#16 「『友達』、出来てますか?」
信じられない、と隣を歩く憧れの彼を見ては思う。学校の見慣れた制服ではない、穏やかさと大人っぽさを感じる私服姿の錦戸さんは、私の心を奪うには十分に足りる破壊力で。誰もが憧れる絶世の美男子の日常の姿を私も知ることが出来たと思うと、心臓が高鳴るのは自然な事だった。
「あ、あそこのゲームセンター、気になります!」
「お、いいね。行ってみようか」
ふと目に入ったゲームセンターを指差す。私のわがままにも付き合ってくれる錦戸さんは、やっぱり素敵な人だと思えた。
ゲームセンターの中はとても広く、私の近所にあるゲームセンターとは比較にならないほどのクレーンゲームがあった。そのうちのかわいいぬいぐるみが入っている台の前に立ち、百円を投入する。だが思いのほか私には技術がなく、悲しいかな、ぬいぐるみはすぐに元の位置に落ちてしまった。
「……あっ。落ちちゃった……」
「まぁまぁ、こういうのは粘り強さが大事だよ」
「そうですよね、もっと頑張ってみます!」
その後、五回ほど粘ってみたけど、結果は変わらなくて。落ち込んでいるところに、右から手が伸びて、百円が入れられた。
「ちょっと、僕もやってみていいかな?」
「も、勿論!頑張ってください!」
選手交代、錦戸さんは慣れた手つきでクレーンを操作してぬいぐるみを徐々に出口へと手繰り寄せていく。三回ほど試行してついに、ぬいぐるみは出口に落下した。そうして手に入れたそのぬいぐるみを、錦戸さんは私に渡す。
「はい、これ。取れたよ」
「えっ、でもこれ錦戸さんが……」
「ほしかったんじゃないの?」
「そりゃ、ほしいですけど、でも」
「ほしかったなら、何も言わずに受け取ってほしいな」
「……じゃあ、言葉に甘えて」
錦戸さんから譲ってもらえたぬいぐるみを、ギュッと抱きかかえて思う。もしかしたら、私にもチャンスがあるかもしれないと。そう思ってしまうほどに、今この瞬間はとてもカップルらしい。思わせぶりな錦戸さんはなんと罪深い、本当に酷い人だ。
◇
メリッサの三階の中心部には少し開けた、所々に緑が点在している中庭がある。中庭に入った頃には、もう既に空は朱に染まっていた。そこにあるベンチに腰をかけて、たくさんの荷物を持った若菜は大きく一息をついた。
「はぁ~……疲れましたね」
「結構歩いたからね。僕はこんなにあるから尚更」
「ですよね……そんなにいっぱい……」
悠は肩にかけたクレーンゲームの景品でいっぱいの袋を一瞥して、悩まし気に呟く。興が乗って乱獲する光景を真横で見ていた若菜はその時の光景を思い返して苦笑した。
「ごめんね、あの時僕だけ楽しんじゃって」
「いやいや!すごかったです、錦戸さん。まさかクレーンゲームが得意だったとは思いませんでしたけど」
「そういう動画を見るの結構好きでね。それで、取り方が頭に入ってたのかも」
「見るだけでわかるって、本当にすごいですね……」
意外な場面で悠の天才性を垣間見て、唖然とする若菜。自分の気持ちに純粋に表情がコロコロ変わるその姿に悠は自然と笑みがこぼれた。
「ふふっ、やっぱり若菜さんは面白い人だな」
「そ、そうですか?そんなことないと思いますけど」
「いや、見てて飽きないというか、なんか自分の気持ちに正直な子だなぁ、と」
「それ、馬鹿にしてませんか?」
「してないしてない、ちゃんと褒めてるよ」
「声が笑ってるんですけど!!」
頬を膨らませるように怒る若菜を見て、更に悠は笑う。小言を吐かれた若菜も、嫌
な気はせずに笑う。こうして笑いあっている内は幸せだったが、同時に奥底から蒸し返してきた「一度振られた」という事実が、若菜の顔から笑みを奪った。
急に表情を暗くして俯く若菜に、悠はなんだなんだと驚く。
「えっ、ど、どうしたんだい?どっか体調でも……」
「違うんです、大丈夫です」
「いや、大丈夫じゃないから急にこうなったんじゃないの?」
「あ、えっと……」
心配させまいと、若菜は弁明の言葉を探す。そこで合わせた悠の目が、まるで全てを見透かしてきそうで。躱しても躱しきれないと悟った若菜は、顔を俯けて弱く呟いた。
「すみません、なんか急に振られたことを思い出してしまって……」
「そうか……ごめん」
「いや、錦戸さんが謝ることじゃないんです!私こそ、本人の目の前で言うことじゃないですよね」
「いや、それは良いんだけど……」
「……私、ちゃんと友達出来てますか?やっぱり気まずさとか、ありますよね……」
「……」
急な若菜からの問いかけに、押し黙る悠。友達だと思っていないわけではない。ただ今、目の前の女の子は失恋にて傷心中なのだ。より繊細になっているから、丁寧に扱わないと壊れてしまう。壊さないようにと、悠は割れ物を扱うように慎重に言葉を選んで答える。
「僕、今まで色んな女の子から告白されてね。自分で言うのもなんだけど、モテてたんだ」
「えっ?」
「ごめん、急に自分の話を始めて。でも少し聞いてほしい」
突如、話し始めた悠のその言葉には、今までの会話では感じられなかった重みがあった。普段の悠とは違うそれを纏った悠に従い、若菜は黙って話を聞く姿勢を見せる。その姿勢を見て状況が整ったのを感じた悠は、話を再開した。
「告白してくることは、嬉しいんだけどさ。断った後で『何で振ったの?○○ちゃん傷ついてたよ』とか、『遊んでたんでしょ』とか、いろいろ小言を吐かれて」
「……」
「君みたいに『じゃあ友達になろうよ』って言ってくれた子もいたんだけど、結局自然消滅したりして。それで、女子からは小言吐かれるし男子からは僻み言われるしで、疲れちゃって」
「だからしばらく学校来てなかったんですね……」
「そうかも。でもある日、クラスメイトの男子が一発言ってくれたらしくてさ。『振られたのもモテないのも努力不足だろ!!』って。ちょっと強引だったかもしれないけど、仲間がいるって思えて、自信が持てたんだ」
「あっ、それ言ってました!東藤くん、だったかな」
「そうだね、東藤は凄いやつだよ。それで僕、中三から学校に来て、行かなかった分必死に取り返して、それで僕のことを知らない人が多い彩凛に来たから波風立たない日を送れて」
「そこに、私が告白しちゃったんですか……」
自分のした行動に責任を感じて、若菜は肩を落とす。そんな気分の下がった若菜を再起させるように、悠は声色を明るくして話を続けた。
「始めは君のこと、どうせって思ってたんだ。でも君は、僕が振った後でも話しかけてきてくれた。クラスが違ってても、僕に関わってきてくれた。正直、驚いたよ」
「そう、ですか……?」
「そう。今までの女の子とは違う、東藤みたいな仲間だと思えて。それで僕、決心したんだ。この子には真剣に向き合わないとダメだって。義務感じゃなくて、心からそう思った」
「えっ……」
「もちろん気まずさというか、負い目は少しあるけど、それ以上に僕は君と話してて楽しいんだ。男女の友情とかあんまり信用してなかったんだけど、君と話してて色々思い出した、気がする」
「そっか……それなら、良かったです」
「……僕は君を、ちゃんと友達として認めている。だから、そんな友達出来てるかなんて心配、しないでくれよ」
「……!」
そう言い優しくはにかんで。若菜を諭す悠。心の底からの笑みだと瞬間的に解った菜は、それに応えるように、微笑んで言葉を紡いだ。
「はい、ありがとうございます……!……はぁ、よかったぁ……」
「そんなに心配だったのかい?気負いすぎだって」
「だって、好きな相手からどう思われてるか、気になるじゃないですか~」
「まぁ、そっか」
一通り話し終えて、悠はほっと一息つく。若菜もそれに合わせてほっと一息……つこうとするが、ここで言いたいことを思いついて、腰を上げて悠の前に立つ。そして、宣戦布告した。
「でも!絶対錦戸さんのこと惚れさせてみせますから!!覚悟していてくださいね!!」
「……ありがとう。嬉しいんだけど……他の人も見てるよ?」
「うぇっ!?」
くるくるとあたりを見回すと、悠の言う通り複数から注目を集めていた。頬を紅潮させて弱々しくベンチに座り込む若菜に、悠は自然と微笑みを漏らしていた。
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