第3話
「————————なんでこうなるんだよ!」
あれから3ヶ月。俺もオリジン・ハートに入籍し、キアさんとの特訓に明け暮れる―――――その筈だったのだが。そうする筈だった俺の現在は、彼女たちが営む喫茶店「えんたく」のトイレ掃除係だ……いや、本当に、なんでこうなったんだろう………
3ヶ月前。
俺はエミナさんから確かに聞いた。「君をキアに特訓させる」と。そういうことで俺はここに来たんだ……なのにそこに待っていたのは、特訓らしい特訓のイベントは発生せず、喫茶店の手伝いを1日中やらされる日々だった。
いや自分だって、ただ手をこまねいていたわけではない。業務時間後に自分でできる特訓を何度もやっていた。しかし強制力もなく、これなら絶対強くなれると確信のない、自分の精神に委ねられるような特訓じゃ、長くは続かない。これに関しては本当に、勉強がやってこなかった人間がいきなり部屋で黙々と勉強できるわけないのと同じで、実際にやってみるとかなり難しいのだ。
そして、2か月前。
「—————!すみません!」
お客の食器を片付けようとしたその時、手が滑って落としてしまった。そういうのは飲食店であればなくはないミス。どこにでもあり得るものだが、人は1度でも犯したミスは一生覚えられる。ここでキアさん達の好感度を下げて相手にすらされなくなってしまったら特訓どころではなくなってしまうのだ。今までもそうだったが、ここでは尚更1つのミスが命取りなんだ…しかも続けて、近くにいたお客に
「大丈夫ですか?」
と言われたことが、俺のトラウマを呼び起こした。
俺は昔、居酒屋でアルバイトをしていたことがあった。居酒屋は飲食店と同じテーブル席と、個室が4つほどある小さい店。コース料理を運び、マニュアル通りの料理説明をひたすら言う。お客様の目の前で締めの雑炊を作らされることもあった。貯金が少ない中、スーツまで着用してなんとか採用されたのがその居酒屋。しかし、店長や女将さんはとても厳しい人。というか、そもそも職場自体がブラックだった。他地点の店から助っ人が来ることなんて日常茶飯事。小さい店に大量に来るお客様。料理の説明や、目の前でお粥を作ったりと。実質初めてのアルバイトをやる俺からしたらとても厳しい環境だった。そんな中で何十年も生きてきたからか店長と女将さんはトロい俺が許せないらしく、毎回、いや本当に毎回突っかかられた。老人であるからか教えた内容を2転3転するのもしょっちゅうだった。
そんなある日、個室をご利用のお客様が来店してきた。家族連れの全体の印象として爽やか。何かの祝いできたのだろうか。彼らは腰を下ろした際、自分たちで靴を直した。教養がいいのか幼い子供も直していた。しかし、それが女将さんの逆鱗に触れることとなってしまった。
『ねぇ!!ねぇちょっと!新人!!』
『あっはい!』
『何やってんの!!』
『あっあっあっ…えっと……』
『いやえっとじゃなくてさぁ!!何やってんの!!』
『は、はい…!すみません…!』
『すみませんじゃなくてさぁ!!普段からボケーッとしてるからこんなことになるんでしょ!』
『はい…』
『この前もさぁ、メニューの説明タラッタラしてたしさぁ!あの時アタシなんて言ったか覚えてる?』
『………』
『ほら、アタシの言ったこと何も覚えてないんでしょ?反省してないんだよ。普通の人は2回で覚えてるんだよ?舐めてるんでしょ?』
『いえ……』
『何度言わせれば気が済むの?』
『……すみません』
今度はお客様がいるところで堂々と怒鳴られた。散々言いたいことだけ言って、女将さんは厨房へ戻っていく。俺もお客様の皿を片さねばならなかった。
『失礼します』
なんとか声を出して、落とさないよう皿を待とうとする。
『……あの』
その時に言われたのだ。
『その……大丈夫ですか?』と。
同情されたのだ。別にあのお客様が悪いわけではない。でも人間には同情して欲しい時と、同情が恥になる時がある。ただ闇雲に心配すればいいってものじゃない……
「———————店員さん?」
お客が近くでかがもうとした。皿を拾うのを手伝おうとする気か。
「いえ!!お気になさらず!!お騒がせして申し訳ありません!!」
そんなことやられたらキアさんからの評価が駄々下がりになってしまうだろうが。貴方は善意のつもりでやったのだろう。その純粋な善意のせいで、店内でその店員の評価が下がってしまう可能性があるということを、わかってないんだろうな…だったら尚更。余計なことはしないでくれ。今は同情されたくないんだ。
と、その場は俺が急いで片付けたものの。結局俺への好感度は最初から低いためか。努力も虚しく、こうして雑用に追い込まれたのだった。そして現在。
「………何がミスは許されないだよ。それで結局ミスしていたら意味ないだろ……」
どうしたらいいんだ?ここからキアさんの好感度を上げるには、一体どうすれば……できるのか?新卒時代は、1度失った信用を取り戻すなんて2度とできなかったのに。挽回するために沢山仕事に取り組もうにも、そもそも仕事を与えられず、自分からやろうとしたら「勝手にやるな」と杭を打たれ……どうしようもなかったじゃないか………
トイレ掃除を終了させ、そそくさと出た―――
そうして、午前の業務が終了し、休憩時間になった。トイレ内の拭き残しがないか確認しつつ用を足し、トイレを出た。そうしたらそこに、
「キョウカ。ご苦労様」
制服姿のキアさんがいた。髪をポニーテールにしているのはいつもと同じなのに、服装が変われば雰囲気も変わる。間違いなくキアさん目当てで足を運ぶ客はいるだろう。
…そんなキアさんは療養中だというのに。自分から喫茶店の仕事をしている…本人は「本職と比べたら軽い」「何かしていないと落ち着かない」とのことだが……
「……お疲れ様です……休憩時間ですよね?その…手に持っているモップは?」
「あぁ。ついでに家の掃除もしておこうと思ってな」
この喫茶店は家とセットになっているものだ。店の奥に進めば俺が寝かされていた医療室と空き部屋の数々があり、俺はその空き部屋の一室をお借りしている。
それにしても、休憩時間なのに、掃除か…
この人、強制でもしない限り休まないな…
「……そうでしたか。すみ…失礼しました」
「…?謝る必要はないぞ。お前もトイレ掃除やその他の雑用、頑張ってるじゃないか。おかげで私の仕事も楽になっているよ」
「………………」
嘘だ。キアさんの仕事は楽になんかなってない。寧ろ俺への教育と失敗のカバーで、さらに接客や料理もしているのだ。雑用はなくてもいいもの言いたいわけではないが…俺のいた世界でも、スタンプ洗浄とかお客様に便座の消毒を促したりとかそういうトイレ掃除とかの作業をしなくてもいいようにするシステムはあった。その世界よりも技術が進んでいるであろうこの世界でそのシステムがないとは考えにくい。俺に役割を与えるためにワザとそのシステムを外している可能性だってある。ブラック企業時代もそうだったし……
「さ、行こう。もう一踏ん張りだぞー」
「………………はい」
…また考えてしまった。毎度毎度こうやって心の底から親切にしているのかもしれない人を疑う自分が本当に気持ち悪くなる…午後の業務に何とか失敗らしい失敗は起こさなかったが、胸の奥の気持ち悪さはずっと渦巻いていた。
***
店じまいを終え、掃除もあと少しで終わろうとする中、少しの安堵と...
「た~だいま~」
「……ただいま…………」
胸をざわつかせる存在がやってくる。
「おかえりなさい。エミナさん…………空竜……さん」
空竜シュウヤ。ヤツは俺がこうやってアルバイトで四苦八苦している最中、即戦力としてエミナさん直接のご指導の下、様々な任務に赴きメキメキと経験値を上げていってる……その現実を突きつけられる度に腹が立つ。コッチは特訓してあげると言われた筈なのにまともな修行はさせてもらえてないっていうのに……これが格差か。そうやって富める者がさらに富を築いていく。貧乏人には這い上がることすら一苦労だ——――
「うん……お腹空いた~。キアは?」
――――……だからこそ今は、まともな修行をしてもらうためにも、お二方の好感度を上げねばならないんだ。
「えぇと…コーヒー豆が少なくなってきたので調達しに行くと…」
「え~…ちょっと今日は食べる時間をあまり確保できなかったからさ~。お腹ぺこぺこで……」
…それほど過酷な戦場だったということだろうか。
「………少年。料理って作れる?」
「あ、少しなら………何故そんなことを…」
「作ってみてよ~」
「…………ええ?!」
いやちょっと待て。料理と言っても社会人時代、休日中に1つのレシピ今後も含めて1回きりしか作ってないし、他人に料理を振舞ったことなんて父の接待用しかなかったんだぞ?!ルックス上位種2人。失敗すれば好感度がマイナスを大幅に下回る…こんなプレッシャーを抱えたまま料理なんて……
「いやさ?"シュウヤ"は任務の方でキャンプ飯とか手伝ってもらってるからある程度料理の腕とかは分かるんだ。だから…あと料理見てないのは、"少年"だけだから…」
……俺は、俺だけが、名前で呼ばれていない。
空竜シュウヤ、お前は名前で呼ばれてるのに。この事実が俺の視界を逃がしてくれない。否が応にも見下してくる………もう、ダメだ。逃げられない。逃げたら信用を得る機会を失う。確信がある。社会人時代の過ちをここで犯すのは一番ダメだ。
「…いいえ、大丈夫です。僭越ながら、振舞わせて頂きます………あと」
「?」
「使用してもよろしいエプロンってありますか……あと自分、少年って言われる年齢じゃないです…」
「あたしからしたら少年だし~。あ。エプロン替えのあるからそれを使いな~」
…………こうして、お店の方の厨房をお借りし、なるべく材料を節約できないか考えながら料理を開始。なんとか最後の工程まで進めた。物覚えの悪い頭の残骸から、どうにか一つのレシピを手繰り寄せ続ける。まるで手綱を渡るような感覚だ…
「「……………」」
カウンター席から頭を覗かせている2人に見られながらなので、料理序盤から先刻の想像以上の緊張感が続いている。ここからが難しい工程だというのに……
「…………………………完成です」
「…………オムライス」
「おぉ~~~~!しかもふわとろ!ソースも手作りか~。凝ってる~!」
……ソースまで手作りなんて。それくらい、きっとキアさんも作れる。うぬぼれるな。油断するな。
「……冷める前にどうぞ。ソースもお好みで」
「いただきま~す!」
「……いただきます」
……口に運んだ……どうだ…………?……
「…うん………うん!旨いよ。旨い!」
エミナさんはそう言い、スプーンの手を進めた………嘘じゃないと、捉えて……………いいのかな?取り敢えず、今は安堵しておこうか。
「少年にこんな能力があったなんてなあ………そうだ!これからの料理当番は君にも任せてみよう!」
「…え?それって店の料理を任せると?」
「うん。結構上手だし。よく働いてくれてるらしいでしょ。だったら他にも役職を与えるのもいいかなって…嫌かな?」
………あの緊張を、常に味わえって…?オムレツの半熟作るの凄く苦手で、滅茶苦茶神経使ったてのに………いや、ダメだ。やらなきゃ。好感度を上げるチャンスじゃないか。上がらなくても、振られた仕事を断って好感度を下げるなんて………やっちゃダメなんだ。
「……いいえ。是非ともお任せください」
ここで俺が努力できるヤツだと。「コイツなら授業に耐えれるかも」と、信用を得てみせる―――――服を引っ張る感覚が突然したと思ったら、空竜シュウヤだった。
「…………おかわり。ある?」
「……………いいえ、それだけです……」
***
それから1週間、俺は大忙しだった。あのオムライスを提供してからお客様が沢山くるようになり、必然的に作業量が日に日に増大中。半熟のオムライスは時間が経つとその分味が落ちるため、作っては運んで作っては運んでと。手の休まらない作業を終業時刻まで続ける日々。だが、トイレ掃除とか自分がいなくてもいい作業を永遠とやらされるのと比べてば断然マシだ。仕事帰りに来るエミナさんらやキアさんも時々見にくるが、なんも言ってこないので恐らく問題はないはず。俺がトイレ掃除の作業をしてない間、トイレにはスタンプ状の洗剤が貼られていたことは分かっていたがなんとなくショックだったが…このまま続けて信用を勝ち取れば…特訓してもらえる。荷物持ちでも現場を任される…ここから希望は見えてくる―――
「「ただいま〜〜」」
「お帰りなさい。本日もお疲れ様です」
今日は2人が早く帰ってきた。珍しいことだが、多分依頼が予定よりも早く片付いたのだろう。…それはつまり、俺がこうして手をこまねいている間にも空竜シュウヤの実力がメキメキと上がっているという現実を突きつけられているということだが…下手なことを言って好感度を下げたくない。無難な労いが最適解だ。
「店員さーーん。オムライスまだーー?」
「っ!申し訳ございません。もう暫くお待ちください。
……すみません。お店の方もお客様がたくさん来ていて、晩ご飯を作るのはもう少し後に……」
「………いいよ。自分で作るから」
「………え?」
「う〜ん。そうだね。キッチンのスペース結構広い方だし…少し譲ってあげてもらってもいいかな?」
「えぇ……分かりました………」
何やら胸騒ぎがする。この感覚を、前にも味わったことがあるような……
そんな胸騒ぎをよそに、空竜シュウヤは今も調理している俺の横に立つ。そしてまずは調理器具を洗い―――――ん?
おい。おいおい。俺よりも準備の手際が良すぎないか?一瞬で終えやがって………しかもなんだ?食材を切るスピード。早すぎだろ…しかも切れ目もあんなに綺麗に……ってこれは………この具材は……
「俺が作ってる…オムライス……?」
マジか……コイツマジか?今も調理している俺とおんなじレシピを作ろうとしてやがるのか?………その時俺は、ハッとした。カウンター席にいるお客様だけじゃない。少し離れたテーブル席にいるお客様までもが、空竜シュウヤの調理シーンに目を奪われていたのだ。
……おい。おい辞めてくれよ。お前が、ルックスが完璧でしかも年下のお前が。俺の隣で料理なんてしちまったら……
そう思ってる間に、ヤツは最後の工程に入った。俺の苦手分野である、半熟オムレツに……いやなんだよ………なんなんだよ……なんでそんなに簡単に天地を返せる?なんで急ピッチでやってるのにそんなに綺麗に形を整えれるんだよ?
「……ふぅ。完成っと…」
……俺のよりも。飾り付けも、形も、断然綺麗だ………
「ぁ……あの……」
カウンターに座っている女性が空竜シュウヤに話しかける。
「オムライス……注文してたん…‥ですけど」
……俺に注文してたんだろ?何さっきまで頼んでた本人の前でくら替えしてんだよ。
「………………どうぞ」
なんでお前まで簡単に渡す。そんなことしたら―――
「は、はい。いただきます………っ!!」
美味しい。とも言わず、女性は一心不乱に食べた。言わずとも、表情がそれを物語っていて……
「あ、あの!私も同じものを!」
「俺も!」「ぼくも食べたい!」
「え………えぇ……」
………その光景を見る間に、俺も完成した。急いでお客様の元へ運ぶ。
「お待たせ致しました。オムライスでございます。ごゆっくりどうぞ」
「……………あぁ……はい」
渡された客はそっけない反応だった。
「……はぁ。あっちの方がよかったな……」
背中の方で、そんな声が聞こえた……
「あ、キョウカ。ちょっといいか?」
キアさんが、お客様が見えないような隅に呼んできた……まさか。
「何故かシュウヤが調理をやる流れになってな…キョウカには…」
なんでだよ…折角、勇気を出したのに……プレッシャーに毎回耐えて耐えて耐えてきたってのに……こんな小さいことで……
「皿洗いを頼んでいいか?」
「—————————————………………はい。わかりました」
***
店じまいを終え、俺はテーブル席に座っていた。周りに人は誰もいない。俺独りしかいない店内で唯一、俺の座っているデーブルにだけ暖色の明かりが灯っている。端から見たらさぞ虚しく見えていることだろう。そしてそのテーブルには…売れ残った俺手作りのオムライスが1つ鎮座している。最初の方以外が、俺のオムライスよりも空竜シュウヤが作ったものにしてくれと言ってきたのだ…しかし処分しようにも、キアさん達が仕入れた食材を俺なんかに使わせた罪悪感から、勿体ないと感じてしまい。今に至るのだった。
「………………」
見るからにまずそうなそれを、改めて凝視する。オムレツはすっかりしぼんでいて、俺の料理の酷さがさらに露呈していた…これを今から食うのか…ため息を吐きながらスプーン手を伸ばし―――
「何やってんの?」
―――――――――――――――――――———————……………………最悪だ。空竜シュウヤ。よりにもよって、一番会いたくない奴に見つかった……
「………………夕ご飯を食べる暇が、なかったので」
…声を取り繕えていただろうか?笑顔とは言わずとも無表情はできていたか?ヤツがどんどん近づいてくる。
「…………これって?」
「…………売れ残ったやつですよ」
「ふぅん」とそう言ってヤツは反対の方に座る……いや何故だ。
…………なんか睨んでやがる……俺、何かやったか?
「…………食べないの?」
「…………え?……あぁ、あ~。ほら、まずそうですから、心の準備をといいますか…………」
「………なんで敬語なんだよ…………はぁ、頂戴」
「え」という間もなく。空竜シュウヤは皿とまだ手を付けてないスプーンを取り上げ頬張った………いや俺の晩飯だって言ってただろ…
「……………やっぱり、旨い」
………………………………?
「客とかは…さ。僕が作ったのを……旨い旨い……とは……言ってたよ。でも……自分でも、味見とか……して、みてさ…」
……………………
「…………やっぱり。あの時、キョウカが作ってくれたオムライスの方が……凄く美味しかったんだ!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ちょっとソースが酸っぱかったり、オムレツが固まったりしてたけど、それがなんだか、暖かく感じたんだ」
―――――――――――――――――――—————————————————————————
「…えぇと………だからさ!そんなに落ち込むなよ!キアもエミナもみんなそう思ってるから!ほとんど食べちゃってゴメン!じゃ!!」
―――――――――――――――――――――――――――――————————————ふざけるな。ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな
あの後、俺はオムライスを捨てた。バレないよう、えんたくから離れたところにある公園まで走って。あんな話をした後で食べるなんて、俺には耐えられなかった。思考がまとまらない。えんたくから公園に来るまでの記憶も曖昧だ。気が付けば、俺は喘息ぎみで、体中から汗をかいていた。それだけ全力で走ったのだろう…
……忘れるところだった。俺が何のためにここに来たのかを。何のために彼女たちの好感度を気にし続けていたのかを。忘れるところだった。空竜シュウヤがどんな奴だったのかを…………お前からしたら「イイコト」をしたつもりなんだろう。お前からしたら、それは「優しさ」なのだろう。だがな。自分が一生懸命積み上げてきたものをなんの苦労もなくあっさりと超えたヤツに、上から「君も凄いよ」と情けを貰われたりするのは気持ちの良いものではない。一番同情されたくないヤツに、その場で同情されたとしても、余計に惨めになるだけだ。
お前は、自分がしでかしたことを分かってないだろ。何かになりたかったヤツにやっと舞い降りてきたチャンスを横取りされ、錆びた心を必死で動かしてやっと手に入れられた役目を、言い換えれば「今自分が生きている意味」を、何気ない顔でまた奪いやがったんだ。お前はもう十分に色んなものを持っているじゃないか。これ以上俺から取り上げて何になるんだ。俺がお前に何をしたんだ。
「キョウカ?」
声の主の方へ振り返ると、そこにはスポーツウェア姿のキアさんがいた。汗はまだそんなにかいていない。おおよそ、ランニングに行こうとしたところなのだろう。
「…………店で仕事をしていた時から思ってましたが、療養中にそれはいけないのでは?」
「ウッ…いや…身体を動かしてないと落ち着かなくて…だな…」
キアさんは少しバツが悪いような顔をする。
…でも、ここしかない。
「別にいいですよ。ただ…」
「……ただ…?」
「…………僕も同行させていただきます」
「え?でも…お前まで付き添う義理は…」
「療養中でしょ。あの時だって、走るだけで喘息だったじゃないですか。途中で倒れたりしたら大変ですよ」
「こちらとしても、無理はしないよう調整しているが…」
「『世界のため!』とか言って1ヶ月も休まなかった貴女が無理しないよう調整、ですか?」
「ウッ…」
「『ほっとけないんですよ』。このまま放っておいたら、『俺は、絶対に後悔する』ので」
「キョウカ………」
キアさんは少し、悩むような仕草をした。
「………お前も汗をかいている。疲れているんだろう?……大した距離は走らないから付き添いはいらないよ。安心していい」
そう言って走って行ってしまった。俺は、すぐにキアさんの後ろをついて行った。スタートはほぼ同じにも関わらず一気に距離が開いた。付かれている本人はもう遠い位置にいるので、俺の存在に気づいていないようだ。それでも、走る。
これからは、キアさんの同意なしにでも、トレーニングに付き添うことにした。
……幾ら好感度を上げて、役割という名前の居場所を築いたとしても、横から簡単に奪われるのならもう好感度とか関係ない。嫌われていようが放っておかれていようが、それを気にしてる場合じゃない。喰らい付いてやるんだ。キアさんの特訓に、些細でもいいから自分に取り入れて、世界均衡維持隊に入隊するんだ。
そこで今度こそ………主人公になるんだ。空竜シュウヤ、お前に奪われたものを全部取り返して、全部やり返して。
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