#21 ミステリアス系幼馴染
高校生活が始まってもうすぐ三ヶ月が経とうとしている。『ラブコメ主人公になる』を目標に掲げたこの『ハイスクールラブコメライフ』は、始まってから今まで好調の一途を辿っていた。幼馴染と再開し、新規で美少女と友人になり、男友達枠も埋まって……隣の席の美少女は現れなかったものの想像を凌駕する好調っぷりに霧也は喜びを通り越して軽く怯えていた。
(やばいな、あまりにサクサク行き過ぎている。死ぬのは明日かもしれない……。いや、主人公たるもの、一度走り出したらゴールテープを切らねばならないよな)
もうすっかり自分を主人公だと信じて疑わない霧也は、何が因果かもわからない使命感を胸にしながら教室までの道を歩
ドン
曲がり角を曲がったところで、目の前に現れた女子生徒と衝突してしまった。落下した教科書を拾い上げながら、霧也は謝罪の旨を口にする。
「す、すみません……前見てなくて」
「……あなた、渚乃のお友達?」
「へ?えぇまぁそうですけど……」
「ふぅん……」
突然告げられた渚乃の名に困惑しながらも、交友関係を露わにした。霧也の返答に、「やっぱりか」とでも言うような反応を見せる女子生徒。拾い上げた教科書を渡すと同時に、霧也は改めてその女子生徒と目が合う。その吸い込まれるような瞳に、少しばかり怖気づいてしまった。
(な、なんだこの子……。何となくヤバそうなのは分かるけれども……)
目を見た瞬間、分かり易いほどの異端さを見せられる霧也。慎重に相手からの返答を待っていると、顎に手を当てて考えていた女子生徒が再び口を開いた。
「渚乃を見てて、違和感とか……そんな感じのことは、ない?」
「い、違和感……?違和感なんて……」
突拍子もないことを聞かれ、霧也は渚乃との会話や、渚乃の情報を思い返す。まず頭に浮かんだのは、悠の「無理しているのかもしれない」という意の独り言。真っ先に浮かんだこれを挙げようとしたところで、はたと思いとどまる。
(……待て、この子が渚乃さんの友達だという確証はない。もしかしたらストーカーかもれないし……。安易に口出しするのは止めておこう)
素性の知れない女子生徒への疑いが晴れない霧也は、虚偽を挙げることにした。
「いや、特に変わったところはない、です……」
「ふぅん……」
先程と同じリアクションを取る女子生徒。答えてからもじっと見つめてくる女子生徒に、霧也は気圧されて黙ってしまう。
霧也の顔をひとしきりじっくりと眺めた後、微かに口角を上げ、謝辞を告げた。
「急にごめんなさいね、時間も押しているのに。ありがとう、それじゃ」
「あ、はいそれじゃ……」
上辺だけのような感謝を述べて、颯爽と去る嵐のような女子生徒。彼女の背中が曲がり角で見えなくなったところで、霧也は大きく息を吐く。
(な、なんだったんだマジで……。そもそも名前すらも聞いてないし)
色々思うことはあるが、頭に強く刻まれたのは彼女の笑顔だった。暖かみを感じない、冷淡な笑み。あれほどまでにきれいなアルカイックスマイルを見たのは初めてだった。
◇
(う~ん……結局なんだったんだあの子……)
その日の帰り道、霧也は一人で帰りながら突如不可解なことを聞いてきた女子生徒のことを思い返していた。名前も聞かず、名乗らず、聞くだけ聞いて去っていった少女。怪しさマックスな少女の笑顔は今もまだ霧也の頭にこびりついていた。
疑念を抱きながら歩く霧也の肩に、強い力が加えられる。猫背になりながら振り向くと、 そこには機嫌よさそうにニコニコ笑う莉樹。霧也はしてやられた顔で笑って応えた。
「よう、一人なんて珍しいじゃん。山宮は?」
「連れが今日忙しいらしくて、ぼっちかな」
「そっか、ならなおさら俺が来てよかったなぁ」
あははは、と莉樹は声を出して大きく笑う。ひとしきり笑った後、気分の沈んでいた霧也の顔を見て、申し訳なさから少し腰を下げた。
「すまん。自分ばっかり……」
「いや、天野のせいじゃないんだ!これは別件だから……」
「別件、ねえ……俺で良ければ、話聞いてやるよ」
「えっと……」
莉樹に話していいのか、と霧也は一瞬考えたが莉樹が人に言いふらすような人だとは思えなかったので、莉樹に事の顛末を話すことにした。
「その、今日不思議な女の子に会って。春谷さんのことを色々聞かれたりして。でなんだったのかなぁ、と」
「……待て、その女の子の特徴もうちょっとほしい。どんな子だ?」
「お、女の子の特徴?」
想定外の返答が来て、困惑する霧也。これを機に狙ってるのか、と少しばかり疑いながらも、やはり莉樹はそういう奴じゃないだろうという信頼が勝ったのでその女の子の特徴を並べた。
「身長は低めで、髪が長くて。ミステリアスというか、そんな感じの見た目の子だった」
「……わりぃ、そいつ俺の幼馴染かもしれねぇ」
「……嘘でしょ?」
「いや、
突如告げられた女子生徒の正体に、にわかには信じがたい事実に、霧也は目を丸くした。莉樹は顎に手を当てて続ける。
「ミステリアスで、ちっちゃくて、んで渚乃とも接点があるって……それもう俺の幼馴染だな」
「へぇ、幼馴染ねぇ……」
「すまんな斎条、信じられないだろ」
「うん、なんというか、因果が凄いというか……」
「そうだな……俺もびっくりだ……」
お互いに想像し得ない状況に、沈黙が広がる。気まずさが肥大する中、口を開いたのは莉樹だった。
「
「そんな南島さんが、なんで俺のこと知ってたんだ?」
「多分斎条と山宮と一緒にいたところをどっかで見てたんだろう。あいつ、観察眼が冴えてるからな。それでたまたま会ったから色々聞いたんだな」
「なるほど……」
「多分これからも色々と目つけられるぞ、お前。ま、なんもないだろうがなんかあったら話聞いてやる」
「あぁ、助かるよ」
色々莉樹から告げられた女の子の情報の波に何とかついていきながらも、霧也は女の子を頭の片隅に刻むことを決めた。謎だった女の子の話がひと段落したところで、莉樹がニヤニヤしながら霧也の肩を叩く。
霧也がそちらを見ると、そこには餌を嗅ぎ付けた猫のような莉樹が餌を待っていた。
「で、最近山宮と何があったんだ?日に日によそよそしく見えるんだけど?」
「……えっと」
その後、莉樹の思うがままに搾取された霧也は、家に帰る頃にはメンタルが疲弊しきっていた。
◇
私はとても変な女の子だったようで、周りの子は誰も寄ってきてはくれなかった。コミュニケーション能力が人一倍乏しい私は、中学校という新しい環境で友人という立場の人間を獲得することは出来ず、いつも教室の隅っこで隙あれば絵を描いているような、言わばとても怪しい女の子だった。
日を追うごとに上達していくイラスト、日が経てども成長しない自分。対照的なそれは私の心の拠り所だったと同時に私の愚かさを表した私の首を絞める縄でもあった。
でも、そんな私にも転機が訪れる。
「おぉ~!絵上手だね!……ねね、これとか描ける?」
たまたま近くを通りかかったのだろう。スクールカーストで言えば完全に上位の春谷渚乃が、私の絵を見てこう告げた。私の自己満足だったもので、賞賛してくれる人がいる。その事実だけで私はとても幸福感で満たされた。
その日から、春谷渚乃が私と接点を持つようになった。暇さえあれば私に話しかけてきて、たまには上位グループの輪に混ぜてくれる。自分と別世界の人と話すのは難しかったが苦しいとは思わなかった。
充実した日々を送れていた、ある日のことである。ひょんなことから春谷渚乃に潜む裏を見てしまった。普段の彼女からは見えなかった、私と似たような悲観的な部分。それを見てから、私にはある感情が芽生えた。
たった一人の友人を、私が守らなければ。否、私が守りたい。
自分勝手な独占欲ともとれるこの感情は、私にとっては正義となり、私を動かした。
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