#17 Rainy tiny story
悠と若菜のデートの安泰を見届けた騒々しい休日を越え、未だわずかに残っている疲れを背負って迎えた月曜日。外はしとしとと朝から絶え間なく降る雨で普段より暗く、月曜日特有の憂鬱な雰囲気を際立たせていた。そんな多数派の感覚に対して雨の鬱蒼とした雰囲気に心地よさを感じる霧也は、特に何をするでもなく窓から見える校門を頬杖をついて眺めていた。すると、肩を並べて登校する悠と若菜の姿が目に入り、霧也は苦笑する。
(やっぱり上手くいったんだな……良かった)
あーだこーだ言ったが密かに二人の仲を案じている霧也は、仲良さそうな二人を見て安堵した。と、耳に入ってくるクラス内の女子の声に眉をひそめる。
「あー!また錦戸くんあの女子と一緒にいる!!」
「なんなのよあの子!!急に現れて錦戸くんと仲良くして!!」
その声は、主に嫉妬を叫んだ声。悠は校内でも屈指のイケメンのため特定の女子と仲良くしていることで他の女子からの反感を買うことなど想像は容易だ。が、その僻みの声に霧也は微かに不快感を覚えていた。
(どいつもこいつもこればっか……。僻んでる暇あったらアタックしろっての)
現に行動を起こしている若菜と小言を吐く女子を比較してはぁと溜息を付く。霧也も霧也で行動をやすやすと起こせるタイプではないからか、勇気ある若菜がとても輝いて見えていた。
「なにそんな溜息ついてんの?月曜だから?」
「うぉっ、妃貴か。……まぁ月曜ってのもあるが、あれだあれ」
藪から棒に現れた妃貴に驚きつつ、溜息の根源に指を指す。指された方向を追った妃貴は、その先にいる複数の女子の様子を見て、首を傾げた。
「なんか集まってるけど……どういうこと?」
「あの、えっと……み、耳貸せ」
「ん?」
言われた通りに顔を近づける妃貴。自分が思っているよりも近くに来たことに目を点にさせ、反射であたりを見回す。そして誰も見ていないことを確認して、顔を耳に近づけて囁いた。
「(ほら、錦戸君と若菜さんが一緒にいるからあれこれ言ってんの)」
「……な~るほど。それにご立腹ってことか」
「ご立腹ってほどじゃないけど、ちょっと嫌だな」
状況を理解して、妃貴はうんうんと頷く。
「霧也の気持ちもわかるけど……しゃあないよ。女子なんて大体あんなもん。まだ陰で愚痴ってるで済んでるだけいい方でしょ」
「そうなんかな……」
「そうそう、現状に満足するのも、主人公のすべきことだと思うよ」
「うぐ……」
『主人公』という言葉が出てきて仕方なく黙って机に突っ伏す霧也。話し相手がいなくなったのをきっかけに、妃貴は固まっている女子をもう一度眺める。その視線は初夏の雨の日の空気のような、じめじめとした生温い視線だった。
◇
結局その日は帰りまで雨は止むことはなく、むしろその勢いを増してまでいた。下駄箱を出たところで雨が弱まるのを待っていた霧也は、背後から肩を叩かれて振り返った。
「お、やっぱり霧也か。帰らないの?」
「さすがにこの雨の強さじゃなぁ……。だから待ってんの」
「あーそうね。これじゃああたしも帰るとびしょ濡れになっちゃうな」
妃貴は雨の降り続く空を見上げる。特段帰れない、というわけではないのだが、正直この天気では帰りたくないといった強さだった。別にこれといった予定のない妃貴は、霧也と共に待つことにした。
「傘、持ってきてるか?」
「うん、折り畳みを……あれ?」
霧也に問われ、妃貴は鞄を漁る。だがしかし、そこには朝使ったはずの折り畳み傘の姿はなく。何度も確認してみてもその姿はなかった。
「まさか……ない、のか?」
「うん……ないはずないんだけど、おかしいね?」
「いや、おかしいね?じゃなくて……」
遂に諦めて鞄を背負って溜息を付く。帰れずに肩を落とす妃貴に、霧也は頭をガリガリと掻いて空を見ながら告げた。
「じゃあ俺の傘に入ってけ。帰れないだろ」
「……珍しい。霧也らしくないじゃん」
「主人公として、一人の女の子を見捨てることはできないからな」
「ふ~ん、ヒロインじゃないのに?」
「ヒロインじゃなくても、だ」
「へぇ~優しいじゃん」
丁度いいところで雨が弱まってきたので、霧也は妃貴を傘に促す。急に「相合傘」ということが現実味を帯びてきて頬を染める妃貴は、とことこと遠慮がちに傘に入る。その様子に微笑ましさを覚えた霧也は苦笑して、そして歩き出した。
◇
歩いている最中は特にこれといった会話はなく。ただ雨音がBGMとなった静寂だった。幼馴染という間柄とは思えないほどの静けさに、霧也は珍しく居心地の悪さを感じていた。
(なんで黙ってるんだ?こいつ。とにかくめっちゃ気まずい、なんか話すか……)
覚悟を決めた霧也は、なんとか直近の話題を振る。
「あー、錦戸君たち上手くいって良かったな?」
「そうだね~。何とか上手くいって良かった」
「……付き合うのかな。あの二人」
「時間の問題じゃない?」
「なるようになればいいんだけどな」
女性目線の詳しい意見が欲しかった霧也は、異性である妃貴からの良い意見に安堵する。そうして苦笑を漏らしていると、妃貴が急に距離を縮めてくる。どういうことかと戸惑っていると、妃貴は雨音にかき消されそうな小さな声で、囁く。
「ねぇ、何気なく傘に入れてくれたけどさ。こういう状況、なんて言うか知ってる?」
「こういう、状況?……ま、まさか……」
「何、気づいてなくて傘に入れてたの?そういうとこ、主人公として欠けてるんじゃない?」
「す、すまん、迂闊だった……」
今更ながら「こういう状況」が「相合傘」を指すものだと気づき、霧也は妃貴に平謝りする。気づいてくれたことにご満悦の妃貴は、笑って流した。
「あ多分あたしが幼馴染だから気付かなかったんだろうけど。それ他の女子にやってたら勘違いされてたよ?罪深い男だな」
「そ、そうだよな。気を付ける。マジですまん……」
「もう謝罪は良いよ、聞き飽きた。でさ」
そう閑話休題すると、足を止めて視線をまっすぐ霧也に伸ばした。またもや急に向けられる真剣な眼差しに、霧也は固唾を飲んだ。
「気づかなかったってことは、やっぱりあたしは霧也の中ではヒロインってやつでは、ないって解釈でいい?」
「は……?ヒロインではない、って……?どういうことだ?」
「そのまんまだよ。霧也を主人公とするラブコメの、ヒロイン。それはあたしではないんでしょ?」
「そ、それは……」
そうじゃない、と否定したかった。だができずに言い淀んで、言葉を代える。
「まだ、肯定できない。誰がヒロインかは、誰だって決まってても作中の主人公はそれを分からないし……」
「……そっか、そうだよね。霧也に聞いてもわかんないよね」
「それは、すまん……」
「別に謝ることじゃないよ。霧也は悪くないんだし。」
妃貴は正直な気持ちを吐露する。自分に背を向ける妃貴から表情は分からなかったが、それとなく気を落としていることは分かった。何か、元気づける一言を。そう考えた時、悠から言われたことを思い出して、それを口にした。
「でも……錦戸君は、俺らのことラブコメらしくていいなぁって、羨んでたよ」
「それって、つまり……」
「……まぁ、幼馴染系ラブコメってのもあるしな」
「幼馴染系、ね……面白そうじゃん」
霧也の言葉に、妃貴はわずかに表情を明るくした。それに応えるように、霧也も笑みを浮かべた。妃貴にとっては、今はこれで良かった。
それから妃貴の乗る電車を見届けた後、霧也は帰りの電車で一人、妃貴の言ったことを反芻して考えていた。
(俺の中では、ヒロインじゃない……?確かにあんまり意識はしてなかったけど、それは妃貴も意識していないはずじゃ……。いや、そもそもその前提が間違ってるからこんなことが……)
初めて訪れた悩みの種は、酷く霧也の脳を働かせた。それは夜になっても結論が出て晴れることはなく、結局次の日に持ち越すことにして眠りについた。翌朝、目覚めて感じたのは、今までにない心の重さだった。
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