1―3.過去の爪痕
「それじゃあ改めて、私はメルフィだよ。こっちの仏頂面な子がティアナ」
「悪かったわね仏頂面で!まぁ、同じクラスになったらよろしくしないこともないわ」
「ぼ、僕はリオン。何から何までありがとう」
軽く自己紹介したあと、つい今しがた捕まえた男の人を見下ろす。
「こいつどうやって運ぶ?大通りから大分離れてるけど」
「私達じゃ持てないよねぇ。意識のない人って凄く重いもん」
「あっても無理でしょ、体格差考えたら。意識飛ばしたのはまずかったかしら……」
「正解だったと思うよぉ。また脱走するのがオチだろうし」
捕まえた人の移送手段がなくて困ってるみたい。確かに、女子二人がかりでもそれなりに大柄な男の人を運ぶのは無理がある。
助けてくれたお礼も兼ねて、ここは僕がなんとかしよう。
「あの……僕、運ぼうか?」
そろりと控えめに手を上げれば、ティアナさんに鼻で笑われた。
「はぁ?そんななよっちい身体のどこにそれほどの力があんのよ」
僕の見た目から運ぶのは無理があると思ったらしく、メルフィさんも苦笑している。
それに対して僕も苦笑を返しつつ、縛られて地面に転がされている人をひょいっと持ち上げる。
線の細い見た目からは想像もつかない腕力に驚く二人。
「身体強化使えるのね……」
「リオンくん、騎士の生まれなんだー。意外だねぇ」
魔力を練り上げて自分自身に魔法を使っていると理解した二人からそんな言葉が降ってきたけど曖昧に笑って誤魔化した。
身体強化を使うのは主に騎士や戦士など接近戦を得意とする人で、基本的に遠距離から魔法を放って戦う魔導師には必要のないものだ。
だから身体強化が使えるイコール接近戦が得意って図式になりがちなんだけど、僕は違う。
僕が身体強化を使えるのはただ単に父さんにしごかれたからだ。
身体強化は父さんが得意な魔法のひとつだから、嫌でも覚えさせられたんだよ……
宮廷魔導師って結構高給取りで、自然と服とかもそこそこ良いものを揃える傾向にある。今着てる服も平民にしては上等なやつだから、同じく高給取りな騎士の家系の生まれだと勘違いしたんだろう。
ここで生粋の魔導師だって訂正するのは簡単だけど、わざわざ説明するのも面倒だからそのままにしておく。
男の人を肩に担いで、二人の後についていった。
「ねぇねぇ、リオンくんは寮に入るの?」
くるっと僕の方を振り返って後ろ向きに歩くメルフィさん。見ててハラハラしたけど、落ちてるゴミなどを器用に避けているから大丈夫かと思い直し、メルフィさんの問いに頷く。
王立学園には学生寮があり、申請すればそこを利用できる。
家から通うこともできるし、僕も当然王宮から通うものだと思ってたんだけど、父さんが勝手に申請しちゃったんだよね……
なんとなく理由は分かる。王宮から通うとなったら空いてる時間に仕事を詰め込む可能性がある……というか僕なら絶対そうする。
そうならないために寮生活を強制しただろうことは明白。親としても上司としても心配してのことだから思うところはあれど文句はない。
「いいわねぇ寮生活。憧れるわ」
「二人は家から直接?」
「ううん。私達、家はなくて。教会でお世話になってるの」
教会と聞いて思わず足が止まる。
僕の顔を見て何とも言えない表情で眉尻を下げるメルフィさん。隣を歩くティアナさんも僕の表情の変化に気付き、今にも舌打ちしそうなほど不機嫌を露にした。
「アンタも例に洩れず教会嫌いってワケね……」
「いや、その、嫌いっていうか、苦手なだけで……!」
地を這うような低い声で放たれた言葉に慌てて否定するも、メルフィさんが僅かに顔をうつむかせて「無理しなくてもいいよぉ」とゆるやかに首を振る。
そしてどこか物悲しさを感じる声音で続けた。
「5年前の事件が教会のせいなのは疑いようもないし」
かつてこの国で、王都に住む人々を無差別に殺す事件が発生した。
のちに“混沌の悪夢”と語られるその事件の発端は教会関係者だと言われている。
人々の怪我や病を治す善良な組織の人間が、何の前触れもなく人々に牙を剥いたのだ。それも1人だけじゃない。大勢の信徒、それに教会の幹部も関わっている。
夥しい数の死傷者が出たその大事件はどうにか収束したものの、関与した教会の人達は皆事件のことを覚えておらず、真相は闇の中。
関係者に事件の記憶がないこともあり第三者が関与している可能性が高いと踏んで大規模調査に乗り出したが証拠となり得るものはなく、教会関係者の気が狂ったのだろうと結論付けられた。
もちろん、謎多きこの事件に疑問を抱く人は少なからずいる。けど大多数の人間は直接的に教会関係者に傷付けられて、あるいはその現場を目撃していたせいで教会が犯人だと信じて疑わなかった。
この事件は王都のみならず国中、果ては周辺諸国まで広く知れ渡り、世間の教会に対する評価は地に落ちた。
慈愛の心を以て人々を温かく癒し、誰もが信頼していた組織は、憎悪と恐怖を惜しみなくぶつけられる悪の象徴となってしまった。
悲痛なメルフィさんの言葉に思わず声を出そうとして顔を上げるも、いつの間にか人の流れがある通りに出ていて、すぐにフードを目深に被ってうつむいた。
そんな僕の反応に何を思ったのか、ティアナさんは舌打ちする。
彼女達は柄の悪い人から助けてくれた上にこうして道案内までしてくれる恩人だ。だから何か言わなきゃって思うのに、言葉が声にならない。
ワーカホリックが板についた弊害なのか、こういうときに上手く言葉が出てこない自分が本当に嫌になる。
どことなく流れる気まずい空気を払拭することは叶わず、巡回中の騎士に捕縛した人の身柄を引き渡して学園に足を運んだ。
見るからに怪しげな格好の僕を不審げに一瞥した騎士だったけど、ティアナさん達と一緒だからか何も言われなかった。
「さ、着いたわよ」
道中はずっと無言だったティアナさんが足を止めて親指で示す。
フードを少し持ち上げてそっと顔を上げると、僕の身長の何倍も高い鉄柵の門が開け放たれていた。時折生徒が出入りしているから基本的に門は開けっ放しなのかな?
横に視線をずらせばどこまでも続く壁。王立学園は国中から身分問わず生徒を集めるから規模がとんでもないんだよね。
改めて視線を正面に戻すと、門の先には白を基調とした石畳の幅広い道が奥まで続いている。綺麗に整えられた生垣、それと門よりずっと高い建物がちらほらと。
どれが校舎でどれが寮なのか分からないけど、ものすごく生徒数が多いことだけは嫌でも理解した。
「あ、あの……色々と、ありがとう。自分だけじゃ辿り着けなかった……」
後半は独り言のつもりだったのに聞こえてしまったらしく、メルフィさんがぷっと噴き出す。ティアナさんもつられるように笑った。
「ふふっ、どんだけ方向オンチなのよ」
うぅ、笑われちゃった……恥ずかしい……
でも気まずい空気は緩和して良かった。ギクシャクしたままなのも嫌だし。
「それじゃあ私達はこれで。同じクラスになったらよろしくねぇ」
「学園内でも迷子になるんじゃないわよ」
遠ざかる二人の後ろ姿をぼんやり眺める。
昔は幹部や信徒が集まって栄えていた教会だけど、今やかつての面影はなく、5年前の事件で親を亡くした孤児がほとんど。おそらく彼女達もその類だろう。
今の教会にいるのは事件の被害者ばかり。それなのに、世間からは白い目で見られてしまう。教会に属している、ただそれだけの理由で。
もどかしい気持ちが胸中に渦巻いて、それを鎮めるようにゆっくり息を吐き出した。
「……教会のせいじゃないのになぁ」
小さな声でぽつりと溢しながら、学園の門を潜ろうと踵を返すも、突如がしっと肩を掴まれた。
爪が食い込みそうなくらいに力を込めて無理やり振り返らせたのは、たった今別れたばかりのティアナさんだった。
「アンタ……今の、どういう意味よ?事件のことで何か知ってるの!?」
問い詰めてくるティアナさんに失言だったと気付く。
頭の隅っこでティアナさん耳が良いんだなぁなんて軽く現実逃避しつつ身体が仰け反った。
慌てて戻ってきたメルフィさんが「ティアナ?どうしたの?」と困惑気味に聞くのもお構い無しに僕を鋭い眼光で睨む。
「断言するってことは何か知ってるんでしょ!?教えなさいよ!」
耳元に響く怒声にびくりと身体が反応する。
鬼気迫る表情に、どこか必死な声音に、怖くなって萎縮してしまう。
思わずぎゅっと目を瞑ったそのとき、聞き慣れない声がこの緊迫した空気を切り裂いた。
「おい、邪魔」
吸い寄せられるように聞こえてきた方へと視線を寄越すと、ちょうど僕とティアナさんの真横に燃え盛るような真紅の髪と同色の瞳が特徴的な男が眉間にシワを寄せて僕らを見下ろしていた。
元々の人相が悪いからか、ほんの少し表情を歪めるだけで裏稼業の人を連想してしまう。
ティアナさんとメルフィさんも同じことを思ったのか若干びくっとした。僕は父さんで慣れてるけど、そうじゃない人は怖いよね。
「邪魔だっつってんのが聞こえねぇのか」
いつまで経っても退かない僕らに静かな苛立ちを露にした彼に、今度こそ怯んだティアナさんが僕の肩から手を離し、距離を取る。
僕とティアナさんの間を悠々と歩いて学園の門を潜る赤髪の彼の背中を眺めていたけど、すぐにハッとして後を追うように中に入った。
後ろでティアナさんが何か言ってるけど知らないフリをして、赤髪の彼が入っていった建物に滑り込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます