第9話

あまりにも眠かったので、今日はユニをやらずに先に寝ることにした。どうせ、明日も明後日もやってるし。


そんな日の真夜中。

僕は、うるさい外の音で目を覚ました。サイレンの音、それから

人の声

そいつは突然現れた。僕が目を覚ますとそいつはいた。金色に輝く長髪、無駄に長いまつ毛。それから


漆黒の角と翼


一瞬にしてわかった。これは、ここにいていいものではない。もっと別の世界に住む何か。例えるなら『悪魔』だ。


『どうしよう……』


目の前のそいつが発した言葉だと気づくのに数秒かかった。見た目にそぐわぬあまりに情けない一言だった。

「うんこ……?」

『そうだけど、そうじゃなくて……光が……』

「まてまてまて、なんで僕にうんこが見えるんだ?」

「あ、わかった、もしかしてまだ起きてないんだな。そうだきっとそうだ、まだここは夢……」

『夢じゃない!』

「夢じゃないならじゃあ、なんで僕に見えるんだよ」


僕はふと、昨日の帰り道の話を思い出す。

「どうやったら、その、えっと、ウンコはお前から離れるんだ」

「俺が死んだらだってさ!」


そうだ、光もそう言ってたし。僕に見えるはずがないのだ。

「え、あっ、ちょっ、どこに行くんだよ」

うんこは壁をすり抜けるようにして、外に出た。

もちろん僕は壁をすり抜けられないので、急いでメガネをかけて、スマホを持って、見失わないように追っかけた。

うんこは道路の上を滑るようにして、僕の通学路を行く。

…冷たい。

ザーザーとうるさい雨は僕の寝起きの脳を叩き起こした。

吹き付ける風はこの世のどんなものより冷たく痛かった。

見失っちゃだめだ。

なぜか、そんな気持ちに駆られながら、僕は遅い足でただひたすら走った。

嫌な予感がした。

人の声、サイレンの音。

走れば走るほど、近づいてくる。


僕がうんこに連れられてついた先は、線路だった。

見慣れているはずの通学路。

パトカーがあり、それから、電車が止まっていること。

「こんな、真夜中に人身事故かよ」

ふと、どこかの警察の言葉が聞こえてきた。


警察の群れの中心にあったのは元々人であったであろう、肉塊。


「くっさっ……」

上半身と下半身は真っ二つ。圧縮された傷口からは血管がむき出しになり、ありとあらゆる内臓が飛び出していた。

車輪に絡まった足、吹き飛ばされた腕。


僕はその腕に見覚えがあった。

誰かから殴られたようなあざと、自分でつけたような切り傷。


もう回収されていたものもある。首だ。そうだ、僕はまだ、被害者の顔を見ていない。


違う、違う違う。あれは知らない人の死体だ。


僕は自分にそう言い聞かせるようにしてスマホを開いた。

とりあえず、電話……電話しよう……


プルルルル……プルルルル……


こんな夜中じゃあいつは出ない。だけど、だけど。


「なぁ、頼むから出てくれよ……」


そんな思いとは裏腹に、僕は嫌なものを聞いた。

「巡査部長、被害者の携帯から電話がかかってきたんですけど……」


違う違う。そんなわけない。

あいつが、バカで、明るいあいつが、そんなことするはずない。


『輝斗?』

「なんだよ、うんこ!今僕は、忙しいんだよ!!お前に構ってる暇、なん、て……」


……なんで僕にはこいつが見えるんだ?

光が言ってたよな、光が死んだらうんこは光のもとを離れるんだよな。


「……なぁ……嘘だろ」

うんこは僕からそっと目を逸らした。


それは僕の推測が正しいということを表していた。


そこで僕の目が覚めた。なんて展開があればよかった。こんなのは全て夢であって欲しかった。全部、全部全部全部―

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