#10 中間考査赤点回避作戦 其の一
帰りのHRを終えた後の教室では、普段とは違って少し重苦しい雰囲気が漂っていた。
生徒はみな、帰りの支度をしながらHR時に配布されたプリントについてを話している。耳を傾けると、「なんか思ったより広くね?」や「ほとんど全部じゃん……」など、多くが弱音や愚痴を吐いたものであった。
そんな状況下の中で、霧也も当然のように例外ではなく、同じく配布されたプリントを見て苦渋に顔を歪めていた。
(いや、いくら中間とはいえこの量は……。さすが名の通る学校って感じだな)
霧也含め生徒が目を落としているのは、約二週間後に迫った中間考査の試験範囲が記されたプリントである。教科はまだ中間であるためか少なく、普通に勉強していればそれなりの点数が取れる……という認識はこの学校では甘味でしかない。
今この教室で弱音を吐いている者は、決して勉強を全くしなかった怠け者というわけではない。
『彩凛高校はエリート揃いの名門校』という噂通り、そこそこの勉学には励んでいる。たまに少しさぼったりするくらいで、公立高であれば高い点数は期待できるほどの努力はしている。はずである。
中には余裕そうな表情でプリントを見つめる者もいるが、それは数えるには片手の指で事足りるほど。ほとんどが難しい顔つきをしていた。
なぜここまでも悩み、苦しむ者が多いのか。何それもすべて、この学校の授業のペースが他の学校を置き去りにするほど早いことが範囲が広くなった原因であった。
このことについて、霧也は誰よりも早く勘づいてはいた。一日おきにかわる章の節、気が付けば十ページ進んでいる、聞き飽きた「はいじゃあ次いきます」のセリフ。
以上の事柄から早いことには気づいてはいた……のだが、霧也の惰性が勉強のやる気をごっそりそぎ落としたせいで、残念ながら霧也の頭「みんなが勉強しないのをいいことに抜け駆けで勉強」という選択肢はなかった。
それが仇となった今回の中間考査。霧也は今やっと自分で自分の首を絞めていることを自覚したのだった。
(国語と英語は後回しにするとして、まずは理系教科だな。数学……は二つあるのか。なら数学からやった方がいいのか?……いや、物理がマジで理解不能だったな。何回か授業で寝ちゃったし……。あぁもうこれどっちからやればいいんだよ)
全部自分のせいだということを嚙み締めた霧也は、スマホで写真に収めた範囲プリントを凝視しながら帰路を歩く。
見慣れた河川敷が目に入ったところで、「よっ」という声と共に肩を叩かれた。隣を見ると、妃貴が霧也のスマホを見ながらニマニマと悪戯な笑みを浮かべていた。
「あらあら、歩きスマホはいかんですよ~?……って、なにこれ」
「なんだお前、見てないのか?中間考査の範囲表だよ。ほら、これ」
「ちらっとは見たけどね~。言うてたったの五教科だけだし……あ、あれ?」
改めてプリントを見て範囲の異常さに気づいて徐々に語彙に纏う余裕を払っていく妃貴を前に、霧也は同情を込めた苦笑をした。
「なんか、広くね?本当に中間?」
「だろ?おかしいだろ?俺も見くびってたよ、中間だからって。いやぁ……痛い目見た」
「嘘、でしょ……?あたし全然勉強してないよ……」
「俺も同類だ。さて、万事休すかな……」
「ちょ、諦め早くない!?二週間で何とかしようよ!?」
「とはいってもなぁ……この範囲をカバーするにはある程度捨て教科がないとな……。なんか策でもあるのか?」
「策、ねぇ。急に言われても……」
「そうだろうなぁ……」
歩きながら、何とかいい策を講じようと脳を振り絞る二人。せっかく二人なのに、試行錯誤に集中して空気を静寂が満たす時間が続いた。
しばらくして、妃貴が何かを思いついたように手を打ち鳴らした。にんまりとした笑みを浮かべる妃貴を、霧也は怪しいものを見る目で見つめた。
「どうした、急に。いい案でも思いついたか?」
「まぁまぁ落ち着き賜え霧也君。君は確か、文系分野に長けていたね?」
「死ぬほど鼻につく喋り方は良しとして、まぁそうだな。高校入っても現国とか英語はある程度分かるな」
「おぉ~さすがだね。あたしにはできない芸当だよ」
「そりゃどうも」
霧也は根っからの文系である。読書を趣味として日頃から文章に触れている影響か、幼いころから読解力には並以上の実力があった。
作者の考え、登場人物の心情、話の根幹が手に取るようにわかるお陰で、中学の頃の国語の試験などは余裕で乗り越えてきていた。
加え効率のいい記憶方法も知識として持っていたため、地理や歴史、英語の単語等の暗記分野も難なくこなすことが可能だった。
「で、俺が文系だからなんだ?」
「あたし、いや……私は文系分野が苦手でね……。代わりに理系分野に関してはそこそこできるのだが……確か君、理系分野の前では雑魚も同然じゃなったかな?」
「雑魚って、言い方うお……。まぁその通りなんだけど、それが?」
「ふっふっふ……。聞いて驚き賜え……」
壮大な前振りをした後、妃貴は霧也にビシッと指を差して、自信満々の眼差しを向けて声高らかに宣言した。息を呑むほどの気迫と、自信に気圧された霧也は一歩退いて表情を固めた。
「名付けて、『お互いの苦手なところを補い合って高得点狙おう』作戦!!どうどう、名案だと思わない!?」
「……名前が長いな」
「聞いて驚けよ!!……あれ、なんかこんなやりとり前にもしたような」
「デジャヴは良いから、詳しく」
作戦を聞いた霧也は想像以上の普通さに固めた表情を戻して冷静に対処した。また妃貴も想像以上の反応の薄さに唖然として口をぽっかりと開けた。説明を求められた妃貴は「おぉ、そうだな」と軽く咳払いをして表情を直す。
「まぁその、なんだ……えっとな……」
「『お互いに補い合う』ってつまり、一緒に――」
「あぁ口に出すな恥ずかしい!!そういうことだよ!!」
「そんな恥ずかしいか?一緒に勉強なんて子供の頃しょっちゅうしたろ」
「言うなって!もうあたしらは子供じゃないの!!……あんただって華の女子高生と一緒に勉強とか、ちょっとも意識しないの?」
「そりゃまぁするけど、俺ら幼馴染だしな。今更って感じだろ」
「なるほどね……幼馴染が負けヒロインって言われる理由が良くわかったよ……」
ぐったりと疲れ切って肩を落とす妃貴。天真爛漫な幼馴染が見せる新鮮な姿に、霧也は何とも微笑ましい気持ちになったと同時に、『あの』妃貴が恥ずかしがったことに関して、顎に手を当てて考えた。
(妃貴はラブコメ的観点で見れば幼馴染の友達枠……だとしたらこ、んなヒロインみたいなリアクションはしないはずだが……?でも現に恥ずかしがったわけだし……)
いつになく真剣な眼差しで考え込む霧也に、妃貴は懐疑的な視線を送る。
「ねぇ、何考えてんの?めっちゃ失礼な事とか考えたり?」
「失礼な事ってなんだ失礼な事って。あ、てか、他に誰か呼んだり?」
「あ~そうだなぁ……。確か渚乃ちゃんも英語が苦手だって……」
「う~ん……まぁ、呼んでもいいけど……」
「なに、男女女の方がラブコメらしくていいじゃん」
「まぁ……そうだな。てかラブコメしに勉強するわけじゃないしな」
「そう、闘魂注入!ラブコメなんてテスト終わりにもできるでしょ?……だから、今は頑張ろ?」
そう首を傾げて微笑む妃貴。珍しくあざとい妃貴に、霧也は久しく気恥ずかしさを覚えた。
(なんだよ……やる気の出る
そんな考えで気恥ずかしさを抑え込み、本心がばれないように口角を上げて応えた。
「そうだな、気合入れるか」
「よし、じゃあ明日から頑張るか!」
「えっ、明日!?さすがに準備できてないんだが!?」
終わりかけの春の空気を、淡い斜陽が照らす帰路。そこでは純度百パーセントの漲る闘志と、わずかな不安と、その裏で霞む期待が入り混じった空気が二人を包んでいた。
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