#15 他人のラブコメを覗き見するラブコメ主人公
そうして迎えた土曜日、今日は悠と若菜のデートの日である。特に予定のない霧也は、デートの成功を祈りつつ溜めていたアニメを一気に消化して幸福感に満たされる有意義な休日を過ごす……はずだった。その予定は早朝六時に霧也を不快にも起こしたメッセージで破綻してしまったのである。
『今日のデート、あたしらも尾行しない?』
『勝手にやってろ』
いつしか悠に『知るか』と送った時のようなスピードでメッセージを返して微睡む目を閉じて睡眠に戻る。ことは許されず、立て続けにスマホは音を立てて揺れた。
「……チッ。なんだよ、ったく……」
観念してスマホを開くとそこにはバイブレーションの数通り三通のメッセージが送られていた。それを苦虫を嚙み潰したような顔で表示させ目に映す。
『おいおい』
『ここまで来て続き気にならんか?』
『あたしは気になる』
『別に気になっても行かないのがルールだろ』
『でも気になるし……』
『そんなん言われても……』
この恋の行く先が気になるのは霧也も同じだった。学校屈指のイケメンのデート、気にならないはずがない。アニメで言えば三話くらいのところである。
だがせっかくのデートについていくというのは、モラル的にはどうなのだろうか?という疑問が霧也の決断の足を鈍らせていた。
(もしバレたらなんて弁明すればいい?そこは適当に誤魔化せばいいか。問題は妃貴と二人でいることだ。どんな勘違いされたものか……)
『ラブコメらしい』と言われたことですっかり頭から抜けていたが、『ラブコメらしい』と言われたということは妃貴と渚乃が少なくともヒロインの域にいると思われておる可能性があるということだ。そんな時に妃貴と二人でいるところを見られたら、甚だしい勘違いをされてしまうだろう。
何より若菜の方は二人きりでデートを楽しみたいだろう。そんな時、悠のとはいえ知り合いに出会ってしまったら居心地が悪くなってしまうかもしれない。何せ若菜にとって霧也と妃貴は他人である。もし邪魔になってしまった時、霧也は責任を取ることが出来なかった。
『やっぱりやめよう。もし見つかったら問題になる』
『見つからなければ問題ないってことだよね?』
『……何が言いたい?』
『霧也、眼鏡をかける覚悟はあるか?』
「……」
そのメッセージを前に、霧也は硬直した。
◇
休日だからか多い人の流れを目で追いながら妃貴の姿を探す。いつもとは違う格好で来るということなので、幼馴染とはいえ目を凝らして。
(くっそ……コンタクトに慣れてたからか少し遠くが見えないな……)
霧也は棚の奥から引っ張り出した、もう二度と見ることはないだろうと思っていた眼鏡をかけていた。コンタクトの霧也と眼鏡の霧也ではまるで別人のように変わるので、ぱっと見霧也には見えない。全て、妃貴の策略である。
「あ、いたいた~。懐かしい格好だね~」
「……いや、誰だよお前」
しばらくして霧也の前に現れた妃貴は、おおよそ妃貴ではなかった。フレームの黒い眼鏡、白くてほぼ無地のキャップ、大きいリュックサック……学校でスクールカースト上位にいるような想像ができないような、そんな格好だった。
「失礼だなぁ幼馴染なのに。かわいかろう?」
「一見ただのオタク女子だな」
「ただの!?オタク女子は良いとして、"ただの"!?」
「率直な感想を述べたまでだ」
「あたしだって女の子なんだから少しは気使いなさいよ!」
「やだよめんどくさい……」
あーだこーだと抗議の声を荒げる妃貴を霧也は適当にあしらって宥める。そうして落ち着いても尚不満げな顔をする妃貴をもう一度眺めた。
(ちゃんとかわいいのおかしいよなぁ~)
格好は違えど雰囲気はちゃんと妃貴。そもそもの素材がいいため、少し妃貴らしくない格好でも様になっていた。正直に言う度胸など備わっていないが、霧也は似合っていると一目見て思った。
「で、そのデートの場所ってどこよ?」
「そこだって。あのデカい建物。たしか、め、メ……」
「デカい建物……?いや、あれメリッサって言うんだけど知らなかった?」
「そ、そうなのか……」
霧也の指を指す先を見て、妃貴は呆れ気味に訂正する。あまり外出をしないため大型商業施設の名前すら知らない霧也には、当然のように名前など分かるはずがなかったのだった。
◇
学校でも目立つ悠は外でも相当目立つらしく、昼時になって混雑するフードコートでも難なく見つけることが出来た。私服でかっこよさがさらに際立ってオーラを放つその姿には、他の客数人も目で追うほどのようだ。
「さすが、イケメンって感じだね。あたしでも羨ましいもん」
「まぁ錦戸君だし、あそこまで魅せつけられるともう嫉妬とかもないというか……」
「あんたには到底無理でしょうねぇ」
「分かりきってるよ、そんなこと」
唐突な煽りをさらりと受け流しながら、注目の的になっている悠と、その後ろを着いていく若菜を観察する。若菜は好きな人と一緒にいるからか笑顔を絶やさずに悠と談笑している。若菜も十分美人な部類のおしとやかな女子なので。二人が並んで歩く様はとても画になっていた。
「なんだかんだ錦戸君のこと心配してたけど、上手くいってそうだな」
「そうね……あれで付き合ってないんだから世界って不思議だわ」
「さて、もう観察したし、あとは適当にぶらぶらして帰ろうぜ」
仲睦まじい様子を存分に味わって満足し、霧也は席を立った。バッグを肩にかける霧也を、信じられないと妃貴は目を見開いた。
「え……?何帰ろうとしてんの?」
「いやいや、さすがにマジで尾行とかできないし」
「まだ一時間も経ってないんですけど?」
「もう上手くいってそうだしいいんじゃね?」
「デートはまだ始まったばかりだよ?」
「でもさぁ……」
頑なに帰ろうとしない妃貴。何とかして帰らせようと粘っていると、急に妃貴は席を立ち、霧也の肩をがっちりと掴んだ。突然の拘束に口を開けて呆けている霧也に、声のトーンを低くして諭す。
「デートはまだ、始まったばかりだよ……?」
「ッ……!」
耳に入ってくる声から感じられる、気迫。その目には闘志が宿っていて。霧也はその声に気圧され、言葉を失う。
名言のように発せられたその言葉を、霧也はゆっくりと嚙み締め、反芻して理解する。そうしてたどり着いた結論を、その本気の面持ちの幼馴染に告げる。
「お前、恋の行く末とか言って着いていきたいだけじゃねぇか」
「……そうですが、何か」
図星を指され、開き直った妃貴に、霧也は負けを認め、渋々着いていくことにしたのだった。ここまで本気になられると、もう説得はほぼ不可能だった。
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