#8 右手に華、左手にも花
『最近気づいたんだけどさ、あたしと霧也って同じ駅で降りてるよね?』
そんなメッセージを眺める二十三時、とうの本人である霧也はそれを眺めてはたと考えた。霧也の家から学校までは電車を挟んで通学している。
移動時間は数十分と、少し時間的コストのかかる移動ではあるが、ラブコメらしいという理由で高校を選んだ代償なので仕方がない。
それはそれとして、同じ駅にいるということは、同じ電車に乗るはずなのだ。そこに違和感を覚えた霧也はすぐさまメッセージを打ち込んだ。
『同じ駅ってそれ同じ電車にも乗るはずでは?』
『反対方向』
『あ~ね』
確かに反対方向からだと辻褄が合う。腑に落ちた霧也は話を本題へ戻した。
『で、同じ駅で降りてるけどそれがどうした?』
と、このメッセージを送ってから、少しの間不通な時間があった。物音も人の声もしない、静寂。
その静寂を、画面をじっと眺めながら待つ。待つこと数分、返信は後から確認するかと電源ボタンに手を付けようとしたところでメッセージの続きが送られた。
『せっかく同じ駅になってるんだし駅からでも一緒に行かない?』
「……へぇ」
そのメッセージを見た霧也は思わず声が出た。この返信を密かに予想していたからだ。ラブコメならこんなのが来るよなぁ~なんて呑気に考えていた霧也は、予想通りの展開に思わず心臓が高鳴った。
『別にいいけど駅にいる時間多少ずれるだろ』
『そうだね、あたしの方が遅いね』
『そこどうすんの?』
『待っててくれる?』
「う~ん……」
おおよそ自己中心的な提案に唸った。そうしてまた、はたと考えた。
霧也は先日、妃貴がタックルを仕掛けてきた日のことを思い返していた。霧也がいた橋が駅から十数分のところ、妃貴は遠方から霧也を見かけて走ってタックルしたと予想すると、霧也が駅に来る時間と妃貴が駅に来る時間はそこまで差異はないということになるだろう。
『何分くらい待つ?』
『五分くらいかな』
『五分くらいならいいよ』
『やった』
画面越しにガッツポーズしている妃貴を想像し、ほっと一息ついて天井を見上げる。そうしてぼーっとしていると、あることを思いだした。あの時、走ってきた妃貴の後ろからとことこと着いてきていた、一人の少女の存在を。
『一緒に行くのは良いんだが、渚乃さんはどうするんだ?』
『あー……そうだね』
『さすがに置いてくってことはできないから』
『ちょっと本人に聞いてみるね』
それからまたしばらく、本人に聞いている間が空いた。次の返信は、三十分ほど先に来ることになった。
『いいってよ』
『おけ』
『よかったね~美人二人隣に並べて登校出来て』
『自分で言っちゃうんだ』
『まぁ事実だし?』
『否定はしないけど』
文面から妃貴の機嫌の良さを受け取った霧也は、微かにその口角を上げた。霧也もまた、非日常へと変わっていく感覚に少し心を躍らせていたのだった。
◇
向かえた翌日の朝、霧也は予定通り駅で妃貴と渚乃の二人を待っていた。昨日は話に現実味を帯びていなかったが、こうして現場に立ってみると、霧也の顔は緊張の色を見せていた。
(改めて考えると『女子二人を隣に並べて登校』とかラブコメかよ……。上手く喋れるかな……)
スマホの画面をちらちらと見ながら時間を確認する。妃貴は五分と言っていたが、二人を待つ時間は三十分ほどに長く感じて霧也の逸る感情は時間が進むごとに増幅していく一方だった。
「あっ、いたいた~!霧也~!!」
その声を聞いて、霧也はびくっと肩を跳ね上げた。耳に入ってくる、馴染みのあり、刺さるように快活な声。聞き馴染みがあるはずなのに、霧也の心臓は拍動を早めていた。
声のした方を向くと、ニコニコ笑顔でこっちに走ってくる妃貴と、その後ろにとことこと着いてくる渚乃。機嫌のいい二人の姿を見て、霧也は苦笑した。
「あのな……人が大勢いるんだからあまり俺の名前を大声で呼ぶなよ」
「えぇ~いいじゃん。そうしないとわかんないじゃん」
「姿見ればわかるっての」
元気溌剌な妃貴を宥めた後、霧也はその隣で手持ち無沙汰な渚乃に視線を向ける。きょろきょろしていた渚乃は霧也と視線が合うと、未だに不器用な笑顔を見せた。
「渚乃さんも、おはようございます」
「うん、おはよう~」
「んじゃ、早く行こうよ~」
「そうだな」
霧也を促したその目には、好奇が十二分に表れていた。そんな妃貴に満足げな笑みを浮かべた後、三人は駅から歩き出した。
◇
「んでこいつ中二の初めごろにこんな感じの陰キャになってさ~。あたしが話しかけてもちょっとびくっとするから面白くてさ」
「やめてくれ、その話は……」
既に春の空気は薄れかかっている日、霧也は自分のあることないことを自由気ままに語ろうとする妃貴に頭を抱えていた。自分には影響がないからと意気揚々と語る妃貴を、渚乃は時に驚きながら、時に笑いながら耳を傾ける。
「そういえば、なんか長々と文章みたいなのノートに書いてたけどあれって……」
「あああああやめてくれ!!!最近やっと忘れたのに掘り返さないでくれ!!!」
「あ、やっぱりそういう……」
「えっ知ってて聞いたんじゃないのか……?もしかしてカマかけた?」
「ごめん、マジでカマかけとかじゃない。全然知らなかった」
「なんだと……」
ほんの一瞬で元気を失った霧也を妃貴は小動物を眺める視線で眺めた。なんとも仲睦まじい光景を見せられた渚乃は、二人を見て笑う。
「妃貴ちゃん、霧也さんとすごく仲良いよねぇ。幼馴染、なんだっけ?」
「そうね~。小学校から、だっけ霧也?」
「あぁ、小学校からだ。ったく、腐れ縁とは正にこのことかな」
「とかいって、本当は嬉しいんでしょ~?」
「はっ、もう慣れっこだわ」
欺く霧也を肘で小突く妃貴。正に幼馴染らしい関係に渚乃は羨望を覚えていた。二人を見ていると、渚乃は自然と笑みがこぼれてきた。
「なんか、いいよね~。こういう関係」
「渚ちゃんもいそうだけどね。男子人気高いわけだし?」
「まさか、そんなことないよ。告白してくる男子は結構いたけど。告白を受けたことはなかったかな……。好きって言われること自体は嬉しいんだけどね、なんか複雑だったなぁ」
「うわ、強者のセリフだ……」
妃貴が渚乃の発言に戦慄している傍ら、霧也は少しの疑問を覚えていた。それは、渚乃の発言の一部に、である。
(なんか、複雑?告白された女の子の気持ちは分からないけど、複雑なんてあるのか……?)
瞬間、霧也は悠との会話を思い出した。食事中に妙に引っかかる発言。何故覚えていたのかは分からないが、なぜか覚えていた。
『やっぱり無理してるのかなぁ……』
(そういうことなのかもな……いや、あまり踏み込まないようにしよう)
触れられたくないこともあると、考えを遮断した霧也は、二人にまた視線を向けた。
視線の先では、華二輪が楽しそうに会話を繰り広げていた。仲睦まじい平和な光景に穏やかな感情を広げていると、急に妃貴がこっちを向き話を飛ばしてきた。
「だってさ、霧也」
「なにがだってなんだよ」
「あたし達、渚乃ちゃんからカップルみたいって羨ましがられてるよ」
「はぁ?」
急な話題に素頓狂な声を上げる霧也。妃貴は顔に手を当ててしばし考え込んだ。
「なるほど、あたしらがカップルね……。うん、一理あるかも…」
「ないから、マジで。ただの幼馴染だから」
「あ、あたしのことを捨てるつもり……?」
「捨てるって、なんで俺が加害者みたいになってるんだよ」
「あは、確かに」
「おい、振ったのお前なのに適当過ぎないか?」
自分のペースで話を進める霧也をあしらった後、霧也は置いてけぼりにしてしまっていた渚乃に話しかけた。渚乃はやはり温かい笑みを浮かべている。
「あの、違いますからね?」
「もう、分かってるよ。ただやっぱり羨ましいなぁ、って」
そう弱くつぶやく渚乃の目には、少しの憂いと寂しさがあって。喉元まで来ていた「大丈夫ですか?」を何とか飲み込んだ霧也は、
「……そうですか」
決して、踏み込むようなことはしなかった。邪魔には、なりたくなかったのだ。
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