#7 美女で終わると思ってたのに……

「……あれ?」


「ん、どした霧也?」


和気あいあいとした空気に包まれた昼時。今日もなぜか妃貴と渚乃と共に昼食を食べることになった霧也は弁当を取り出そうと通学鞄を漁った……のだが。いつもは鞄の奥底にある箱のような手触りが、今日はなかった。


「あれ~どこいったかなぁ……」


「もしかして弁当ない?」


「うん、そうかも」


「もっとよく探した?」


「いや、暗くてよくわかんなくてな」


そうして霧也はスマホのライトをつけようと電源を入れる。すると母親からメッセージが一通来ていた。恐る恐るメッセージを開く。


『弁当忘れてます。コンビニでパンでも買って』


そのメッセージに目を通し、霧也は大きく溜息を付いた。その様子を見ていた妃貴はニヤニヤと嘲笑を顔に浮かべて問うた。


「やっぱり忘れたんだ?」


「あぁ忘れた。いや~どうすっかなぁ」


「私達で弁当分けよっか?ね、渚乃ちゃん?」


「へぇっ!?あっ、えっと……いい、けど……」


完全に現を抜かしていた渚乃は急に渡されたパスに間の抜けたを上げた。たじろぎながらも弁当を差し出してくる渚乃に、霧也は苦笑した。


「気持ちだけもらっときます」


「なんだ~?美少女の弁当が食べられないって言うのか~?」


「別に食べられないってわけじゃねぇよ。人の使った箸はなんとなくいやだってだけだ」


「美少女のでも?」


「美少女のでも、だ。それに俺から返せるものもないしな」


そう言い席を立つ霧也を見て、妃貴は首を傾げた。


「ん?どこ行くの?」


「学食だ。今日はそこで済ませる」


「あっそ~。いってら~」


「おう」

妃貴に応え教室を出る霧也。その背中を見送った渚乃は、同じく見送っている妃貴を見て勘づいた。


「妃貴ちゃん、なんか元気ない?」


「え?いや~別に?ただ心配なだけだよ」


「そう?ならいいんだけど」


それから二人は弁当へと戻った。食べ終わった後に弁当袋の中にある未使用の割り箸に気付き、妃貴はまた肩を落とすのだった。

(うわ……広いな)


弁当を忘れた霧也は渋々校内の食堂へと出向いていた。彩凛高校にはそこそこ大きめな食堂が設置されていて、値段も最安値で300円程度と金銭面で悩む生徒の財布にも優しい価格設定となっている。


今日も多くの生徒が行き交う食堂を前に、霧也は気圧され未だ入れずにいた。人が大勢いる場所は、霧也は少し苦手だった。


(どうすっかなこれ……。結構人並んでるしもういっそ昼食抜くか?でも今日の午後には体育が……)


そう考えている内にどんどん増える人々。その様を見ている内にどんどん「体育とかどうでもいいか~」という気が増幅していく。そうして、今日はもう諦めようという考えに至り、引き返そうとしたところだった。


「君、大丈夫?ずっと止まってるけど」


「うわっ!!」


背後からかけられた声に、霧也は猫のように飛び上がった。振り向くと、輝きを放っているようなイケメンが霧也を見降ろしていた。


「リアクションでかいね~。んで?食堂に行くんじゃないの?」


「い、いや~そう考えてたんですけど。ほら、人が多く、て……」


「それだけ?なら僕も一緒に行ってあげるよ」


「え?いや俺これから帰るところで……」


「そう言わずに行こうよ、食べてないんでしょ?ほらほら歩いた歩いた」


イケメンに押された霧也は、あえなく促されるままにイケメンと食堂に入った。入ってみると改めてその人の多さを実感し、霧也の内にある恐怖心は膨らむ。


生徒の持つトレーにはうどんやカレー、野菜炒め定食等、メニューはよく見る食堂と変わるものはないようだ。


長い長い列に並んだところで、またイケメンが話しかけた。


「ここの食堂さ、回しが速いから番がすぐ来るんだよね」


「そうなんですか?」


「うん。あ、ほらもう先頭の人終わった」


言われた通りに先頭だった人が料理をもって席に行く様子を見る。それを目で追う霧也を見たイケメンはにこやかに笑いかけて問いかけた。


「食堂は初めて?」


「あ、はい。前から存在自体は知ってたんですけどいつも弁当だったので」


「てことは今日は忘れた感じ?」


「はい……」


「まぁまぁ元気出せって。ここもおいしいからさ」


イケメンが霧也を宥めている内に、霧也に先頭の番が回ってきた。少し値が張る麻婆豆腐を注文し、イケメンの言う通りすぐ出てくる料理を受け取り列を外れる。


しばらくして大きな器をトレーに乗せたイケメンと合流し席に着いた。少し周囲から熱い視線を感じるのは、霧也ではなくイケメンを眺めている視線だろう。


「さて、いただこうか」


そう言い割り箸を割るイケメンに倣い、霧也もまた箸を割り料理に手を付ける。学食にしては手の込んでいる麻婆豆腐に舌鼓を打っていると、イケメンが霧也にさわやかな笑顔で話しかけた。


「そういえば、自己紹介がまだだったね。僕は錦戸悠。気軽に悠って呼んでよ、敬語もいらないしさ」


「C組、齋条霧也。……よろしく」


「C組ってことは隣か。僕、D組だからさ」


「D組……もしかして、春谷さんと同じクラス?」


「おぉ、もう春谷さんのことは知ってたのか。あの子は凄いよ、もうクラスのカーストの高位にいる。もっとも、本人はそんなこと自覚してないようだけどね。もっとも、僕には関係ない話だ」


悠の話に霧也はまた知る渚乃の一面に驚く反面、含みのある彼の言葉に疑問を覚えた。


「悠さんも結構高位にいるんじゃないですか?まだ出会ったばかりですけど、そんな雰囲気がして」


「う~ん、どうなんだろうね?友達と呼べるクラスメイトはいるし、よく頼りにされている気もする。そういう意味では僕は彼女と同じ位にいるんだろうけど、まだスクールカーストとかを気にしている内は、彼女の持つ自然なカリスマ性には及ばないかな」


「なるほど……」


それを聞いた霧也は彼女、渚乃との会話を振り返る。渚乃はよく霧也に質問をして会話を広げていた。色んなものに興味を持ち、気になったことは積極的に聞く。そんな彼女だからか、クラスでも人気だと聞いてもおかしな感じはしなかった。


雑談しながらの食事を終えた悠は、少し遠い目で外を眺めボソッと、誰に言うでもなく呟いた。


「でもな……やっぱり無理してるのかなぁ……」


「無理、ですか?渚乃さんが?」


「う~ん……少なくとも僕にはそう見えてしまってね。さすがに思い違いというか、取り越し苦労だとは思うんだけど」


「へぇ……」


含みのあることを聞いた霧也はまた、彼女との会話を思い返した。


(無理……してるのか?いやでもそんなふうには見えないけど……そう見えない様にしてるだけ?)


顎に手を当てて考えている霧也に、悠は口に手を当て苦笑した。


「まぁ、あまり余計な詮索はしないほうがいいかもね。それよりまだ残ってるけど冷めちゃうよ?」


そう言われ指を指す悠。指された方向を目で追うと、そこには湯気が消えかかっていた麻婆豆腐が。


「……やば」


無言でレンゲを手に取り焦燥感に駆られながらなんとか完食。口に入った麻婆豆腐は指摘された通りにぬるくなってしまっていた。

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