#13 その相談、俺にされても困る
「錦戸さんのことが好きです。私と交際してくれませんか?」
「あ~……えっと~……」
某日の放課後、人気のない校舎裏の木の下、告白にはうってつけと言えるその場所で、悠は別クラスの女子から告白を受けていた。
真っ直ぐな眼差しと差し出された手を前に、悠はがりがりと頭を掻いた。反応に困るのも無理はない、好きとかそうじゃないとか以前に、悠はこの女子を知らなかったのだから。
「ごめん、僕は君のことを知らないみたいで……もし知人だったらごめんだけど、名前を聞いてもいいかな?」
「えっ……
「くろ、がね……あぁ、若菜さんであってるかな?」
「はい!鉄若菜です!!」
悠が名前を覚えていたことにあからさまに喜ぶ若菜。だが悠にとっては苗字を聞いてやっと思い出すくらいの女子。しかも中学生時代あまり学校に行ってなかったのだから、名前を覚えているだけすごいというものである。
(う~ん……話したことない女子の告白を受け入れるわけにもいかないよな……この子にも悪いし)
そう結論づけ、あまり言いたくはない言葉を口にした。
「そっか……ごめん、若菜さん。僕は告白を受け入れることは出来ない。本当にごめんね」
「そう、ですか……」
真正面で告白を断られ、若菜は俯いて気を落とす。女の子を傷つけたことに酷く罪悪感を覚えて、悠は視線を泳がせてまた頭を掻いた。
しばらく流れる静寂。気まずさマックスの現在、場を離れるタイミングをなくしてその場に立ち尽くしていると、拳を固めた若菜が再度悠を見上げて告げる。
「なら、お友達からでもいいですか?本当はここで諦めるつもりだったんですけど、やっぱり振るなら私のことを知ってから振ってほしいと思っちゃって……ダメ、ですか?」
「あ、あぁ、そうかい……。まぁ友達くらいなら、いいけど」
「ホントですか!?やったぁ……」
先ほどの悲しみなど忘れるような様子でガッツポーズをする若菜。息を吹き返したことに内心安堵しつつ、悠は若菜を少しずつ思い出しながら人間分析をする。
(鉄、若菜……たしかクラス委員だっけ?てことはある程度人当たりは良いってことか。いつもみたいなものとは別か……なるほど)
急に顎に手を当てて考え出した悠に、若菜は首を傾げる。
「錦戸さん?大丈夫ですか?」
「あぁ、ごめんごめん。もういい時間だし、帰った方がいいよ」
「そうですね、帰りましょうか」
「僕は教室に忘れ物したからそれ取ってから帰るよ。若菜さんは先帰ってて」
「分かり、ました。それじゃあまた来週に」
しょんぼりした様子でその場を去る若菜。その背中を見送り、見えなくなったところで、スマホを開いてメッセージアプリを起動する。 そうして流れた手つきで目的人物にメッセージを送り、ぽつりとつぶやいた。
「三人目、か」
◇
一週間後、三時間ほどかけて小説を読み終えた霧也は、背伸びをした後スマホを開いて現在時刻を確認した。読み始めた頃は八時頃だったので既に十一時近くを回っている。
と、時刻の下に表示されるメッセージ通知に気が付く。霧也はそれを見て多少の焦りを感じた。
「やべっ、忘れてた……」
メッセージは家に帰ってすぐに送られていたものだったので存在自体に気付いてはいた。だがすぐ既読を付けるのはいかがなものかと放置した結果、相当な空白を空けてしまった。
画面を連続でタップして急ぐ。そうして表示されるメッセージを見た途端、霧也に微量の殺意が生成された。
『女の子とデートに行くことになったんだけど、どうすればいい?』
悠からのメッセージを見て相談風自慢と判断し、速攻で『知るか』と返してベッドにスマホを投げ捨てる。枕の上に着地したスマホが、バイブレーションでメッセージの通達を知らせた。
『そんなこと言わずに少しくらいは助けてくれよ』
『とは言っても俺もよく分からないし……』
『話聞くだけでもいいからさ』
『まぁ、話くらいなら』
『ありがとう』
『これは今日あった話なんだけど―――』
そうして霧也は、悠から事の発端を聞いた。その女の子の詳細と、今の関係と、その他諸々。聞けば聞くほど募る嫉妬心を鎮静しながら、なんとか一通り聞き終える。
思ったより真剣に語るところから相談風自慢ではなさそうなことのみ分かった。
(デートの話されても俺には分からないって……)
女の子と交際経験はおろかお出かけや手を繋いだことすらろくにない霧也には、ラブコメ由来のなんちゃって恋愛しか知らなかった。現実と二次元を直結して考えられるはずもなく、頭を抱える。
『デートはいつ?』
『今週の土曜日かな』
『まだあるな』
時間があることを確認して、再度試行錯誤に戻る。デートで最低限必要になるのは恥ずかしくない服装と気配り力。相手が一度振った相手となると、振った後に変に優しいのは不自然だし匂わせだと思われてしまう。つまり、過度に期待をさせず、過度に傷をつけないようないい塩梅のエスコートのスキルが求められる……と霧也は考えた。
だがこの考えがあっているのか、今の霧也にはそうだと言える自信がなかった。
『この話、俺の知り合いの女の子に持ってってもいい?』
『いいよ、その方が助かる』
『分かった。明日話してみるよ』
答えは先送り、という結果でこの日は幕を閉じた。
◇
翌日、霧也は妃貴に昨夜の悠の相談内容を、名前を伏せて話した。霧也の想像以上に話に乗っかった妃貴は昼食を食べる手を止めて考える。
「一回振った女の子とデートね……めちゃくちゃ気まずいじゃない」
「そう、めちゃくちゃ気まずいんだよ」
「その女の子もすごいね。自分のことをこっぴどく振った男とお出掛けだなんて、どんなメンタルよ……」
「こっぴどくかどうかは分かんないけど、半分は同意だ」
妃貴なら女子だし陽キャだしすぐ答えが出るだろうと思っていた霧也は、悩み込むその姿を意外に思っていた。ここまで真剣な顔をするのを見るのは久しぶりだった。
「その男子はイケメンなの?」
「まぁ顔はかっこいい方だな。雰囲気も爽やかイケメンって感じ」
「ルックスも性格もクリアって判断していいかな」
「なんか、いつになく真面目だな」
「女の子には成功してほしいからね」
「そりゃあ、お優しいことで」
「あたしはいつでも女の子の味方だからね」
そう言って妃貴は無い胸を張る。自信満々な様を恥知らずを見る目で見る霧也。その後、霧也は隣で手持ち無沙汰な渚乃にも話を振った。
「渚乃さんも、なんかアドバイスとかないですか?」
「私も特に経験があるわけじゃないしなぁ~。その子たちの情報も少ないから何とも言えないな……」
「すみません、男の子の方も最近仲良くなったばっかりで俺も詳しいことはよくわかんないんです……」
「う~ん……」
三人して答えが出ないまま悩むこと数分。ふと何かを思いついた妃貴が、不敵な笑みを浮かべてその案を告げる。
「そうだ、デートの日までその二人のこと観察しようよ」
「なるほど、その心は?」
「渚乃ちゃんの話聞いて思ったの。確かに情報がないことには具体的な案が出ないって。だからまずは二人がどんな仲なのかを観察するの」
「……バレたら大変だが、いいのか?」
「恋愛成就のためだからね。必要経費ってとこ」
「本当に大丈夫なのか……?」
不安と呆れで肩を落とす霧也。あまりにも無理のある提案を呑むかと渚乃の方を向くと、そこにはゲームセンターの時のように目をキラキラ輝かせる姿が。
「お、面白そう……!!」
「渚乃ちゃんもこう言ってるし、霧也もいいっしょ?」
「……俺は責任取らないからな」
そうして、デートを成功させるべく三人の有志が立ち上がった。もう既に恋愛という名の戦の火ぶたは、切られているのである。
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