第5話
周りに人はいない。
遊び途中のガキどもも、散歩中の老人もいない。
今まで聞くタイミングがなかったが、今ようやく聞ける。僕はなるべく小さい声で聞いた。
「なぁ、光、お前の、その、ウンコは、どうしてお前にしか見えないんだ?」
僕らはユニのため、と早歩きで歩いていた。つられて早口になっているのは気のせいとしておこう。
「なぁ、光?」
あ、こいつ聞いてねぇな。僕の話を聞かずに下を向いて、石ころ蹴ってやがる。
僕はすかさず、光の石ころを奪って蹴ってやった。
「うわっ、とられたっ!」
人の敷地内に入った石ころをとりに行くわけにもいかない光は、ようやく僕の話を聞く姿勢に入った。
「僕の話聞いてた?」
「え?ごめん、全然聞いてなかったわ。マジでごめん」
やっぱり。
頼むから僕に何度も『うんこ』と言わせないでくれ……
「ほら、その、あれだよ。なんで、その、……ウンコは、お前にしか見えないんだ?」
「あー、確かに。知らねぇわ」
「じゃあ聞いてみたらいいじゃん」
「今?」
「今。」
「今日、うんこいないよ?」
「……え?」
いない?
「あー、言ってなかったっけ、なんか金曜日だけ家に帰るらしくって、いないんだよね」
家?やけに人間味があるな。神に家なんてあるんだ。そもそも神なんているかわからんけど。
「あと、妻いるって聞いたことあるわ」
ん?妻?神に?え?
「可愛いらしいよ。見たことないけど」
いくつくらいなんだろ。可愛いなら見てみたいものだ。そもそも、その神はイケメンなんだろうか。
「えっと、その、ウンコって、どんな見た目なんだ?」
「なんかね、長い金髪で、あっ、あと、まつ毛もばっさばさ。でっかい翼があって、あと角生えてる」
「角?神に?」
「うん。でっかい角。で、いつも変な服着てる。この前なんて、全身黒タイツだったおかげで、神っていうより見た目死神に近かったし」
何それ。天使的な輪っかじゃなくて角がついてるんか。え、しかも黒タイツ?それ死神とかじゃなくてただの不審者じゃん。
まぁ、僕も一応中学生の端くれ。神とかに興味がないわけではない。もちろん中二病とかではない。光と違って。
「ちょっと見てみたいかも……」
「いや〜、見えてもなんもいいことないよ?うるさいし」
そう言って、少し楽しそうに笑った。
「でも何だかんだ言って楽しそうじゃん。暇しなさそう」
「俺のどこ見て言ってんだよw」
「怒っていながら、結局いつも笑ってるじゃん。ほら、今だって楽しそうだよ?」
「まぁ、それは……。んー、確かに楽しいかもな」
ほらみろ。
「そもそも、なんで、その、ウンコは、そういう名前なんだ?」
「あー、それは聞いたことあるわ。なんか、面白いからだってさ」
「ガキどもと同じ思考回路じゃんw」
「ほんとそれな。ほんとの名前、一生教えてくれないし。なんで名前呼ぶたびに『うんこ』言わなきゃいけないんだよ。」
「いろいろ大変そうだな、まぁ、頑張れ!」
これだけ聞いておいて、所詮、僕には関係のない話だと思った。だって僕にはうんこは見えないわけだし。
そろそろ光の家が見えてきた。いつもはここで話を終えるくらいだが、どうしても、最後に一つだけ、聞きたいことがあった。
「ってか、そもそもなんでお前なんだ?」
「どゆこと?」
「なんで、その、ウンコはお前についてくる?僕にそれがお前に執着心を抱いてるんだ?」
「執着心?」
「1週間のうち6日間、学校でも家でもいるんだろ?僕には執着してるようにしか見えないね」
「言われてみれば…っていうか、もしかして、本当にいるのか疑ってる?」
「いや、そういうわけじゃないけど、なんとなく気になって」
ほんの一瞬、光の顔から笑顔が消えた気がした。
「……そんなの、わかんないわ。俺もあんなの今年になって初めて見たし」
すぐにいつものような笑顔で答えた。いつも声をあげて笑う光だが、こんな感じで静かに笑うこともあるんだなと思った。
「じゃあな!輝斗!ユニで会おうぜ!」
光の家の前についたとき、そんな言葉と一緒に彼は手を振って家の中に入った。
彼の静かな笑顔と、手を振った時に袖からちらりと見えたそれだけが、僕の心に引っ掛かった。
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