第2話 ミスリルの剣

 ドラゴン。


 魔物の…生物の頂点。畏怖の象徴。あるいは崇拝の対象。


 本来はBランク冒険者が挑むような相手ではない。冗談でもドラゴンと戦うなんて言うことはない。


 そんなドラゴンがしばらく前から北部の村に居座っているらしい。冒険者ギルドはAランク冒険者を派遣したものの返り討ち。

 国王は軍隊の派遣を検討中…。


 と、まぁとにかく他の魔物とは格が一つも二つも違うのだ。


 しかしその分倒せた時の見返りは大きい。


 まずは素材だ。

 その肉体は余す所なく全てが最上級の素材となる。市場にも滅多に流通しないし高値で売れるのは間違いない。


 そして栄誉。

 当然そこらの害獣を倒して村に感謝されるのとは訳が違う。国からの待遇も特別なものになるはずだ。


 ちなみにSランク冒険者というのは竜殺しを成した者に冒険者ギルドから与えられるランクである。それゆえの例外ではあるが、過去に4人いる。


 だから自分にもできるという考えは南部の暑さに頭をやられた俺の思い上がりだとは分かってはいるが。

 …もし、負けたとしてもドラゴンの攻撃なら一瞬で死ねるし、異世界行脚の幕引きとしては悪くないだろう。



 とはいえ無謀に特攻して死のうとは思っていないし、勝算が全く無いわけでもない。


 そんなわけで俺はこの猛暑の中でも人混みで賑わう大通りを抜けてこの工房にやってきたのだ。


「相変わらずボロい店だな…」


「誰の店がボロいって?…生意気言ってるとあの剣渡さねぇぞ」


「出来たのか!?さすがだ、ダンズさん」


「調子のいい奴だ…とにかく入れ」


─────


 ドラゴンを倒そうというのに数打ちの剣では役者不足と考えた俺はミスリルの剣を用意することにした。

 しかし、ミスリルを打てる鍛冶師というのは限られている。

 ドワーフのダンズというのは噂でしか聞いたことがなかったが、なんとか店を見つけ依頼したのが2週間前だ。


 そもそも過去にとある伝手で手に入れたミスリルを持っていたのは幸運だった。ミスリルの調達からしていてはもっと時間がかかってもおかしくなかっただろう。


 いつもなら戦利品はとっとと売り払うが、まぁ気まぐれというものだ。


「…たく、こんな高純度のミスリル打った事ないぞ」


「ああ…手に取ってもいいか」


「金は受け取ってんだ、好きにしろ」



 軽い…軽いが、存在感がある。


 剣身はシルバーで刃先は透き通って見えるほど。

 しかしミスリルの強度は他のどの金属よりも高い。その分加工も大変なはずだがドワーフであるダンズさんの腕に間違いはないということだろう。

 無駄な装飾もないし、俺好みの剣だ。


 …これなら。


「全く、そんな代物で物語の英雄にでもなるつもりか?」


「…いや、ただの金稼ぎだ。魔法も使えない俺にはこれぐらいあってもいいだろう」


「そうかよ、じゃあ次会ったら一杯奢れ」


 ああ、そうだな。


─────


 武器はこれでよし。あとは…


「おばさん」


「リツ!あの剣受け取ったんだね、ダンズのやつ、この暑い中ずっと作業やめないから困ってたんだよ。…まぁ、あたしも人のことはあんまり言えないんだけどねえ」


「てことは、もう出来てますか?」


「ああ、できてるよ。持っていきな」


 ダンズさんの奥さん、クレアさんは魔道具の工房を営んでいる。

 ダンズさんの鍛冶屋の隣だ。

 ダンズさんの方は隠れた名店って感じだが、こっちは外観も綺麗だし人気もある。


「…これがストレージバッグ」


「依頼通り大容量だよ、ダンズが今まで飲んだ酒の量と同じぐらいは入るだろうね」


「あはは…ありがとう。2人の仲も良さそうで何よりです」


「まぁ家族だからね。あんたもいい人見つけなよ」


「…ええ。じゃあまた、クレアさん」


 今の俺にはこのバッグと剣があれば十分だ。

 少し寂しい気持ちもあるけど。


─────


 あれから数日が経った。


 旅で必要なものをここで全て揃える必要はないが、商業都市なだけあって安く手に入れられるものも多いのでストレージバッグに詰め込む。

 借家も引き払ったし船の予約もバッチリ。


「よし……行くか」


 北を目指して…まずは2年ぶりの王都に向おう。

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