#14 『ラブコメらしい生活』

「ねぇ、本当に来るの?その二人」


「う~ん……確かに昨日食堂に行く二人を見たんだけどなぁ……」


「人違いだったらどうすんのよ……」


「特徴的だから間違うなんてことないはずなんだけど」


悠と若菜のことを観察することにした三人は、霧也の目撃情報を元に食堂へと足を運んでいた。そしてその目的の二人のことを待っているのだが……いかんせんなかなか現れない。特に悠は目立つ見た目をしているし顔見知りのためいれば気付くはずだが、その姿は未だ見受けられなかった。


待っている内にも、人気のある食堂にはどんどん人が集まっていく。探すのが困難になっていく中、出入り口に目立つ茶髪の男子生徒が女子生徒を隣に現れていた。


「!!いたぞ、あの二人だ」


「あ、あの人……って錦戸さんじゃん」


「えっ、渚乃ちゃん知り合い?」


「知り合いというか、同じクラスなんだよね」


「えぇ~あんなイケメンと同じクラスとか、羨まし~。てか霧也、なんで名前出さなかったん?」


「いや、知らないかなぁと。名前出すのも失礼かなと思って」


「さすがにあのイケメンは知ってて当然だわ。早く行ってくれれば話は早かったのに」


妃貴から指摘されてそっぽを向いて答える霧也。その二人のやりとりの最中、悠たちのことを鵜の鷹の目で観察している渚乃。その妙に真剣な様子に、霧也は懐疑的な視線を送った。


「渚乃さん、そんな気になりますか?」


「まぁ、ちょっとね。色恋には敏感なタイプなの」


「奇遇だね渚乃ちゃん。あたしも恋愛事情には手を出さずにはいられないの」


「お前は脳内お花畑なだけだろ」


「失敬な。あたしだって一人の乙女だし恋愛には憧れるわ」


「そ、そうか……」


妃貴に『乙女』な部分があった事に驚きつつ、霧也も妃貴に続いて二人を観察する。


まずは若菜の顔を伺った。笑顔、例えるなら春に咲く花のような笑顔であった。このことからまだ彼女が降られた後でも恋の渦中であることは分かる。


悠の顔には……若菜とは打って変わって貼り付けたような笑顔があった。未だに告白を断ったことを気にしているらしかった。


(関係は見てくれは良好……とは言えるけど、内面まで安泰とは言えないか。そりゃそっか、振ってからそれほど経ってないしな。それよりも……)


霧也は悠の周囲を見回した。そこに闇を携えた目で二人を見る女子の姿。僻み、嫉妬、憎悪、そのどれもが入り混じったような、そんなハイライトのない目で、若菜のことを見ていた。


(ま、そりゃそうだよなぁ~。学年屈指のイケメンが他の女子とつるんでるとなるとそうなるか……)


如何にも少女漫画のモテモテ男子のような注目を集める悠に大きく溜息を付く。十分観察して見飽きた霧也は、食事に手を付けながら妃貴に問いかける。


「観察してなんかわかったか?」


「う~ん……。やっぱりあの女の子の肝座りすぎでしょ。普通振られた男子にあんなニコニコできない」


「そこじゃなくて……もっとほら、いい感じとかそこらへん」


「いい感じはいい感じなんじゃない?錦戸君がどんな人か分からないけど、あんたの言う通りならデートでも上手くやるでしょ」


「私も同感。女の子の方もかわいいし、やり方次第では逆転あり得るよ、これ」


「そ、そうか……渚乃さんが言うなら間違いないか……。じゃあもうそろそろ止めとこっか?」


食事も忘れて本気になって恋の発芽を見守る二人を、霧也は呆れ半分飽き半分で宥めて止めさせる。ちらっと悠の方を見た瞬間、視線に気づいた悠と目が合った。そして、笑顔で手を振られた。


(あー……これ相当怪しまれるなぁ~……)


後の面倒事を予測して肩を落としながら、霧也は弱々しく手を振り返した。

その夜、霧也は知り合いの女子に相談した結果を悠に報告していた。通話で聞こえてくる悠の声はいつになく真剣で、誠意が汲み取れた。


「……で、錦戸君なら大丈夫そうって言ってたよ」


『そうか……なら良かったよ、ありがとう』


「いやいや……俺はそんな」


普段よりも神妙さを持った声で話す悠。それほど慎重に若菜と関わろうとしているのだろう。その誠意と紳士さに感心しつつ、デートの成功を祈る傍ら、この少し面倒だった事柄が終わりそうな雰囲気があることに喜びを覚えていた。


そうして安らかな心持ちになる中、また悠が神妙な声色で霧也に問いかけた。


『そういえば……あのお昼のことなんだけど』


「お、お昼……?」


(バレたか?)と警戒して言い訳を考えながら続く言葉を待つ。そうして続いた言葉は、霧也の想定とは大きく反していた。


『春谷さんとご飯とは……やるじゃないか。霧也君もなかなかいい男なのかね?』


「え!?あぁまぁ……なんやかんやあって、最近はよく一緒してる、かな」


『へぇ~。春谷さんの隣にいる女子生徒は誰なんだい?』


「あ、あれは俺の幼馴染で……」


『ふぅ~ん。霧也君も侮れないなぁ』


「そ、そうかな……」


画面の先でニマニマしているのが分かるような声に、悠もここまで他人の色恋には興味があるのかと霧也は微苦笑する。その後も悠は、霧也に煽るように質問をして関係を探る。


『幼馴染とはいつから?』


「えっと、小学校くらいからかな。中二の時に一回離れちゃったけど」


『つまり高校で再開したってことかい?ロマンチックだねぇ~。で春谷さんはその幼馴染から?』


「そうだね。渚乃さんとはそっから」


『僕よりも早く名前呼びか……結構コミュ力高め?』


「いや、そういうわけじゃないかな……」


『そうなんだ……でもすごいよ、こんなラブコメみたいな生活送れて。羨ましいなぁ~』


悠が放った『ラブコメ』というワードに、霧也は反応してぴたりと表情を固めた。そうして押し黙った霧也に、悠は「やりすぎたか?」と心配した声色で方向転換した。


「ご、ごめん……変なとこまで踏み込んでしまったかい?」


「……送れてるかな」


『へっ?』


「俺、ラブコメらしい生活、送れてるかな……?」


『えっ、ま、まぁ話だけ聞けば結構ラブコメらしいとは、思うけど……』


「そうか、良かった……良かったッ!!」


『はぇ!?』


急に大声を出す霧也にびっくりしてついスマホを耳から遠ざける悠。無理はない、ラブコメらしいと言われることが、霧也の目標の一つであり、今現在、達成されたのだから。


「本っ当にありがとう!!そう見えるって言ってくれて俺は嬉しい!!!」


『あ、ど、どういたしまして?どういう事情かは分からないけど』


「嗚呼、嬉しい……。これで俺も『ラブコメ主人公』に一歩近づいたんだな……」


『ら、『ラブコメ主人公』か……よくわかんないけど喜んでくれて良かったよ……』


急にらしくない霧也の姿に、悠は唖然とした表情で応対する。それからしばらく悠のことそっちのけで喜んだあと、霧也はまたスマホを手に取って大きな声で告げた。


「錦戸君!!デート、頑張って!!応援してるよ!!」


『あ、うん、ありがとう?』


「じゃあ、俺やることあるから切るね!!」


『うん、じゃあまた……』


そうして通話は幕を閉じた。終わった後でも、悠は先ほどの出来事に現実味を持てず、しばらくベッドの上で状況の理解に時間を使っていた。


一方そのころ霧也は、


「よしっ!!きたっ!!このまんま行けば……!!」


夜中にも関わらず声を上げて歓喜の限りを尽くしていた。そうして喜ぶだけ喜んだあと、ラブコメ漫画を取り出して主人公を凝視しては自分と重ねて興奮するという、悠に言ったに勤しんでいた

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