#6 「オタクくん」だけは絶対に嫌だ……!!

「ね、ねぇ妃貴ちゃん……霧也さん全く動かないけどこれ大丈夫なの?」


「ん?あぁ大丈夫大丈夫~。多分そのうち動くっしょ」


「多分!?本当に大丈夫!?」


迎えた昼時、霧也は約束通り妃貴とその友人の少女との昼食に出向いていた。のだが、少女の顔を見た途端に霧也が硬直してしまったのだ。


それから数分経っても変化を見せない霧也に、事情を知らない少女は困惑の色を見せていた。ちなみに事情を既知している妃貴はあっけらかんとしているようで頭を回している。


(う~んどうすっかなぁ~……これじゃ集まった意味がないんだよなぁ~)


霧也の苦手を克服させてやろうという思惑で開いたお食事会が今に破綻しようとしている妃貴は、なんとか会話の糸口を探っていた。


妃貴はコミュニケーションに関しては霧也と比べて段違いで格上なはずだが、こういった男女の会話の話題作りは苦手であった。


また妃貴と同じくらいの能力を持っているはずな少女が珍しく会話を始めようとしない状況にも頭を抱えていた。


(う~んこの子が黙っちゃうとはな。仕方ない、ここはあたしが)


意を決した妃貴は何とか会話の扉を開かせる。


「とりあえず黙ってても仕方ないしさ、自己紹介とかしない?」


「あ、そ、そうだよね!じゃあ……」


妃貴の意見に何度も頷き賛同した少女は、霧也の方に顔を向け笑顔を作る。


「初めまして、隣のD組の春谷渚乃です。よろしくね?」


「……C組、齋条霧也です。よろしく」

「そんなに硬くなんなくても、もっとラフでもいいんだよ?」


「な、なるべく頑張ります」


少女、基渚乃の晴れやかな自己紹介に、霧也は素っ気ない塩対応で返す。霧也自身では失礼極まりないことはもう分かりきっているのに、どうしても彼女の顔を見ると身体が竦んでしまう。留意すべきは、恥ずかしいのではなく『怖い』ということだ。


(女子……なのはまだ良い……いや良くないけど!よりにもよって美人で『陽キャ』って……)


おさらいすると、霧也は「美人」に対しては軽めのアレルギーのような症状を表すような男である。加え、霧也は「陽キャ」や「リア充」というものに対しても嫌悪感を表す、いわばめんどくさい陰キャである。


つまり、今目の前の状況は「ただでさえ討伐に困難を極めた中ボスが少しもしない間に超強化されて再戦することになった」というような地獄。霧也には小柄な渚乃が大きな壁のように見えた。


(なんでこうなった……いや、今考えるべきはこの地獄みたいな状況をどうやって凌ぐか)


一刻も早くこの場から逃げたい霧也は、いつぶりか脳を使えるだけフル運用する。

矢先、渚乃は口を開いた。


「霧也さんって普段は何してるの?」


「え?あぁ普段はだいたいア……」


「ア?」


そこまで話して、霧也は自分が地雷を踏み抜きそうになったことに気が付いた。このままでは「オタクくん」になってしまう。そう思い即座に無難な答えを考えた。


「ど、読書してます」


「読書か~最近本読む子少ないよね~」


「そうですよね~あはは~……」


(あっぶねぇ~!!そのまんま「アニメ見漁ってます」とかって口を滑らすとこだった~!危うく「オタクくん」になってあらんことかギャルから総攻撃を受けるとこだったよかった~)


内心で息も絶え絶えに安堵しガッツポーズを取る。だが安心したのも束の間、その後の危険を察知するまでは、霧也の注意は行き届いていなかったのである。


「じゃあじゃあ、どんな本読んでるの?」


「……」


瞬間、霧也は渚乃から目を背け言葉を詰まらせた。

以下、閑話。


オタクとは。


自分が好みとしているものを突き詰める者のことを指し、アニメ、ゲーム、漫画、更には生物や無機物等、その種類は無限に存在する。


「突き詰める」というと聞こえはいいが、自身に悪い影響を及ぼしたり、周囲や推しに迷惑をかけたりする、所謂『厄介オタク』の存在などから、あまり世間からの印象は良いとは言い難い。発展当初よりもオタクは一般化して周囲に溶け込んできてはいるが、それでも未だに世間の目は冷酷な部分を孕んでいるのが現状だ。


故、オタクには自分の本性を頑なに周囲に晒そうとしない者は多い。当然、見てくれ聞いてくれとオープンにしている者も存在する。が、「もしかしたら変な目で見られるかも」という疑念を持つということは珍しいことではないだろう。


現に、霧也がその類に属する。


つまり、今の霧也は、自身の尊厳が消えかかっている、「大ピンチ」なのだ。


閑話休題。

「……えっ、と……」


一難去ってまた一難とはまさにこのこと。既に嵐を乗り越えた気でいる霧也は想定外の質問に分かりやすくうろたえていた。


二度も訪れた「オタクくん」になってしまう危機を乗り越えんと脳を再度フル運用する。


(無難に漫画にすればいいのか?いや、漫画だと追撃を喰らってしまうか?最適なのは「ふ~んそうなんだ~」で終わること、そこに上手く持っていければ乗り越えられるんだが……)


そう考え、ちらっと渚乃を一瞥する。未だ渚乃はニコニコしながら霧也の返答を待ったままだ。表情の読めない渚乃を見た霧也は、彼女が「陽キャ」であることを思い出し、ある案を思いついた。


(そうか、陽キャだから漫画は読めど小説は読んでないだろう!!俺が見てきた陽キャはみんな本なんて読まないからな!!……あでもどんな本読んでるかとか聞かれるかも。まぁそれは適当に作家の名前出してはぐらかすか)

見苦しいほどに偏見まみれな考えがまとまった霧也は即効行動に移した。考えだしてからまとまるまで約五秒。実に見事で偏屈な思考回路であった。


「そうですね……小説とかでしょうか」


「へぇ~どんな小説?」


(よっしゃ先読み!!)と内心でニヤニヤしながら、その表情を表に出さないように慎重に答える。


「どんな、か……。矢羽政宗の『立冬と珈琲』とか」


「なんかわかんないけど難しそうだね~」


計画通り会話が終わったような雰囲気が流れたことに、霧也は今度こそ安堵する。


もう怖いものはないと晴れた気持ちで昼食に手を付けようとしたところに、会話を聞いていた妃貴が口を挟んだ。


「は?矢羽政宗?あんた前に『三年ぶりにすべ恋の新作出た』って騒いでたじゃない」


「すべ、恋……?」


「あ、そっか。渚乃ちゃんそういうの見ないもんね。一応言っとくけどこいつオタクだから。渚乃ちゃんの知らない世界だと思う」


「……あぁ、なるほど……」


完璧に嘘を見抜かれ、ついで感覚でオタクであることも発覚された霧也は、背筋がひどく冷え込むのを感じて振り出しに戻った。以上をもって、「オタクくん絶対回避計画」は破綻する結果となった。やはり、オタクというのはどこまでも難儀である。

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