第26話 水音と「時雨さん」


 少女の名前は、時雨しぐれいのり。「勇者」としてエルードに召喚された、水音のクラスメイトの1人だ。


 長い黒髪が特徴の大人しい性格の彼女には、同じくクラスメイトにして、幼稚園の頃からの幼馴染みである、栗色の髪を三つ編みにした、明るい性格の出雲いずもまつりと、背の高いショートヘアが特徴的な、気の強いしっかり者の晴山はやまきずなという2人の少女がいる。


 3人はいつも一緒にいるのだが、高校1年の時は祈だけが祭と絆とは違うクラスで、先程も記したが祈は大人しい性格である為、思うようにクラスに馴染む事が出来ずにいた。


 そんなある日、祈が祭、絆と休日を過ごす最中、ガラの悪い男達にナンパされたうえに、無理矢理何処かに連れてかれそうなってしまう。


 その時、


 「ちょっと失礼!」


 と、1人の少年が現れ、男達を手荒く追い払ったのだ。


 「えっと、大丈夫ですか?」


 と、恐る恐る尋ねてきた少年を見て、


 「あ、桜庭君?」


 と、祈はその少年が同じクラスの桜庭水音だと思い出した。


 その出来事以来、祈はクラスの中で少しずつ水音と会話をし、それをきっかけに他のクラスメイト達とも少しずつ仲良くなっていき、そんな風に過ごしていくうちに、彼女は水音に対して、「恋心」を抱くようになったのだ。


 因みに、その事は祭と絆にもちゃんと話してある。


 やがて2年生になって、祈は祭と絆だけでなく水音とも一緒のクラスになり、それから間もなくして、彼女達は異世界エルードへと召喚されてしまう。


 そして現在……。


 ーードン!


 「うわぁ!」


 「きゃあ!」


 「いたた。す、すみません、大丈夫ですか……って、あれ?」


 「あ……大丈夫、です。桜庭君」


 「時雨……さん?」


 王城内の廊下で、2人はバッタリと会った。


 「え、えっと。何で、時雨さんがここに?」


 と、水音が恐る恐る祈に向かってそう尋ねると、


 「あ、それは……」


 と、祈は答えようとしたが、

 

 「あ、いけない!」


 と、手元に落ちてる大きなバスケットを見て、慌ててそれを拾い上げて中を見ると、


 「あぁ、良かった……」


 と、ホッと胸を撫で下ろした。


 どうやら、バスケットの中身が無事なのを知って安心したのだと水音はそう理解して、


 「えぇっと、良かったですね」


 と言って、その場を去ろうとしたまさにその時、


 「ま、待ってください!」


 と、ハッとなった祈に腕を掴まれてしまったので、


 「えぇ!?」


 と、水音は思わず立ち止まって、


 「あ、あの……何ですか?」


 水音は再び恐る恐る祈に尋ねた。


 祈は止まってくれた事にホッとなった後、


 「その……もう食堂、開いてない、です」


 と、水音を見てそう言った。


 その言葉を聞いて、


 「え、本当!? ど、どうしよう……」


 と、水音がショックで困った表情になると、


 「あ、あのね、桜庭君。これ……」


 と、祈はそう言った後、水音に持っていたバスケットの中身を見せた。


 そこには、美味しそうなサンドイッチやおかずが入っていて、横には水が入ったガラス瓶と小さなコップも入ってたの見えたので、水音は大きく目を見開いて、


 「え、時雨さん、これって……?」


 と、また祈に向かってそう尋ねると、


 「そ、その……夕飯の時になっても、中々、桜庭君来ないから、作ってもらって……」


 と、祈は恥ずかしそうに顔を赤くしながらそう答えた。


 その答えを聞いて、水音は「そう……なんだ」と小さく呟いた後、


 「あ、ありがとう、ございます」


 と、水音は恥ずかしそうに笑い、丁寧な口調でそうお礼を言った。


 次の瞬間、お礼を言われた祈の顔が更に真っ赤になり、頭のてっぺんからプシューッと幾つもの白い煙が上がった。


 その後、祈はシュッと素早く立ち上がると、


 「え、ええっとぉ! じゃあ、私はこれで、失礼しますぅ!」


 と言って、そそくさと大急ぎでその場から走り去った。


 その後ろ姿を見て、水音は口を開けて呆然とした後、


 「えっとぉ。まぁ、夕飯の心配は無くなったって事で……いいんだよな?」


 と、祈に貰ったバスケットを見ながら、そう言って首を傾げた。


 一方、走り去った祈はというと、途中角を曲がったところで立ち止まると、


 「はぁ。何とか、渡せたのはいいけど……」


 と、溜め息を吐いて、


 「やっぱり、まだ無理だよぉ」


 と、また顔を真っ赤にしてその場にうずくまるのだった。

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