#3 あの頃と同じ肩①

「まず聞きたいことだけど……」


「あぁ、なんだ」


妃貴は無駄話を切り上げるように軽く咳ばらいをしてから、本題に入った。オタクの異能力か、空気感が変わったことを察知した霧也は瞬時に妃貴に体を向け聞く姿勢になる。


「どうしてここにいるわけ?」


「奇遇だな、俺も同じこと聞こうとしてた」


「……やっぱあたし達、似てるよね」


「おい、なんだその顔は」


あからさまに嫌そうな顔をする妃貴を睨みつける霧也。同じ質問が来ることを想定していなかった霧也は軽く答えを考えてから、またその質問に赴いた。


「なんでって聞かれても、ここに受験したからとしか言いようがないだろ」


「ふーん……」


「お前こそ、何でここに?他県の中学にいるって聞いたんだけど」


「は?なにそれどこ情報?」


霧也の答えに不服そうな返事をした後に投げられた質問に、懐疑的な目を向けてきっぱり否定した。


「いや、中学の頃のクラスの男子がそんなことを口走ってたのを耳にして。でもここに来てみたらお前がいるもんだから。辻褄が合わないなぁって」


「いや、行ってないって。そもそもあたし、ここの近所の中学にしたんだけど」


「はぁ……?つまりこの噂話は、クラスメイトの勘違いから展開した戯言ってことかよ」


「そういうことじゃね?」


「はぁ……なんとなくわかったが、その男子は何でそんな勘違いを?普通にこの県内で見かければ県外だなんて言わないだろ」


「ここ、県の端っこだからね。うちの家族、他県の方が近いってよく他県に行ってて、それを見たクラスメイトが勘違いしたんじゃね。知らんけど」


「そういうことかよ……」


大まかではあるが事情を理解した霧也はまた、安堵と呆れの入り混じった溜息をついた。全ては男子生徒の勘違いから始まった勘違いは、取り越し苦労という締めの悪い結果で幕を閉じた。


「まぁでも……こうしてまた会えてよかった。お前もそう思わないか?」


「そうだね、またこうしてあんたとやれると思うと嬉しいわ」


霧也は哀愁漂う問いを投げ、返ってきた答えに満足したような目を向けると、かっこつけか照れ隠しか、窓の外を眺めた。そんな霧也の姿を見て、妃貴は今回の事案とは別件で思うことがあった。

(なんかこいつ……かっこよくなってるな)


いまだに妃貴の脳内霧也は、ろくに髪のセットなどをしようとしなかったり、メガネは似合わないと散々言っているのに外そうとしなかったり、身長も妃貴と肩を並べるほどだったり、言ってしまえば「陰キャ」である。


容姿を直すような指摘にも断固として聞く耳を持たないものなので、正直どうせこの先も変わることなどあるまいと諦めていた。


だが今目の前で黄昏ている幼馴染はどうだろう。いい美容院に行ったであろう髪、断固として外そうとしなかったメガネを捨て、首から下もがっしりと男らしくなっている。全くの別人に成り変わった霧也に、妃貴は混乱と同時に感心を覚えていた。


「なんかあんた、変わったよね。どういう風の吹き回し?」


「おっ、それを聞いてくれるか。いい着眼点だ」


「ムカつくからさっさと答えろ」


「まぁそうカリカリしなさんな」


そう妃貴を宥めた霧也は、格好つけるように目を冴えさせ、決め台詞を放った。


「聞いて驚け……俺は『ラブコメ主人公』になる男だ」


「……ふっ」


「聞いて驚けよ!!」


「いやだって、あの霧也が『ラブコメ主人公』とか、無謀ってやつよ。……へぇ。でもいいんじゃない、頑張ってみれば?」


「こいつ、馬鹿にしやがって……」


霧也の決め台詞を苦笑で流して自分の流れにもっていく妃貴。負けを認めたくないと同時に努力を嘲笑われたような気分になった霧也は憤りに歯を食いしばっていると、続けて優しい口調で諭すように話す声が下ってくるのを耳にする


「まぁでも、かっこよくはなったかもね。前がひどすぎたってものあるけど」


「最後のは余計だ」


「ふふっ、まぁせいぜい頑張りなよ」


「任せろ、目にもの見せてやる」


それだけ言って妃貴はさっきまで話していたグループへと向かった。そんな妃貴の背中を見てより一層決意を固めた霧也は、誰にも見えないように拳を固める。


(今に見てろ……高校生活を書籍化したらベストセラー間違いなしは確約されるほどのラブコメ主人公になってやるからな……)


固い顔をする霧也を目にした妃貴は、誰にも見えないように不敵な笑みを浮かべ、


(さて、主人公というとヒロインはつきものだけど……誰になるかな?)


後の自分のことなどそっちのけで主人公の行方を傍観していた。

紅を持つ斜陽に染め上げられる教室からは、ぞろぞろと生徒が離れていく。誰もが誰かと共に行動し、早くも緊張からは乖離した雰囲気を見せる中、未だ霧也は誰かと群れることをせず独りで机に腰をかけていた。

黄昏ているのではなく、その時を待つために。


(さっさと出ていけさっさと出ていけさっさと出ていけ……)


普段から人と関わることを避けていたわけではないが、今だけは、帰り道くらいは独りでありたかった。別につらいことがあったとか、誰かと共に帰ることに対して嫌な思いを過去にしたわけではない。なんとなく、である。なんとなく一人で帰った方が主人公らしかっただけ、という淡泊で軽はずみで、かっこ悪い理由である。


(よし、今は俺だけだな)


狙っていたその時は想像よりも早く訪れ、バッグを肩にかけ、扉に目線を向けた。その時、霧也の作戦は水の泡へと帰る結果となった。


「あれ、帰ってなかったの?」


その声を聞いた途端、霧也の脳は屈託のない純白で埋め尽くされた。

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