#11 中間考査赤点回避作戦 其の二
『お互いの苦手なところを補い合って高得点狙おう』作戦を立てた日の翌日。夜中にも関わらず妃貴から送られたメッセージを見た霧也は、それまで体を満たしていた眠気が全て吹き飛ぶほどの焦りを感じていた。
『集まる場所なんだけど、霧也の家でもいい?』
唐突に送られてきたそのメッセージに、霧也は考える間もなく即効で返した。
『いいわけないだろ。妃貴の家とかはダメなのか?』
『うちは駅から遠いし、渚乃ちゃんは家の人がいるから邪魔になるかもだって』
『そうか……じゃあ図書館とかは?』
『あそこ自学スペース会話禁止だし』
「ちっ……使えねぇな」
抗議の声も代替案もことごとく全部潰され手札を全て消費しきった霧也は、自分の部屋の現状を見て悪態を吐いた。
視界に広がるのはライトノベルや漫画で埋まりきった本棚、フィギュアがきれいに並べられた棚と、壁に掛けられているタペストリー。来客を想定して設計されていない自室は、とても人に見せられるものではなかった。
(この量をどうやって片す?どっかに仕舞えるスペースあったっけ……?)
なるべくオタバレしたくない霧也は、この
渚乃にはラノベを読んでいることはバレてしまったがまだそれは妥協点であり許容範囲内。
本棚やフィギュアを見て「うわ、ガチオタじゃんやば……」のような世のオタクであれば生きる活力を失うレベルのドン引きだけは何としても避けたい。
(……待て、そもそも勉強会がなくなれば悩む必要もないのでは?)
そんな考えが浮かび、即座にメッセージを打ち込んで送信……したところで、文章化された自分の考えを冷静になって見直した。
自分が何を送ろうとしていたのか、それが分かった途端、霧也は酷く深い自己嫌悪に陥った。
(何を送ろうとしてんだ俺は。この勉強会がなくなったら俺が自分から勉強することなんてそうそうないだろ。何より、今俺はせっかく妃貴が考えてくれた案と期待を踏みにじろうと……)
思い返せば思い返すほど、自分の醜さが露わになってきて。そんな酷い自虐的な思考を封じ込め、誰も傷つかず、勉強会を決行できる場所を考え直した。
とは言っても、もう勉強会を決行できる道なんか一つしか残ってなかった。
白旗を揚げた霧也は、さっきまで打ち込んでいた文章を削除し、最後の手段を打ち込んで送信した。
『分かった、俺の家にしよう』
◇
「よっす~霧也~。いいねぇ~駅から近くって」
「ありがとね霧也さん、助かったよ」
「気にしないでください、仕方がなかったってやつですよ」
そうして迎えた翌日の土曜日。自分の家でも決行できるやり方一日中考えた霧也は、予定通りに妃貴と渚乃を家に招いた。
「さて、それじゃ霧也の部屋に」
「待て妃貴、そのことなんだが……リビングでもいいか?」
「え?まぁいいけど……なんでリビング?」
「部屋、片付いてなくて……とても人を入れられるような状況じゃないんだ」
急に告げられた提案に首を傾げる妃貴。妙に狼狽える霧也を前に、すべてを察した妃貴はニマニマとした顔で渚乃に身体を向けた。
「へぇ~そうなんだ~。渚乃ちゃんもいいよね~?」
「うん、私はどちらでも。家に入れてもらってる立場だから、わがままは言えないよ」
「けって~い。あ、そうそう……」
そう言うと、妃貴は急激に霧也との距離を詰めて、耳へ顔を近づける。息の生温かさが直に伝わる耳に、撫でるようにそっと囁いた。
「(あとで部屋、あたしだけに見せてよ)」
「(……あぁ。分かった)」
「じゃ、行こうよ渚乃ちゃん。お邪魔しま~す!」
すたすたとリビングの戸を開けて進む妃貴とその後を追う渚乃。二人の姿が完全に見えなくなったところで、霧也は天井を見上げた。
囁かれて大きく脈打った心臓は、速い拍動のまま全身に血液を送っている。初めて目にする幼馴染の一面を見て口角が上がる顔を、大きな手で覆った。
(なるほど……『囁くのは反則』ってそういうことか……!!)
冷めやらぬ興奮を息に混ぜて吐露する。落ち着いてきたところで、もう一度大きく息を吐いて気分を整えた。
そうしていつもの調子を取り戻した霧也は、未だ冷めやらぬ熱を心の奥底に携えたまま二人の元へ向かった。
◇
お互いに足りていないところを教えあい、学を深めるという目的の勉強会は特に過不足なく、むしろ想像以上にスムーズに事が進んだ。二人を相手することに少しばかりの不安を感じていた霧也も、相手の要領の良さのおかげで困難を極めることはなかった。
(思った以上に渚乃さんの飲み込みが早い。多少大雑把に教えても自分で勝手に解釈してくれるから本当にありがたいな)
シャーペンを走らせながら、時折挟まってくる妃貴と渚乃のヘルプを迅速に捌く。他人の目があるということが良い鎖になって縛られているおかげで集中力が切れることなく勉強をすすめることが出来ていた。
そんなテスト勉強には最適な空間の中、集中できず何度か手を止める者が一人。
(やっぱり、近いよなぁ……。幼馴染だから意識とかしないのかなぁ)
渚乃は対面に並んで座る二人を眺めてそんなことを考えていた。教えるという行動の関係上、相手のノートや教科書を見たりするので多少近くなるのは仕方のないことなのだが、今の二人の距離は、「ゼロ距離」だった。
なのに二人は頬を紅潮させたりなどはなく事も無げに教えあっている。
渚乃にとっては新鮮で、同時に酷く疑問が残る光景であった。
(ま、こういうのは触れないのがセオリーだし。邪魔になっちゃ嫌だし……)
なるべく意識下に置かないように、渚乃はノートに視線を戻した。そうして俯いたっきり黙るのを見て、霧也は首を傾げて心配そうに話しかけた。
「渚乃さん、大丈夫ですか?手止まってますけど……どこかわかんないとことか」
「あっ、ごめんね?ちょっとぼーっとしてただけ」
「すご……霧也が女子に自分から話しかけてる……」
「やかましい、渚乃さんはもう怖くないから。こいつのことなら気にせず割り込んできていいっすよ。やってること半分ちょっかいなんで……てかお前近ぇよ、離れろ」
「あはは……ありがとね。じゃあ遠慮なく教えてもらおうかな」
妃貴の座る椅子を嫌そうな顔で遠ざける霧也を見て苦笑する。「渚乃さんは怖くない」という言葉が女性が苦手な霧也から出てきたことに高揚した渚乃は、目を輝かせながら霧也の話を耳に入れた。
二人が教えあう様を見て、妃貴は目を丸くした。
(いつの間にこんなに仲良くなってたんだ……。ちょっと、舐めてたな。嬉しいんだけどさ)
親族以外の女性と自分から難なく会話をする霧也。初めて見る光景に嬉しさを感じる反面、自分が『唯一話せる女友達』ではなくなったことに僅かな喪失感を感じた。
心の奥底に初めて生まれた喪失感を嬉しさで誤魔化して封じ込める。霧也が戻ってくるのを待つ間時間を持て余した妃貴は復習……ではなくノートに落書きをして霧也を待っていた。
「霧也さん、説明分かり易いから助かるよ」
「いやいや、俺は大それたことしてないですよ……っておい発案者、落書きしてないで勉強しろよ」
「……お前待ちだったんですけど?」
「お、おう、そうか?それはすまん」
「ほら、ここわかんないから教えてよ」
上目遣い気味で告げられた少し妃貴らしくないセリフに懐疑を覚えながらも、教科書を指でとんとん叩いてわからない箇所を示す妃貴に応対した。
教えている最中もやけに落ち着いた妃貴の様子のせいで、懐疑は深まるばかりだった。
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