第3話 行商人マリナ

 王都と商業都市は運河で繋がっており、陸路よりも多く利用される。

 商人などは大型の船で物資を輸送するのだが、俺を含めた冒険者や小規模な行商などは小型の船に乗り合わせるものだ。


 今回は俺の他に冒険者パーティが2組、行商人らしき女が1人しか乗り合わせていない。

 2組のパーティと行商人は顔見知りのようで挨拶を交わしている。


 船での旅は3日ほどかかる。途中の町で夜を過ごし、日中に進むのだ。

 魔道具の推進器がなければもっと時間がかかるだろうし、その燃料である魔石を集める冒険者はもっと儲けてもいいと思うんだが…


「お兄さん、見た事ない顔だね。はじめまして、私はマリナだよ」


「ん、ああ。冒険者のリツだ。商業都市は人が多いからな。初顔なんて珍しくもないだろ」


「私、行商のために王都と商業都市をよくこの船で行き来してたら顔見知りばっかりになっちゃったよ。ほら、安いけど操船荒いからさ、冒険者以外はあんまり使わないんだよ」


「なるほど、そうだったのか」


「そうだよ。…リツも王都に行くんだよね?依頼?」


「まぁそんなとこだ」


「そっか、もしこの船が魔物に襲われちゃったら行商人ちゃんを守ってね」


「はは…」


 行商人のマリナは黒髪黒目の童顔で日本人からすると親しみを感じるが、女1人で行商をやっているくらいだからかよわいということはないだろう。


 腰に佩いた短剣があればここらの魔物は倒せるはずだが…まぁ、冒険者に対する彼女なりのコミュニケーションといったところか。


 男は単純だから美少女に煽てられると喜ぶ。それを彼女はよく知っているようだ。


─────


 マリナや他の冒険者と話したり、たまに興味を持って近づいてくるワニの魔物を追い払っていると船の旅もあっという間で、すでに2日が過ぎている。


 2泊目に停泊しているこの町はかなりの規模で、商業都市ウィセルほどではないが活気にあふれている。

 まぁ、中継地点として多くの船が利用するわけだからそれに応じて大きくなったのだろう。王都もそれほど離れてはいない。


 2年前に王都からウィセルに向かった時と同じ、停泊所に近い宿を選ぶ。


 寝不足は船酔いの原因になるし、部屋に入ってさっさと寝ないと…


「あ、リツ!やっぱりこの宿なんだ。…そうだ、リツに見せたいものがあるから後でそっちの部屋行ってもいいかな!?」


「部屋に?…分かった、けど明日も早いから少しだけだぞ」


部屋に入れるのは不用心かもしれないが、貴重品はストレージバッグに入れてあるから大丈夫だろう。

 偽装用のリュックには金になるようなものは入ってない。


 おそらく何かを売りに来るんだろう。貯金も少ないし無駄遣いはしないように気を付けないと。



─────


「というわけで、ポーション買わない?」


 狭い部屋にはテーブルなんて無いので、ベッドに離れて座って話す。


「ポーションときたか、珍しいもの運んでるな」


「友達が作ったやつを王都に運んでて、ついでにこの町でも捌いてるんだ。だけど今回はここで売る分がちょっと売れ残っちゃってさ」


 俺より先に船を降りたのに後から宿に来たのはそれが理由か。


「しかし、なぜウィセルではなくわざわざ王都に運んで売るんだ?」


「あんまり言えないんだけど、友達が作ったポーションの品質を気に入ってる人がいてね。わざわざ取り寄せてるんだよ…まぁ行商ついでに運んでる私にとってはありがたいことだけどね」


「なるほど」


 行商兼配達ってことか。


「それで、どうかな?一瓶20リアだよ、数はそんなにないけどね」


 ポーションの値段は品質によってピンからキリまである。

 20リアは日本円でおよそ2000円…まぁ良くて中の下ってところかな。


「なら2本頼む」


 財布を開けて大銀貨4枚を彼女に差し出す。

 いずれ必要になるものだしこれぐらいなら大した出費では無いが、軽くなった財布を持つと悲しくなるものだ…


「はい、ありがと…あれ?リツ、手のひら怪我してるじゃん」


「ん、ああ、んー…じゃあもう一本買わせてくれ。試しに今使う」


 昨日、宿でミスリルの剣を眺めていた時にうっかりつけてしまったんだよな…

 恥ずかしい傷を消したくてもう一本買ってしまった。これは無駄な出費だ。


「傷口にかければいいんだよな?」


「飲んでも効果あるみたいだよ、私は使ったことないけど。…小さい傷だし、かけてから残ったら飲めばいいんじゃない?」


 ふむ…ぱしゃぱしゃ、ごくごく。


 …まぁ、普通のマズいポーションだ。

 クセのある味をメンソールで無理やり爽やかにしたような味。

 他のポーションと同じようなものだ。


「あ、一口だけ飲ませてよ!ちょっと負けてあげるから!」


「んぐ…いいけど、マズいぞ」


「まぁ、自分がどんなの運んでるか試してみないとね、今更だけど。ん、ごくごくごくごく…」


 ぜんぜん一口じゃな…なんか、顔赤くなってないか?大丈夫か?


「あれ、リツ顔赤いよ?…この部屋が暑いからかな」


 俺も?…言われてみればなんか暑いし、南部の暑さとはまた違う火照った感覚だ。


 あ、マリナに一本分の金払わないと。負けるって言ったけどいくら払えばいいんだ?…よく分からん、頭にモヤがかかってるみたいだ。マリナは俺のベッドで寛いでるし。

明日に備えて早く寝たいのに…

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