第2話

————————————————————————

—————………………………………………

……………………………………………ん。


目を開けると、そこは町ではなかった。

…横になっているのか。身体に微かな重みのあるものが乗っている。どうやら俺は心地のいいベッドで久しぶりの熟睡をしていたようだ。


「……………………知らない天井だ」


随分と余裕だな。我ながらそう思う。

お約束を呟いたところで、取り敢えず整理しよう。

…俺の名は田尻キョウカ。昔から苗字に「尻」とあったことから「ケツ野郎」といじられていた、現在鬱病を患う23歳。うん。自分のことは覚えている。

直近の記憶は特に覚えている。何せ俺が待ち望んでいたイベントだからな。


アルバイトに向かう途中、黒異石という不思議な石を拾った俺は、

ブラック労働の美少女騎士キアさんと、猿の化け物…そういえば名前聞いてなかったな…とにかくハンターとかいうヤツとの戦いに巻き込まれた。

………っ………とにかく色々あって町が崩壊して、

子供がビルの下敷きになりかけていたから、俺は助けに行って、でも結局ビルの下敷きになって…………

…………………………俺じゃなく、ヤツが………

空竜シュウヤが、ハンターを撃退した……


………その後はどうなったのだろうか。

俺は身体が動くことを確かめた後起き上がる。


「————うぉ」


そうして辺りを見回して、俺はキアさんの隣で寝ていたことに気づいた。見てしまった。美少女の寝顔を。艶の通った黒髪は、ほどけてロングになってる。骨格が整った凛々しい顔は初めてあった時の気の引き締まった様子を見せず、穏やかで無防備だ。

騒動もあってハッキリ見れなかったが、こぼれ出た日の光も合わさって、真っ白で綺麗な肌をしている…………………絶世の美少女は、寝つきも綺麗で………………………ただただ、美しい…………って、俺はなに細かくレビューしてんだ気持ち悪い。思春期男子のような気恥ずかしさがこみあげてきて、俺は急いで医務室らしき部屋を出るのだった。

……………まぁ、寝相が悪い人も人でギャップ萌えはあるが………


咄嗟に部屋を出て迷子になるかと思ったが、ここ事態がそんなに大きくないのか。そこまで入り組んだ様子はなく、俺はただ通路を歩いていた。

…まぁ、取り敢えずキアさんはもう大丈夫そうだ。良かった。取り敢えず、どこを目指すか———————————そう思った瞬間、話し声が聞こえてきた。


「———というわけで、君は万年生まれてこなかった逸材ってヤツなんだ。

ここまではOK?」


その声は、エミナさんか?誰と話している?


「……OK」


…空竜シュウヤ。俺は彼女達が話しをしているであろう部屋に聞き耳を立てた。



「これから君。シュウヤには黒異石の探知機(レーダー)として、

あたしと一緒に現場に出向いて貰う。あぁ、同時に実戦形式で特訓も行わせるから。

「向いてないかも…」とか心配しなくていーよ」


…さっきから軽々しく言うな。この女。

「お前は万年に一人の逸材」とか、

「お前は言わば黒異石の在りかを示す探知機だ」とか、聞いていても訳が分からないだろう。

しかも死地に赴きながら同時に特訓って……


「…ブラックか」


 さすがに彼もそう思うか。芸能界にいた頃とガワは変わってないのだろうが、中身が中身だ。ワケが違う。


「ごめんよ。黒異石って君の想像以上に探知が難しいのさ。

だから今までだって事後処理みたいな感じで回収に当たっていたのが殆ど。

今回のはかなりラッキーな方だった」


あれで、ラッキーな方だったのか。それで襲撃されているようじゃせわしないと思うが…


「でも今はシュウヤがいる。「黒異石を取り込んだものは別の黒異石に惹かれる」

この特性を活かせば、黒異石を今より早く、正確に察知して回収することができる。

「特訓してから」は“向こう“が待ってくれなくて」


「…大変なんだな」


「まぁ、ここ最近は黒異石が頻発していたからね。

 これでも近年は、福利とか手当とか色々と見直しているんだよ」


「ふーん」


これに関しては空竜シュウヤと同じことを思っただろう。キアさんのあの様子を見ると、福利とか言われても信用できん。


「あぁ、“組織”についてもっと詳しく説明をしないとね。えっと—————」


世界均衡維持隊。

その名の通り無数にある世界の均衡を守るために設立された防衛隊。

ここ、すべての次元の中心、私たちが

”オリジン・ハート”と呼んでいる街を拠点に活動している。

隊員たちは様々な世界の行き来を管理している。

偶然他の世界に迷い込んだ人を元の世界に返したり。

その世界のバランスを崩す“もの”を消したりしている。


「まぁ、その上でとてつもなく厄介な事件がおこったたり、

とてつもなく強い怪物が現れたりもするわけで…

そういった事件も解決できるようにその世界でくすぶっていたり、

諸事情を抱えた強力な戦士や伝説の武闘家に頭脳明晰な天才とかを

スカウトして構成しているんだ。

あ、もちろん諸事情といっても見るからに悪人なヤツはいないから。そこはだいじょうぶ」


遠くから聞いても分かる、規模の大きさ。


「あんたがトップなの?」


「いいや、あたしは一応協力しているけど、隊長じゃないよ。

 ちなみに隊長はキア」


それを聞いた空竜シュウヤは、素っ気なさそうな反応を…

いや、言葉違うか?「ふーん」みたいな反応のこと…なんて言うんだっけ…

……とにかくエミナさんは隊長ではないらしい。でも俺には分かる。隊長ではないけど、それよりも上の権限か何かを、彼女は持っているんだろう。


「まだ自覚できないだろうけど、何度も言うようにキョウカも彼らに並ぶ…いやそれ以上の可能性を秘めた逸材なんだ。

黒異石を身体に宿して自我を保った人間は全くと言っていいほど現れなかったんだ。

君が現れるまでね」


……………………………………


 「これでも上層部を説得するのにかなり苦労したんだよ?本来なら君は執行対象。

よくて実験体だったんだから。因みに永久」


ほんとにさりげなく恐ろしいことを言ってくるな。


「…暫くは任務もないだろうから。特訓しながらだけどじっくり慣れて欲しい。

 隊員になるための手続きとかコッチで色々やっておくからさ」


………手続きまでしてもらえてやがる。当の本人は……


「……………正直。全然呑み込めてないけど、分かったよ。やってやる。

 それしかないんだろ?」


「…ありがとう」


……なんだよあの態度。実験台にされるところを助けて貰っている分際で————


「…さ!少年たちの容体を見に行きますか~!」


ヤベッ。盗み聞きしているこの状況を見られたら、絶対に悪印象だ。

さっきの部屋とはそこまで距離はない。ここは一旦、戻ったほうがいいかも。


「シュウヤも来るでしょ?真っ先に

 「彼のこと治療してあげて~」って言ってたの、シュウヤだし」


「…っ。余計なこと言ってないで、行くなら行くぞ」


音をたてずに移動しようとした瞬間、会話が聞こえてきた。

…よく聞こえなかったが、何か嫌味を言ってたに違いない。

上級のヤツは、卑しい下級民族の見舞いなんぞ行きたくないんだろうな———


「——はい!診察おわり~。おつかれさま~」


あれから30分くらい、俺は診察を受けていた。

どこも異常はなく、五体満足。いつでも動いて大丈夫とおっしゃっていた。

健康状態に関しては何か言われるかと思ったが、キアさんという事例がいるくらいだ。俺程度の健康状態じゃあ目にもかけないらしい。

……空竜シュウヤ。彼は診断中もコッチを思いっきり見ていた…なんなんだよ……

そうして診察を終えた俺はエミナさんに招かれ、

皆で外に出ることになるのだった。


「…身体。ホントに大丈夫?」


空竜シュウヤが聞いてきた。

診察までやったのだからそれが全てだろう。


「大丈夫ですよ。エミナさんが言ってた通り、突然の事態に混乱して

気を失ってただけみたいですから」


数年前から年下にも敬語でしか喋れなくなっていたが…今回は本当に恨めしく感じた。


「…そう」


気が済んだのか、彼は口を閉じた。

……本当になんなんだ。


「ほら〜。行くよ〜」


エミナさんが玄関先で呼んでいた。俺たちは呼ばれるまま表に出る。 


「———————————うわぁぁ……」


眼前に広がった景色に圧巻する。

街は東京のようなシルバーカラーではなく、色とりどりで。

空には七色のオーロラと、幾つもの空中都市が浮かんでいた。

街を歩けば、すれ違うのは獣人やエルフといった多種族。

黒人や白人みたいなのとは比べ物にならない。


「凄いですね!この街!」


「そうでしょ~」


とニマニマしながらエミナさんは言った。

その様子を見て自分を少し落ち着かせる。


「えっと…どういった街なんですかここ?」


もう知ってはいるが。

俺はついさっき起きたということになっているから、一応質問をしておかないと。


「…様々な種族が共生する街だよ。凄いでしょ~」


…さっき浅見ハルキにしていた説明よりもさっぱりしていないか。

彼には丁寧に説明していたのに、なんで俺だけ…

こんな対応されたのは学校でもそうだったが、やられていい気分はしない。

言いようのない不安が溜まってくる。

…その不安と向き合おうとしたが、答えが出るはずもないと悟ったので

別の話題に切り替える。


「あの…僕の世界の町は、どうなったか分かりますか?」


「あぁ、やっぱり心配かい?うん、大丈夫。何もかも元通りだよ」


「え?えっと…どういう?」


「…まぁうちの世界の防衛隊は、壊されてしまった街とかを修復し、再生させることができる装置があるんだよ。

しかもその世界の人達の記憶も修正させるというおまけ付きのね」


…つまり世界均衡維持隊は、その装置によって、俺の世界の町や人々の記憶は修正させていて、あの事件自体がなかったことになっていると。

色々と言いたいことがあるが……世界均衡維持隊ではなく、「うちの世界の防衛隊」か。またうまく言いくるめられているような…

そんなことを悶々と考えているうちに、目的地に到着したようだ。


「着いたよ~」


エミナさんが連れてきたのは、オリジン・ハートを見通した際に一番目立って見えた塔だった。

一番上には何かが光っているように見えたが…近くに来ると上がまるで見えない。

入り口は地上の方にあり、塔の中に入るとエントランスのような空間が広がっていた。


「…ここは?」


「世界と世界の出入り口さ。ここからキアは君の世界にやってきたんだ」


そうだったのか。ここから世界均衡維持隊のメンバーは出動しているのだろうか。

でも何でこんなところに———


「で。あれがここから別の世界につながっているゲート」


「はい」


「あれを潜っていけば、その世界の、あまり目立たない適当な場所に出られるから」


「はい」


「じゃ、潜って」

 

「は………ん?」


「君は元の世界に帰るんだ」


「…………………え」


今………「帰れ」って言われたのか?

…いやいや。コレ、「巻き込まれ展開」で、これから沢山の冒険に。

みたいな展開がこれから起こるんじゃないのか?俺はそれだけを願って…


「いや、待ってください。僕だけ帰れってことですか?」


「そうだよ」


「いや…ええと…………なぜです?」


「…君は、ただ巻き込まれただけだ。

君にはこれからこの世界に関わっていく理由とか事情もないでしょ」


「いやそんなことは…」


とにかく言葉を捻りださねば。続けて言おうとしたところで

「それに」とエミナさんに遮られた。


「君には、特に才能はない」


———————っ。

無感情に冷たい現実を、彼女は突きつける。顔が段々直視できなくなっていく。


「だからこっちは特に君に執着してないんだ」


「い…いやそういうことじゃなくて!えっと……俺!」


…………ずっと昔から望んでいた、夢を掴めるかもしれないチャンスなんだ。自分から引くのはダメだ!


「俺………主人公になりたいんです!」


子供っぽい…でもこれが、今俺が一番に望んでいることなんだ。


「俺はここで、主人公になりたいんです!!ここなら、掴める気がするんです!!」


「…弱い。理由として弱すぎる」


「………それは…」


「君には戦う力も、動機も足りない。そんな半端な覚悟でこの世界に足を踏み入れても、後悔するだけだよ」


「………いや………でも………」


突然の状況と、この現実に。俺の頭と心はすでにパンクしていた。

頭がまわらない。現実を突きつけられて胸が苦しい。

俺の中に唯一あったものでは、この世界に留まるための楔として不十分だってのか。

何も積み重ねてなかった俺には、眼前に現れた光をつかむ力もないのか。

昔から言語化能力が著しく悪かった。こういう目の前に欲しかったモノがあるというのに………交渉の言葉が浮かばない……………

結局、俺はエミナさんに言いくるめられ、元の世界に帰された。


***


アラタの世界 市街地

俺が出てきたところは、駅のすぐ隣にあるトイレの中だった。

そそくさとそこを出ると、本当に町は何もかも元通りだった。

破壊された筈のビルもしっかりと建って人を向かい入れている。

人々も変わり映えなく歩いている。

あれから時間はどれくらい経っているのだろう。

空は灰色で、あの時の朝の空と特に変化がない。

時間を確認しようとスマホを取り出すが…画面が壊れていた。電源もつかない。

あの時の騒動で壊れてしまったのだろう…………

ネット廃人にはかなり応えるもののはずだが、今の俺には特に動揺できなかった。

俺は取り敢えず家に向かうことにした。バイトはどうなっているか分からないし、

頭が混乱していたからだ。

俺の家族は「いい人」だ。世間体で見てもそうだと思う。

小さい頃はよく水族館とか連れて行ってくれたし、

誕生日プレゼントだって中学までくれたし……お金がないと嘆いている中にも関わらず、

うつ病になった俺を家に置いてくれているし。

赤子の頃から「怪獣」「猿」とよく言われていたが、

世間にいる毒親と比べるとそこまでのことはやられてない。

毒親だとしても、俺は家族に頼らないと生きていけない。今までそうだったし……

朝から色々と言われていたのに、バイトもせず帰って…申し訳ないな…

俺はこんな風に色々と考えてしまうクセがある。

答えが出ない問題もどうでもいい筈のことすらも同じエネルギー量で。

だから病んだんだろうが…悩んでいながらも治らない。本当に困っている。

そんなことを考えていたら、家についた。

祖母ちゃんが庭で手入れをしているのが見えた……ほんとにどう説明しよう…


「……ただいま帰りました…」


おそるおそる声をかける。


「………」


祖母ちゃんはおかえりも言わず、きょとんとした表情で見つめている…

そうしてバイトにも行かずそそくさと帰ってきた俺に一括が—————————————


「どちらさまですか?」


————————————————え?

「いや何を言ってるんです。冗談にしてはキツイですよ」


「いや……本当にどなたです?」

 

「だから!田尻キョウカです!あなたの孫でしょう」

 

「孫?私の孫は一人だけですが」

 

ほんとうに何を言っているんだ?この人は。

 

「…祖母ちゃん!俺がアルバイトに行ってないから怒っているのかもしれないですけど、こんなのはあんまりですよ!」

 

「さっきから訳が分からないです!警察呼びますよ!」

 

洒落にならないぞこんなの。俺がお金稼いでこなかっただけでここまでやられるのか?

 

「おーい。どうしたー?」

 

!兄さん!

 

「兄さん!祖母ちゃんが


「誰?この人」

 

……兄さんもかよ。兄さんも祖母ちゃんに加担するのか。

クソ。いつもそうだったが今回は本当に話が通じない。

 

「…父さん!父さんと電話させてください!そうすればハッキリする!」

 

「は?なんで親父と?というか「父さん」って…」

 

「できないんですか?二人の言ってることが嘘だって証明されるから。

そういうバレたら困る冗談言ってるそっちが悪いでしょ!

こっちはスマホ壊れているんで、そちらのスマホでお願いします!」


二人はしばらく見合わせた後、兄さんが電話をかけた。

 

「……あ、もしもし?なんか親父と話したいって人がいてさ」

 

兄さんがスマホを差し出した。それをやや乱暴に取った。

 

「もしもし。父さんですか?俺です。キョウカです」

 

「…………ええっと…どなたですか?」

 

————なんだよ。なんなんだよ。父さんまで……

 

「父さんまで!なんなんですか!

なんで皆さんそうやって、俺を忘れたフリなんかするんですか!

コッチは忘れたくても忘れれないっていうのに!

毎晩毎晩、お金のことや鬱になったことを責め立ててたのとか!

他にも、何回も猿って言われていたことも。

げんこつをするたびに机と板挟みにされていたあの痛みだって!

全部覚えていますよ俺は!!」


「いや、分かんないですよ。急にそんなこと言われても。記憶にございませんが」


そう言って、そそくさと切られた。


「…っ。じゃあ部屋!部屋があれば一発でわかる!こんな茶番は終わる!」

 

なんなんですと祖母ちゃんが前に来たが、それを強引に破って家に上がる。

階段を上がり、通路の奥へ歩く。この扉を開けば俺の部屋が——————

 

「——————なんでだよ」

 

ない。俺の部屋が、ただの物置部屋に変わっている…………

この光景をみて、「祖母ちゃんたちはただ悪辣な冗談を言ってるわけではない」

という考えがよぎった。

 

「出ていけ!!警察呼んだからね!!」

 

祖母ちゃんの怒号が響く。

俺はそのまま警察に連れ出された。


交番に連行され、尋問を数時間。

警察官曰く、俺の住民票とマイナンバーは、存在していないそうだった。

そんな中でいくら尋問しても無駄だと思ったのか暫くして交番から追い返され、

俺はある場所へ向かっていた。

母さんのアルバイト先だ。

母さんだって例外じゃない。母さんも俺のことを忘れているかもしれない。

それにこんな事態を言ったって、母さんにはどうしようもないのは分かっている。

でも…もう頼れるのはあの人しかいない。

今までだってそうだった。苦しくなったときはいつも母さんに相談してもらった。

俺と利害が衝突せず、思ったことを赤裸々に話せる人間は、

俺の中では母さんしかいなかった。

母さんは現代の就活の知識とか知らないし、何か物事を言う際に

ちゃんとそのことを調べて話してくれるわけでもないけど、母さんにしか頼れなかった。

到着した。口コミでは星1.5、内容も酷評が殆どの工場。ここで母さんは働いている………ここで駄目だったら…俺は…


「————!母さん…っ」


眼前の扉から、母さんの姿が見えた。

「いきなり」と思ったが、エントランスでこんな心情のまま

数分も待つよりマシだと切り替える…………


「—————あの!」


「?」


「……俺のこと…分かりますか…?」


…………………

      

「………すみません…どなたですか?」


 「——————————————————」

 

気づいたら俺は走り出していた。姿勢も崩れている。

はたから見たら気持ち悪く見えているだろう。でもそんなのは関係ない。

これから待つ現実も、現状も、何も考えたくない。

頭を働かせないよう、俺はただ走り続けた。


***


「ハァ?!」


世界と世界を繋ぐゲートがあるエントランス。そこにエミナの怒号が響き渡る。


「彼の存在に関することまで修正していただと?!」

 

その内容を改めて口にした彼女に対し、隊員の一人である女性が

申し訳なさそうに口を開く。


「はい…先程不備に気づきまして…」


「…………………どうしてそうなったか理由を聞いていいかい?」


言い訳もせず申し訳なさそうにしている隊員にエミナは弁明を説いた。


「はい。彼が眠っていた間、彼が居た世界は既に1か月も経過していました。

そんな中で普段の要領で修正してしまいました…

運よく死者もいなかったので、

誰がいなくなっているのかの確認も簡潔にしてしまって…」


彼女の表情がさらに曇っていくのを見て、

エミナは話を切り替えさせる。


「いや、もういいよ。これからのことを考えよう。

 まず、彼をコッチの世界に連れてこよう。こうしている間にもアッチの世界は何日も経っている。急がないと」


エミナは急いで立ち上がり、すぐに彼の世界へ向かおうと——————

振り返ったところで、キアがゲートに入ろうとしているのが見えた。


「————キア?!」

 

自分の身体を重そうにしながら行こうとしているキアを

急いで静止しようとエミナは駆け寄る。

 

「ちょっと何しているの!君は安静にしてないと———」

 

「終わってないんです」

 

エミナの静止を遮り、続けた。

 

「先ほど対峙したハンター。

  ———彼らは3人組でした」

 

キアが発した言葉に、事の深刻さが増したのをエミナは感じた。


***


《次回予告!—————》


『うわあぁ……』


『ふふ。かっこいいわね。ヒーローって』


『うん!—————ばぁば!』

 

『なぁに?』

 

『ぼく、しゅじんこうになるよ!しゅじんこうになって、ワルいヤツみんなやっつけるんだ!ママとパパとばぁば、みんなもまもってあげるから!』

 

『ほんと?嬉しいわ。じゃあご飯の時に好き嫌いしちゃダメだよ?』

 

『うん!すききらいしない!』



———————————————————————————ん。

いつの間にか寝ていたようだ。30分くらいだろうか………懐かしいな。

…涙は出ていない。

俺の存在がなかったことになってから5日目の深夜。俺は墓地にいた。

5日の間も色々やった。しかしお金もなく、アルバイトもなかったことになっていた俺に部屋を貸してくれるところはなかった。

アルバイトも住所不定、銀行口座も、住民票もない俺を雇ってくれるところは

この町にはどこにもなかった。

図書館はあるので、調べようと足を運んだものの成果はなく…

お金は殆ど親に預けていたため、朝食のみで5日持つか持たないかくらいしかない。

だから怖くてご飯も食べてない。寝たのも5日ぶり。


「……………………」


頭が重い。ネガティブなことばかりが頭をよぎる。

ここで丸くなっている場合じゃない。こんなところにいても、

後ろの墓からばぁばの霊が出てくるわけじゃない。

分かっていても…動けない…

ばぁばは、俺の中で一番の心の拠り所だった。

俺の家にいる祖母ちゃんは“父さんの母”で、ばぁばは“母さんの母”で別居だ。

会う機会は学校の夏休みとか冬休みとかしかなかったが、一緒にいて安心する人だった。

俺がうつ病になった時、ばぁばが元うつ病患者と知って相談をしたことがあった。

話しを聞いたばぁばは、俺の手をあのしわくちゃの手で最後まで、弱弱しくも強く握って、

「大丈夫、大丈夫だよ」と泣きながら励ましてくれた。俺もあの時はつられて泣いた。

父さんと母さんが言っていた「大丈夫」とは違い、

とても暖かく感じたのは今も覚えている。

実家に帰る際、ばぁばは手編みのマフラーまでプレゼントしてくれて…

…この時の俺は、ここから頑張って立派になって、ばぁばに今までの感謝を伝えようと、本気でそう思っていた。

その翌日、ばぁばは亡くなった。買い物に出かけていたところ、交通事故に遭い、

1時間の療養の末に息絶えたらしい。

どれほど辛かっただろう。突然自分の身体の自由を奪われて、

意識も朦朧としている反面、痛みだけは鮮明で。

痛みから逃げることもできず、自分以外を感じ取れず、

孤独に居続けたばぁばの心境は、計り知れない。

俺は恩を返せなかった。

“立派になってから”ではなく“すぐに”返せば良かったのに。

『主人公』だったら…こんなことにならなかったのに。

…1年前のこと。もうどうしようもないというのに。

このことをほぼ毎日考えている。


「はぁ……………」


なんでこうなった。

俺が何にもしてこなかったからか?いや、俺だって色々やろうとしてたさ。

クラスメイトと比べてお金もない中で、必死に————

胸が締め付けられる。

この気持ちを言葉にしようとしたが、うまく整理できない。

ためらっているのだろうか———————————


「見つけたぞ」


その声を聞いた瞬間、俺は頭が真っ白になった。

そのドスがきいた低音の声を、聞いた者を威圧するかのような猟人の声を、

俺は聞いたことがある。

———なんで。どうしてここに。

思考を巡らせようとした瞬間、落雷のような閃光と轟音が響き渡り、

俺は、岩が砕けるような音がしたのと同時に前方へ吹き飛ばされた。

身体が1回転半したのちに身体の向きまでも変わり、

うつ伏せに地面へ叩きつけられる。

 

「グ、ゥゥ……!」

 

なんとか顔を起き上がらせた瞬間、目の前に岩が降ってきた。

一目見て分かった。—————ばぁばの墓の一部だ。

そして間髪入れず、眼前の岩が大猿のような足に潰された。

見上げると、そこにいたのはあの時のハンター本人ではなかった。

彼と似た顔つきの男が二人いた。

一人は、常に怒っていたような彼とはうって変わって楽しそうに笑っている顔で、服は上半身が裸の身軽な姿。武器は持たないかわりに手足が異様に発達している。

一人は、常に怒っていたような彼とはうって変わって困り顔のような顔をしていて、

服も和服のような雰囲気。更に特出すべきは、その手に持っていた杖だ。いや。杖と呼んでいいのか…自分が知る中では見たことのないデザインの杖だ。

先ほどの落雷も彼が起こしたのか。


「おいシラ~。本当にコイツから感じたのかよ~」


手足が発達した方の男が墓石から足をどけて、和服の男に呼びかける。


「うん…彼から黒異石のエネルギーの残りカスを感じる…間違いないよ。エン兄」


「え~。じゃあコイツがコウ兄を倒しちまったのか?」


「いや…彼本人じゃなくて。仲間の方が倒したんだよ…」


「あ~。そっか!」


エンと呼ばれた男は、会話を終えたと同時に俺の首を掴んだ。思わず嗄声(させい)が漏れる。

 

「なぁ。お前の仲間はどこにいんだ?そいつが、俺たちが狙ってたブツ持ってんだろ?」


「…ブツって…」

 

「とぼけても無駄です…」

 

今度はシラという男が口を開いた。

 

「黒異石はとても強烈なエネルギーを持っています…それは手に取った生き物に…残り香のような形で微量のオーラを残す程に…。

ボクはそのオーラを感じ取ることができます…言い逃れはできないですから…」

 

…………………

 

「…?なんだぁ?黙りこくって。言い訳でも考えているのか?さっきから無駄って言っているだろ?」

 

「…………なんで」

 

「ん?」

 

なんで俺ばっかりこんな目に遭わなきゃいけないんだ。

空竜シュウヤ。お前はもう既に色んなものを持っているのに、そこからさらに俺の欲しいものを全部かっさらっていって。ここまでやられてるのに、なんで俺はさらに惨めで苦しい思いばかりしなきゃならいんだ………

 

「なんでって…そんなに俺たちのことが気になるのか?ま、いいだろう。教えてやる」

 

ネガティブ思考が廻り始めた俺をよそに、

解釈違いを起こしたエンは語りだした。

 

「オレたちは、貧乏でさ。

 両親は揃ってろくでなしで、金に困ったからってオレたちを売り飛ばそうとしやがった。何とか奴隷になることは回避できたが、そこからもツレェ日々だったぜ。

ご飯も3日に一回。水浴びもろくにできない。雨風を防げる寝床もろくにない。

そんな生活が2年くらい続いたかな」


 …2年。俺よりもずっと多い。


「そんなある日だった。寝床を探そうと町を歩いていたら、凄げぇキラキラした服を着た家族とすれ違ったんだ。その時。コウ兄がこう言ったんだ。『くたばれ』って」

 

——————————————————。

 

「それから俺たち誓ったんだ。すれ違ったアイツらよりも凄っごい金持ちになって。

兄弟で幸せに生きようって」


「なぁ?」と話しをシラに降る。


「…うん。そうだね…。それから本当に頑張ったよ…今、そこそこ名前が知れているハンターになるまで…辛いことも沢山あって…でも…兄さんたちがいたから…」


「お!なんだよ~!照れるなコノヤロ~!」

 

俺の首から手を離さぬまま、エンは片腕でシラを抱きしめる。

 

「ま、だから。俺たちだけで幸せになってもちっとも満たされないわけよ」


「…コウ兄と黒異石。返して頂きます」

 

そのまま威嚇をかけられる。

でも、今はそんなことどうでもよかった。

それよりも……


「えぇ……俺の中でずっと突っかかっていたもの。それの正体がやっと分かった気がする……」


「?あ。そう?まぁそんなことはどうでもいいけど。それよりコウ兄はどこにいんだよ。仲間呼べよ」


「…先程の雷…今度は直撃させますよ?」


「その必要はないよ」


と聞き覚えのある声が聞こえたと同時に足元が爆発した。

その爆風によって宙に投げ出された俺はそのまま

地面に叩きつけられ———ることはなく、

空中で柔らかい感覚が顔面を襲った。

 

「———エミナさん」

 

「やぁ、少年。無事?…って無事なわけないか。ごめんね」

 

そんなやり取りをしている間に着地し、同時に煙が晴れた。

 

「痛って~~……。誰だぁ?」


「彼の仲間に決まってるよ…」


至近距離の爆撃にダメージを負いながらも立ち上がる二人。

すぐさま反撃に出ようとジャンプの構えをするエンを、青い閃光が森林へ突き飛ばした。


「———」


——————―――――――――――――――空竜……シュウヤ。


「エミナ!その人を安全なところへ!」


「おっとその前に敵が来たぞ!少し走ろう!」


エミナが声を発すると同時に二人は駆けだした。

俺はエミナさんに抱きかかえられながら、

さっきまでいたところに落雷が降り注いでいくのを見た。


「………コウ兄を…返して貰います」


更に雷鳴の猛攻が続く。二人はそれを躱し続ける。

 

「シュウヤ!君は半裸のヤツを!アイツはあたしが叩く!」


「了解!」


瞬間、空竜シュウヤは雷を搔い潜り、森林へと駆けて行く。

走り抜ける彼の手にはいつの間にか剣が握りしめられている。あの感じは…キアさんのアクセサリー?

女性のアクセサリー。しかも最近まで使っていたのを貰うとか、どんだけ好感度高まってるってんだよ…………


「さて。君の相手はあたしだ。覚悟はいいかな?」


「…ないとこんな仕事…やってられませんよ」

 

「それは…確かに!」

 

エミナさんの周りから赤い閃光が、シラから青い雷が、交差し破裂する。

それは一夜を照らすには十分すぎるほど煌めいていてる花火だ。

こんな美しくて危険な光景を間近で見るのは、生まれて初めてだ。


「フゥッ。やるね!」

 

「貴女こそ———そんな人置いて、もっと本気になったらどうですか?」

 

…………相変わらず俺はのけ者かよ。

というかエミナさん。俺がいるせいで全力を出せないのか……また俺の………


「もう一人のお仲間も危ないですよ?」


続けさまにそんなことを言ってきた。

俺は空竜シュウヤのいる林へ目を向ける。

林の開けた場所。そこで彼は剣を構えていた。でも向かいにエンはいない。

一体どこに。その疑問は彼が咄嗟に横へ飛ぶと同時に金属音が鳴り響いたことで確信した。

奴はあの異様に発達した手足で高速移動をし、ヒット&アウェイに徹していたのだ。当事者にしか分からないと思うからこれは予想だが…

恐らくエンは、前回のハンター—―――コウよりも遥かにスピードやパワーが上だ。

空竜シュウヤもまだ立ってはいるが、身動きが取れてない。少しでも長引けばやられそうだ……………このまま空竜シュウヤがやられてしまったら、エミナさんはリンチになる…………何か、打開策は……


―――――『…コウ兄と黒異石。返して頂きます』

 

「………………………………………………エミナさん!一度彼と合流しましょう!」


「————えぇ?!」


相手の雷と撃ち合いを片手に続けながら、彼女は反応を示してくれた。


「作戦があります!ハンター二人を一気に倒す!」


「………?」


「……信じてください。これしか言えないけど、成功すれば確実に奴らを一網打尽にできるんです!」


「…………………」


「…俺は。今はただ。二人だけを助けたいんです!そんで―――」


言葉を続けようとした瞬間、俺の腹からけたたましい空腹音がなった。

…………………5日もろくなもの食べてないんだ。幾ら食欲が落ちているとはいえ、そんな中での空腹音を抑えるのは無理というものか。


「……………………そんで!一緒にご飯を食べましょう!お腹空きまくってるんで!」


「………………ふふっ。ハッハッハッそうか!じゃあみんなで生き残って、

特大のハンバーグでも食べるとしよう!お姉さんの得意料理をご馳走するよ!」


笑われた。でも今はそんなことどうでもいい。

今はただ…………信用が欲しい。実績が欲しいんだ。エミナさんが声高らかに腕を広げた瞬間、これまで拮抗していた光線が更に爆発し、閃光となって視界を遮った。

突然のことに俺は思わず目を瞑った。恐らくシラも同じ状態だろう。


「集合~~~~~!!」


そう叫びながらエミナさんは近くの岩場に身を潜める。

俺の視界が戻った時には既に彼は来ていた……反応速度まであげてんのかコイツ…


「…では作戦を説明します」


***


「お~い」


「エン兄」


さっきまで林でガキと戦闘していたが、突然もう一人の声が響き、ガキはその方に行っちまった。

オレは取り敢えずシラと合流する。


「いや~、アイツさぁ。あと一歩でぶっ倒せたんだけどよ。急にいなくなっちまって」


「…ボクも…閃光を放たれて隠れられた」


「探し出せねぇのか?お前の探知なら一発だろ」


シラの探知能力はずば抜けてる。いつもなら一瞬で獲物の場所が見つけられるのに…


「それが…あの女、魔力を分散して放出していたみたいで…そのせいで、探知がうまく機能しない…」


「マジか。フ――ム。やっぱ直接探すしかねぇな!ハハッ!」


「………ごめん…エン兄…」

 

シラが申し訳なさそうに顔を伏せる。

 

「気にすんなって!ヤツらが一枚上手だっただけだろ。というかさぁ!ガキから出てるオーラがさぁ、星空みたいにキラキラでメッチャカッケェの!一瞬しか近くでしか見れないモンだからよ。今度は近くで拝めれるって思うと結果オーライだぜ!」


「…ふふ。そっか」


と兄弟との時間も束の間、

オレらから向かって左の岩陰からガキと魔女が飛び出す。


「お。発見!さぁ来い———————お!?」


オレはてっきりガキの方が来ると思ったたが、今度はオレの方に魔女が向かってきた。

ガキはシラの方へ向かっていく。


(接近戦が基本のアイツじゃ、相性が悪い筈じゃ…?)


オレと同じことを思ったかのような表情を、シラは一瞬浮かべたが、

すぐにガキと向かい合い、杖を高らかに掲げる。

雷がヤツの方へ直撃する寸前、ヤツの手に持っていた剣が輝きだした。

光が晴れた瞬間、ガキの手には先端に宝石のようなものがついた棒のような物が握られている。

その棒を振るった瞬間、激突する寸前の雷を叩き落とした。

雷を操れるようになったのか?あの武器。


(形や性質を自在に変えられる系の武器だったのか)


「よそ見はいけないね!」

 

声の主へ向かい合った瞬間、七色の光弾が霰のように襲ってくる。

 

「兄たるもの、弟を守らなきゃいけないんだヨ!」

 

それをオレは全弾躱す。

(木とかがなくても、オレの足なら全部躱せる。消耗戦で疲れさせようってハラだろうが…オレが疲れる前に、先にガキの方がダウンする。

戦って分かったがアイツは本調子じゃないからな。そんな奴にシラが負けるはずがない。すぐにでもシラが倒して————————)

そう思ってシラの方を横目で見ると、シラは刺されていた。

ガキが刺したんじゃない。歯にも留めてなかった…あのマフラーの小僧が。いつの間にかシラの後ろにいた。


***


簡単だ。シラは油断していたのだ。心の底で。

「相性的に有利なのは変わらないから、このまま押し切れば倒せる」と。

「倒した方が有利になる」「その敵と相性有利」「その敵が本調子じゃない」

これらの要素が揃っていれば、その敵を倒そうと集中するだろ。

雷をキアさんの方へ集中させて。だから俺は懐に入れたんだ。

その上で、俺は弱い。

黒異石の残り香が付いているだけで、戦闘力皆無の人間如き視野にも入れてなかっただろ。因みにエミナさんが魔力を出してくれているおかげで残り香の反応も感じなくなっている。

これらの要素が重なって、俺はシラの背中にナイフをさせたのだ。

ナイフはキアさんが生み出してくれた物。切れ味は抜群。

「猿要素があるなら人間と身体の仕組みは多少似ているはず」という予想も的中。

シラは力なく倒れた。

 

「……………一匹」


「テメエエエエエェェェエエエエエエエエエエエ!!!」

 

エンが怒号を挙げたのと同時に目の前で爆発が起きた。エンが声を発するのと同時に駆け出し、それと同時にエミナさんが予測して放ったであろう光弾がエンに直撃したのだ。仲間や家族がピンチになって駆け寄ろうとするキャラ。どこに向かうか分かってしまうからそのまま敵の攻撃をくらう。あり過ぎる展開。お前だって一度は見たことや聞いたことがあるんじゃないのか?それにまんまと引っかかって…

こうして、兄を救出に来た二人の弟はこんなにもあっけなく捕まった。

…兄弟同士が仲が良かったことが、彼らの首を絞めたんだ。


***


猿兄弟を倒して数分後。

俺は近くの水飲み場で手を洗っていた。相手は宇宙人のようなもの。しかも命を脅かしてきた輩だ。

…それでも血は流れていた。人どころか動物を刺したことがない俺にはかなり応える。でも。これ以上時間をかけて、エミナさん達に「こいつはどこまで行っても一般人だ」と思われるわけにはいかない。残り続けている、拭えていない感覚を押し殺して二人の方へ向かう。


「…大丈夫かい」


エミナさんが声をかける。それに俺は、


「はい」

 

ほぼ反射で返事をした。

 

「「「………………………」」」

 

しばらく沈黙が続き、エミナさんが口を開いた。声色は暗い。

 

「…君に関する記憶がこの世界から消えている点についてだけど…」

 

「………………」

 

「あれは、あたし達のミスだ……本当に、申し訳ない」

 

そう言って、エミナさんは頭を下げた。言い訳もせず、事の真実と謝意を彼女は示したのだ。

 

「………俺は…これからどうなるんですか」

 

エミナさんが頭を下げたまま答える。

 

「君はこれから、私たちの世界の住民となる。オリジン・ハートで衣食住の援助を受けるんだ」

 

………違う。そうじゃない。賠償として差し出してほしいのは、それじゃないんだ。

 

「…エミナさん」


「え?」

 

俺が要求することは…


「…俺を世界均衡維持隊に入れてください」

 

「………君は」

 

「才能がないって?」


エミナさんが続けて言おうとしたのを、今度は俺が遮る。


「あぁそうですよ。俺には戦う力なんてない。さっきの作戦だって、運がよかっただけですし。実行したのはあなた方で、俺には力なんてない。所詮俺なんて庶民、いや一般人のラインにも立てていない…猿野郎ですよ……だからチャンスをくれないんですか?俺みたいな奴にはチャンスすらも与えられないんですか?」

 

「………」

 

「俺は家族も、帰る場所も、働くための権利も…何もかも失いました」


俺は頭を下げていたエミナさんの胸ぐらを掴んだ。


「『主人公になりたい』!!俺にはもうコレしかないんだ!!あんたは、俺の唯一すらも奪おうっていうのか!!夢すらも奪われて、なにもないままただ形だけ生きていくなんてもうゴメンだ!!それなら俺はいっそのこと死ぬ!!」

 

「………………………………」

 

きっと俺は気持ち悪い顔になっていることだろう。でもそんなことどうでもいい。

俺には、主人公になることしか残ってないんだ。誰が何と言おうと、コレが俺の唯一なんだ。だから———————

エミナさんが俺の手に触れた。それで少しだけ冷静になり、俺はゆっくりとエミナさんから手を放す。

 

「……………………………………………………あたしたちの世界で1年後」


続けてエミナさんは語りだした。


「その時期に、世界均衡維持隊は入団試験を行う。スカウトが基本の維持隊に、本人の意思で入れる唯一の機会だよ。特訓するなりして、試験に合格するか当日までに実績を作るんだ」


「…キアさん」

 

「ただ」


エミナさんは続ける。

 

「入団試験の合格発表までにできなかったら、その時こそ諦めること。いいかい?」

 

「…はい。ありがとうございます」

 

チャンスを掴めた。それだけでも大きな進歩だ。


「…キアに、特訓させる貰えるよう説明しておくよ。あたしはキアの分まで依頼をこなしつつシュウヤの特訓をしなき言えるか


エミナさんがそう言った。俺が特訓をすることを否定する様子はなさそうだ…ないよな?

 

「……………はい。お願いいたします!」

 

少し力が入った声を挙げると同時に、俺の腹が鳴った。

 

「………………ははっ」「……………ふふっ」

 

笑われた。エミナさんに至ってはまたで……少し離れていたところにいる、空竜シュウヤにも聞こえていたらしい。屈辱だ。


「じゃあ、彼らも捕まえて、アラタの無事も確保したことだし!帰ってご飯にしようか!」

 

俺の腹の音で、緊張感が解けたのか。エミナさんはいつもの声色に戻った気がする。

そうして俺は、彼女たちの拠点へ戻り、食事をした後与えられた部屋で眠りについた。



空竜シュウヤ。

昔、ふと見たテレビ番組で見たことだが、奴の父親は昔それなりに有名な医者だったらしい。実家は画面越しで見ても分かるくらいの豪邸で、広そうな庭園に、絵画や彫刻まであった。息子には習い事も積極的にさせていたらしく、家庭教師までつけていたとか。

つまりアイツは、0歳児から英才教育を施され、若くして芸能界に進出しているのだ。それで奴は天才と呼ばれている…当たり前じゃないか。そんな幼い頃から恵まれた環境にいたのなら。そんなところの恩恵を受け続けたなら、黒異石の力を宿せるのは当たり前。世界を守る団体の美人にスカウトされるのも当たり前だろ。

奴が主人公になれるのは世界に約束されていた。

……じゃあそれは全部お前の実力なのか?全部アイツの努力の賜物なのか?

たまたま“あたり”の親の元に生まれたから、赤子の頃から何不自由なく、良い教育を受けさせて貰って能力を高められたんだそれが。努力って言えるか?


どうしようもないじゃないか。奴が俺の欲しかったモノを全てかっさらえた理由が、

『生まれ』なんて本人じゃどうしようもないものなんだから。

なあ、お前は幼稚園児の頃から親に「怪獣」「猿」と罵倒されたことがあるか?

「あの子は普通じゃない」と親に陰口を言われたことがあったか?

父親に毎日のように「金がない」と愚痴を聞かされたか?

学校で通り過ぎる度に「キモイ」とクラスメイトや後輩に言われたことだって、

お前は一度もないだろう。


 『くたばれ』

彼のこの言葉を聞いた瞬間、俺はストンと腑に落ちた。

彼の一言が、俺の心をあっさりと代弁してくれたのだ。


これはチャンスだ。絶対に試験に合格して、お前のいる場所まで上り詰めてやる。

せいぜい踏ん反り返ってろ。お前に奪われたその“席”は、俺が必ず奪い返してやる。

お前が奪った夢を、俺の“夢”を、取り戻すんだ。

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