#4 あの頃と同じ肩②
「あれ、帰ってなかったの?」
ドアの先、霧也の脳を白く染める原因、山宮妃貴は驚いた顔で霧也を見つめていた。手にはハンカチ、肩には鞄、帰ってくる理由がいまいち分かりそうで分からなかった。霧也は震えた声で問い詰める。
「……な、なんでいるんだ」
「いや、スマホを忘れてたのを忘れててさ。いやぁ危なかったよね、トイレ出てから気づいたからよかったけど」
「はぁ……だから手にハンカチを」
「そういうこと、残念だったね、こういうときにこのハンカチが思い出の物とかだったらラブコメらしかったのに」
「別にそこには期待してねぇよ」
そう応えると、妃貴は機嫌よさそうに自分の席へと向かいスマホを取り出す。ポケットに仕舞い霧也の方を向くと、妃貴はこの時間になっても帰らない霧也に今更ながら疑問を抱き、首を傾げた。
「てか、なんであんたは帰らないわけ」
「いや、その……」
「もしかして、待ってた?あたしのこと」
「別に待ってないが?お前がいたのは偶然だ」
「知ってっし。どうせ一人で帰った方がかっこいいとか、そういう下らない理由でしょ?」
「ここまで来ると恐ろしいな。全部見透かされてる。」
「やっぱりね。あたしも俺に匹敵するようなオタクだってことを忘れないことね」
「別にそこで俺に匹敵して誇らしいことはないだろ……」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる妃貴に、霧也は悪態を吐いた。その悪態は本心からくる憎たらしさではなく、あの頃を思い出すような、懐かしい味だった。
「で、せっかくだし、一緒に帰らない?久しぶりにさ」
「奇遇だな、俺もたった今同じこと言おうとしてた」
「あれ、一人で帰りたかったんじゃなかったの?」
「気が変わったんだよ。他意はない」
「あぁそうですか、正直じゃないですね」
妃貴は顔に笑みを写し悪態を吐き、霧也を置いて先に下駄箱へと向かった。お互いに心身はは変われど、毒素のない毒を持っているのは変わっていなかった。霧也はそんなあの頃と変わらない背中を追うのだった
◇
桜の木の元の道には花弁が散らばっていて、灰色のコンクリートが桃色を帯びていた。慣れない鞄を片手に、俺らはいつもと違う道をいつもと同じ肩を並べて歩く。
あるのは、コツコツと鳴らす足音と、風の音だけ。特に会話のない静かな時間だったが、さすがに耐えきれなくなったのか、妃貴の方から口を開いた。
「ほんとによかったね~あたしと同じ高校に行けて」
「うん、そうだな」
「もっと喜べよ。あたしみたいな美少女幼馴染と一緒に下校なんて、金払えばどうこうできるって話じゃないんだぞ?」
「あぁ、ありがたいな。ありがたいありがたい」
「うっざ。朝は『また会えてよかった』とか言ってたくせに。あたしがいなかったらどうなってたか……」
「問題ない。お前がいなくてもちゃんと『ラブコメ主人公』してやるよ」
俺らの会話はやはり中身も他愛もないような、すっからかんな文句で構成された歪な形。だがそんな形でも、やはり嫌気というのは刺してこず、逆に心地よいと思える。
こんな時間がずっと続けばいい、そうとも思えた。
「まぁでも、そうだな。ここでお前と会えてうれしいよ」
「……なんだよ、急に。照れるじゃん。てかそれ一回聞いたし」
「照れるとかそういうのは言わない方がラブコメらしくていいんだけどな」
「あたしにそういうこと求めてるの?普通にキモいよ、霧也」
「言いたいだけ言え。主人公は多少キモいくらいがちょうどいいんだ」
空気に当てられてか、俺の口は本音を吐露して止まることを恐れない。いや、そもそも止まらなくても良いのかもしれない。相手が妃貴なら、別に止まらなくてもいい。
多少の羞恥くらいなかったことにしてくれるだろう。それに、こういう時に言えること言えた方が主人公らしくて最高にかっこいい。
「あたしも、改めて霧也と会えてうれしいと思うよ。なんか高校入ってキモさに拍車がかかった気がするけど」
「おい最後。いらん一言が混じってるんだが」
「……せっかくこうやって会えたことだし、また仲良くしようよ。あの頃と同じように」
やけに情の籠った声で俺に告げ、拳を前に突き出してくる妃貴。だが眼差しからは少しの緊張感が感じ取れて。気が強く弱いのはキモい俺と同様変わらないようだ。
その眼差しを安堵のものに変えるべく、俺はその拳に自分のを当てた。ここは主人公らしく、かっこよく決めないとな。
「当たり前だろ。……あ、あくまで俺らは幼馴染だから、そのつもりで」
「何それ。もしかしてあたしがヒロインになるとでも思ってる?ラノベの読みすぎだよ?……やっぱりあんたに『ラブコメ主人公』は似合わないね。」
「いずれ似合う男になってやる。今に見てろ」
「そのためにはまずヒロインを探さなきゃね~、あたし以外で。隣の席の子とか?」
「隣は男子だから俺は対象外だ」
それからもちんたらと歩いているうちに妃貴は分かれ道で別れ、俺は駅前で一人、日が落ちて見えるようになった一等星を眺めながらコーヒーに舌鼓を打ち妃貴との会話を思い返していた。
ヒロイン、か……。今のところ、誰になるかは検討が付かない。隣の席の女子とか、もしかしたら転校生が来るかもしれないし、ましてややっぱり幼馴染のこいつなのか……?妃貴は今は幼馴染の範疇を超えていないが、可能性としてはあり得る話ではある。この日常が『ラブコメ』であるなら、尚更。
幼馴染系ラブコメをこよなく愛する俺としては、ここで会えたのは嬉しい誤算だな。そんなことを考えながら飲むコーヒーは、いつもよりも味が濃い気がした。
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