#22 六音様の仰せの儘に

六音が霧也に接触した日の翌日。休日ということもあり夜更かしをすることにした莉樹は、鳴った腹の赴くままに家を出た。時刻は午前一時を回りそうな深夜。住宅地とは言えど街行く人は一人として見かけない。閑散とした空気の中、左からドアの開く音が聞こえて、莉樹はそちらを見る。そこにはジャンパーを着た幼馴染、六音がいた。


「あ、莉樹」


「六音……こんな遅くにどこ行くんだ?」


「コンビニ。こんな遅くにどっか行くのは、莉樹も同じでしょう?」


「まぁな、人のこと言えねぇか。俺もコンビニだから、一緒行こうぜ」


「えぇ、行きましょう」


そうして莉樹と六音は、肩を並べてコンビニへと歩き出した。広がる静寂、会話を切りだしたのは莉樹だった。話題は当然、霧也とのことである。


「なぁ六音。、前にきり……ある男子と少し話てしたって聞いたんだけど」


「ある男子……?誰のことを指しているの?」


「前髪の長い……ほら、前にぶつかった子」


「あぁ、あの人。そうね、少し話したわ」


「渚乃のことを色々と聞いたとか、本当か?」


「……怖いわね。そんな情報どこから持ってきたの?」


「本人の口から直々に聞いたんだよ。渚乃のことが心配なのはわかるが、あんま迷惑かけんじゃないぞ」


「迷惑、ね……」


歩きながら、顎に手を当てて何かを考える六音。少しばかり考えてから、微かに口角を上げて莉樹に目を合わせる。夜に見たからということもあるだろう、その瞳の吸引力に拍車がかかっている気がした。


「そうね、私も名乗らずに非常識だったかも。気を付けるわ」


「頼んだぞ、そいつ俺の友達だから」


「……あなた、友達なんていたのね」


「お前と違って、な」


悪戯っぽく笑う六音に、莉樹もまた馬鹿にするように笑って返した。そうこうしているうちにコンビニに着いたので、適当に菓子とコーヒーを買ってそそくさと出た。早速開けてコーヒーを飲む莉樹に、六音は問う。


「莉樹は、大学とかどうするの?」


「大学、ねぇ……なるべく都心に行きたいけど、俺頭悪いからな。六音はどうすんの?」


「渚乃と同じところに行くわ。一人にするのは心配だもの。けれどそれは、渚乃も望んでいるとは言えない……意思を無視して自分勝手に行動するのは、庇護ではないもの」


「そうか……まず今は、目の前の問題から解決しようぜ」


「勿論、莉樹も協力してくれるわね?」


「……仰せのままに、姫」


「宜しい」


六音が握手を求めて伸ばした手を、冗談めかして握る莉樹。応えられて安心したような表情を浮かべた六音を見て、強く自覚したのだった。この手を握った以上、自分にはこの幼馴染と、彼女が大事にしている友達を救いきる義務があると。

週明け、この日もいつもと変わらず妃貴と渚乃と昼食を取る霧也は、いつもと違って渚乃の顔色を注意深く窺うようになっていた。普段通りの、晴れるような笑顔で妃貴と接する渚乃。その姿ですら、六音から言われたことを含んでは裏のあるように見えてしまっていた。錯覚なのか、真実なのか。未だ霧也はその真意を知らないままである。


(本人に直接聞いてもいいのかなぁ……。なんもない可能性も捨てきれんけど、絶対なんかあったしな……)


聞くこと自体が地雷になって関係性が悪化する可能性のある質問を、霧也は考えていた。当然安易に聞くような軽い男ではない。だがこれをしないと何も進展しないのもまた事実であった。


「どうしたの、霧也さん?なんか今日はやたらと目が合うけど……もしかしてなんか私におばけでも憑いてる?」


「あ、えっと、その……」


「なに霧也、確かに渚乃ちゃんがかわいいのは分かるけどあからさますぎだよ」


「ち、違う!そんな節操ないやつじゃないわ!」


渚乃から見ていたことがバレて、分かり易く狼狽える霧也。どちらかといえば謎が深いお前の方がおばけだろと内心思いつつ、身の潔白を証明する。と、ここで髪が短くなっていることに気付き、霧也は好機だと短くなった髪に触れた。


「その……か、髪短くなってるから切ったのかなぁ、と」


「え……あぁ、切ってはないよ。少し結んでるだけ。良く気付いたね」


「あたしでも気づかなかったのに、やっぱり霧也……」


「だから違うって!!」


弁明しても尚晴れない妃貴の疑念に、苦渋を混ぜて叫んだ。それからまた妃貴と談笑する渚乃の会話に、霧也は興味のないふりをして聞き耳を立てる。だがやはりその声色は酷く純粋で、霧也の懐疑は薄れていくばかりであった。


(やっぱり声色だけで読むのは難しいか……。ならばあとは直接聞くしかないのか?)


昼休みが終わっても、授業中でも考え続けたがやはり「本人に聞く」しか方法はなく、霧也は頭を抱えた。話せる機会が少なく、機会があったとしても周囲に人がいる状況しか想像できなかったからだ。ならばあとは、自分で機会を作るしかないのだが……女の子を呼び出すことなど皆無の霧也にはそれ相応の覚悟が必要であった。


(直接聞けなくても他を当たれば……そもそも俺が介入していいのか?いや、考えるのは止めよう、思い立ったが吉日だ)


くよくよすることを止めた霧也は、思い当たる人物へと一通のメッセージを送った

「よう、一緒に帰りたいだなんて珍しいじゃねぇか」


「うん、ちょっと聞きたいことがあって」


「なるほど、乗った。とりあえず行こうぜ」


霧也がまずあてにした人物は、莉樹であった。渚乃のことを心配している女子の、幼馴染。少々遠い気はするが、何かしら断片的にも知っている可能性があるので話が聞けるかもしれない、という魂胆だ。


「で、聞きたいことってなんだ?もしかして、本格的に山宮を堕とそうっていう話か?」


「だから俺と妃貴はそんなんじゃないって……聞きたいのは、渚乃さんについてのことなんだ」


「渚乃について?……それは、中学の頃の話か?」


「なんか前にあったんじゃないかって思って。その反応、やっぱりなんかあったんだね」


「そうだな……ちょっと真面目に話すか」


恋バナをするような雰囲気ではないことを察した莉樹は、一度咳払いをして自分を正してから、話を続けた。


「あいつ、確か今のクラスでも学級委員なんだってな。中学の頃もそういった役を任されるようで、教師からの評判も良かった。……けど、それが渚乃を苦しめてたんだろうな」


「苦しめてたって……どういうこと?」


「あぁ、俺の憶測だぞ?憶測なんだが……ニコニコしてみんなに振る舞うところを見ると、やっぱり純粋なそれには見えないというか……少し無理してんのかもな。前も、今でも」


「今でも……」


珍しく顔色を落とす莉樹を見て、その言葉が真実であると霧也は瞬間的に悟った。普段から明るい女の子が、本音を押し殺して笑っている。想像するだけで、心にかかる負担というのがひしひしと感じられるようだった。


「……すまん、俺から話せることはこれくらいしかない。何せ同じクラスじゃなかったからな。こういうことに関しては六音の方が詳しいと思うぞ」


「いやいや、こっちこそごめん。俺が介入したところで邪魔になるってことは分かってたんだけど……南島さんのこともあってから、ちょっと気になっちゃって」


「邪魔だなんて言うなよ。人が多い方が渚乃を何とかできるかもしれないしな。協力してくれるとありがたい」


「そっか……なら、できる限りを尽くすよ」


「おう、よろしくな」


それから、二人は駅で別れて、霧也は一人ホームのベンチに座って考えていた。自分にできる「できる限り」とは、何かを。


(俺に、できること……ダメだ、何をしても無駄口になる未来しか見えない……)


不明瞭な真実を前に、霧也は只無力でしかなく、加え渚乃の意思を無視して自分勝手に動くのはそれも何か違う気がして、今のこの段階で救う手口など見つかるわけもなかった。そんな自分に嫌気が刺して、霧也は買ったコーヒーをやけくそに呷った。

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