと彼を見やれば、僕の視線に気付いたギルくんがむっと眉を寄せた。


「ドラゴンキャット単体なら倒せた」


 ドラゴンキャットとは、猫の身体にドラゴンの翼を生やした小型の魔物で、今まさに彼を食い殺そうとしてたやつだ。

 彼いわく、次から次へと襲ってくる魔物を斬り続けていたときに奇襲されて目と腕を失い、戦えなくなったのだとか。


 ドラゴンキャットは動きがとても俊敏で、熟練の戦士でも目で追うのがやっと。見失ったら瞬きする間もなくあの世行きだと言わしめるほど。

 とてもじゃないけど、深手を負ったまま対峙できる相手じゃない。

 そもそも夜は魔物が活発化するんだから集中攻撃される危険も考慮しようよと咎めたいところだけど、そうも言っていられない。


 魔物が活発化している時間帯だとしても、数が異常だ。軽く見積もっても百はいく。

 ギルくんがこの場から離れた形跡はないし、この近辺に現れたやつだろう。

 なんでこんなにも魔物が大量発生してるのかな?と少し考えて、その理由に思い至る。


「あ、もしかして、西の草原から流れてきた……?」


 数週間ほど前から西の草原で魔物が減少していて、ランバルトおじさんはその調査に足を運んでいた。

 草原では原因を突き止められなかったから調査を切り上げたって話だけど……


 僕の独り言を拾って同意するギルくん。


「その可能性は高いな。俺も西の草原で目ぼしい魔物がいねぇからこっち来たんだし」


 西の草原から北の森に流れるのはたまにあるから不思議ではないんだけど、それにしたって多すぎる。

 草原の調査に乗り出したのもそこの辺が関係してるのかな。


 ギルくんも思うところがあるのか、僕と同じく思案顔。

 しかし魔物の気配を肌で感じて直ぐ様戦闘体勢に。


 そう間を置かずに現れたのはブラッディバット数体とナイトベアー。どちらも夜にしか姿を見せない魔物だ。

 息をするように風の刃でブラッディバットの羽根を傷付けて機動力を奪い、頭を撃ち抜く。

 同じタイミングで飛行型魔物は分が悪いと判断したギルくんがナイトベアーへと標的を定め、剣を抜き放ち首を狩った。


 数秒にも満たない短い時間であっという間に倒されたナイトベアーを見て感心する。

 動きに無駄がない。戦い慣れている証拠だ。さっきの怪我は想定以上の数と予想外の魔物の奇襲で深手を負わされただけで、本来は凄く強い人なんだなぁ。

 とはいえ、万全の状態ではないから若干ふらついてるけど。


「やっぱり多いなぁ……」


「数も異常だが、魔物の種類もおかしい」


 魔石を取り出して倒した魔物を収納に入れてる傍らで剣を鞘に納めながら同じく魔物を収納に入れるギルくんの指摘にハッとする。


 ここは銀級の魔物の生息域。ブラッディバットのような金級や、間違っても白金級のドラゴンキャットが出現するような場所じゃない。

 北の森には小さい頃から頻繁に出入りしてるから魔物の分布図も手に取るように分かる。

 だからこそ、今の状況が異常だとハッキリ理解した。


 もしかして、魔物の生息域が乱れている……?

 考えられる理由は特殊個体の魔物が出現した、とか。特殊個体の出現はさして珍しいものではないし、特殊個体の能力次第では魔物を呼び寄せて街に侵攻する可能性もある。

 西の草原から流れてきた原因が北の森にあるならこっちを調査した方がいいかも。

 多分団長もその可能性は視野に入れてると思うけど、あとで報告しておこう。


 そうやって考えを纏めてる間にもまた魔物の気配が近付いてきたので思考を切り替える。

 考えるのは後にしよう。今やらないといけないのは……


 チラリとギルくんを見やる。

 平静を装ってるけど、血が足りなさすぎて顔色が良くない。どうにか気合いで踏ん張ってるみたいだけど、あの様子だと立ってるのもやっとだろう。

 さっき戦えたのだってほとんど気力だけで身体を動かしただけに過ぎない。

 本人はあんまり表情を変えてないけど、相当無理しているのは明白。


 今やらないといけないのは一時撤退だ。

 このまま調査しようかと思ってたけど、本調子じゃないギルくんを一人残すのも気が引けるし、だからといって調査に付き合わせる訳にもいかない。

 それに団長に報告もしないといけないし、時間ももう深夜。切り上げるにはちょうどいい頃合いだ。


 僕と同じく魔物の気配を察知したギルくんが警戒して剣に手を掛けようとするが、彼が剣を抜くより先に対処した。

 魔物がいる場所は分かってたから、姿を表す前に風の刃で首を落としたのだ。

 その魔物が地面に倒れる前に風で引き寄せ、流れるように収納にしまう。

 風魔法って便利だよね。首を落としたり頭撃ち抜いたり対象物を引き寄せたりと使い道いっぱい。


 姿を確認する前に対処したからか、ギルくんは目を瞬いて僕を凝視している。

 厳しい表情以外の顔を初めて見て少しだけ笑いつつ、ギルくんと一緒に男子寮へ転移。

 男子寮最上階の端っこ、つまり僕の部屋の前に転移する。


 唐突に周囲の景色が変わって目を白黒させるギルくんに「そ、それじゃあね……!」と言い残して部屋に引っ込んだ。


 部屋の明かりをつけて椅子に腰掛け、ふーっと軽く息を吐く。

 去り際にもっと気の利いたこと言えればよかったと微妙に後悔するけど、自分にしてはよくやった方だと思う。

 ゆくゆくは父さん達に接するときのように自然体で会話できたらいいなぁ。


 ほんのりと表情を緩めながらも手元はきちんと動いてて、報告書を作成する。

 次いで懐から記録水晶を取り出して報告書の上に置いた。

 討伐に行く際必ず記録水晶を使うのは最早身体に染み付いた癖である。

 魔力でふわりと包み込むと報告書が記録水晶を覆い隠し、光を帯びた鳥へと姿を変えた。

 団長の執務室に向かうよう指示を出すと、僅かに開けた窓の隙間から煌めく星が瞬く夜空へと飛び立った。


 窓を閉めてお風呂に入り、汗を流してさっぱりする。

 北の森調査の進言も添えたからあとは向こうで何とかするよね。

 でもなんとなく気になるし、一応僕の方でも調査しておこうなどと考えつつベッドに入ると中途半端な時間に寝ていたにも関わらずわりとすぐに眠りについた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る