第22話 その頃の切人


 さて、水音達がウィルフレッドの部屋で春風について話をしていた丁度その頃、


 「……何でだ? 何でこの僕がこんな目に……」


 クラスメイトの1人である裏見切人は、自室ベッドの上でシーツに包まりながら、ブツブツとそう呟いていた。


 訓練場でのひと騒動の後、切人は暁と共に仲間に連れられて治療室へと向かった。


 そして、歩夢に殴られた部分の治療を終えると、


 「く、いつまでもこんな所にいられるか!」


 と言って、まだダメージが残ってるのか、ノロノロと自室へと戻った。


 その後、部屋に入ってすぐに、ベッドの上に転がり込んで体をくの字に折り曲げながらシーツに包まり、


 「くそ! くそぉ! 許さないぞ海神ぃ! あの女、よくもこの僕に向かって……!」


 と、この場にいない歩夢に向かって、激しい憎しみに満ちた声でそう呟いて、今に至る。


 それから暫く時が経ったのだが、幾ら経っても……。


 ーー私の大切な人を、侮辱するなぁっ!


 という歩夢の怒りの叫びが頭から離れず、


 (くぅ、海神ぃ!)


 それが、切人の歩夢へのを更に助長させた。


 否、正確に言えば……。


 ーーみんながそんなんじゃ、雪村君に笑われちゃうじゃん!


 「ぐ、礼堂ぅ!」


 ーーよっしゃあ! じゃあ、雪村に笑われないように頑張るぞ!


 「ぐぅ、暁ぃ!」


 ーーそれは、春風の事を言ったのか裏見ぃ!?


 「ぐぐぅ、桜庭ぁ!」


 ーー確かに雪村君は僕達のもとを去ったけど、『絶対に帰る』って言ってたじゃないか!


 「ぐぅうう、じゅ、純輝ぃ!」


 その怒りと憎しみ矛先は、


 ーーすみません、やっぱ無理そうなので、ここを出て行く許可をください。


 「全部……全部お前の所為だぞ、雪村春風ぁあああああ!」


 自分達のもとから去った少年、春風だった。


 これはクラスメイト達も、もっと言えば純輝ら中心グループのメンバーさえも知らなかった事なのだが、この裏見切人という少年は、表向きは中心グループのナンバー2として、リーダー的存在である純輝をサポートするクールな性格の少年という事で通っている。


 だがしかし、その性格はかなりの傲慢かつ野心家で、自身の目的の為なら利用出来る使えるものはとことん利用するタイプなのだ。


 そして今回、「エルード」という異世界に「勇者」として爽子とクラスメイト達と共に召喚された切人は、いつものように純輝を動かして、自身の野心の為にクラスメイトどころかウィルフレッド達までも利用しようと考えていた。


 ところが、


 ーーちょっとよろしいでしょうか?


 春風が発したこの一言をきっかけに、切人の中で、何かが狂い始めた。


 そして、春風は騎士達を相手に大暴れした後、


 ーーちょっと、行ってきます!


 と言ってその最中に現れたレナという少女と共に、切人達のもとを去った。


 この事態には爽子やクラスメイト達は勿論、切人もかなりのショックを受けた。


 その後、残された爽子とクラスメイト達と共に「邪神」と戦う事が決まったのだが、切人の心には、春風に対する「怒り」や「憎しみ」が満ちていた。それが切人の精神をかなり不安定にさせているというのに、礼堂、暁、水音、純輝、そして歩夢までもが、春風についてあれこれ言ったので、それが更に切人の心に更に負の感情を植え付けたのだ。


 そして現在、


 「ちくしょう、雪村ぁ! あの裏切り者がぁあああ!」


 と、切人は更に春風への憎しみを募らせながら、ベッドの上でシーツに包まった。


 そんな状況の中、部屋の外ではというと、


 「「「「……」」」」


 お城の騎士達と共に、純輝を除いた中心グループのメンバー4人が、部屋の扉の隙間から切人の様子を伺っていた。


 シーツに包まりながら、ぶつぶつと小声で何かを呟いているかのように聞こえたが、残念ながらはっきりと聞き取る事が出来なかったので、


 「な、なぁ、あれ、なんかヤバくないか?」


 「ああ、やばいな」


 「ヤバすぎでしょ」


 「……」


 と、メンバー達は冷や汗を流しながら、小声でそう言い合うと、その内の1人が、


 (早く戻ってきて正中くーん!)


 と、心の中でそう悲鳴をあげた。


 しかし、そんなメンバー達の思いを知らない肝心の純輝はというと、ウィルフレッドの自室で水音、歩夢、美羽の3人から春風についての話を聞いて、まるで幼い子供のように目を輝かせていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る