#2 どうしてお前がここに
「……は?」
突如耳に入ってきた、自分を呼ぶ懐かしい声。反射的に振り向くと、目線の先にはその声の主、基見た目何変わらぬ幼馴染である山宮妃貴がこちらを見つめていた。
霧也からしてみれば、見慣れた顔の幼馴染。だが妃貴はそんな霧也を懐疑的な目を向けていた。
(妃貴……だよな?妃貴だとして、なんでそんな目で見るんだ?)
もしかしたら、自分が知らないだけで彼女の心に大穴を開けるようなことをしてしまったのかもしれない、もしくはこの二年間で自分のことをすっかり忘れてしまっていたのかもしれないと、自分のしてきたことを振り返り不安になってしまう。
絶対ないと自分に言い聞かせるが、悲しいかな、心当たりはなくとも一度芽生えた不安はそう簡単に覆えないのは人間という生き物だ。
スパイラルに陥った不安感に内心頭を抱えながら、妃貴の出方を伺っているときだった。妃貴はじっくりと霧也を観察した後、何かに閃いたような目にころんと変わり、繕ったように苦笑して小さくつぶやいた。
「あ……すみません。人違いだったようで……えへへ」
「いや人違ってないけど!!」
「えぇ!?」
ついノリツッコミのようになってしまう霧也。戸惑う妃貴の声色を聞いた時点で、霧也は既に彼女が正真正銘のあの幼馴染であることの確証は付いていた。だが相手方はどうだろう。はっきり顔を見て、声を聞いてもなお、疑いの目は晴れていないように見える。
「う、嘘?あの、霧也……?全然あたしの知ってる霧也じゃないんだけど……」
その一言を聞いて、霧也は確信した。垢抜けした自分が見違えるほどに変わり果てていたのだと。実際問題、妃貴は目の前にいる男を霧也だとは思っていなかった。
「こいつは霧也なんだ」と自分に言い聞かせても、瞳孔が「いや、こいつは霧也じゃない」と視覚情報が否定する異例の事態に陥っていた。
目の前であたふたして冷静さを欠かす妃貴を前に、霧也はとりあえず宥めるために落ち着いた声でスマホに目を落として呟いた。
「妃貴、時間が押してる。このことは後々説明するから、今は急がないと。」
「え、あぁ……。わ、分かった……。」
そう不承不承ながらに応えた妃貴は足早に玄関へと向かう。離れていく背中を見送った霧也は、姿が見えなくなるとともに大きな溜息を吐いた。
(なんで、なんでなんでなんで!?どうしてこうなった!?)
心臓が遅れて拍を早めるのを感じる。今この状況を呑み込めていないのは霧也だった。さっきまで冷静さを繕っていた顔とは一転、青ざめ呼吸も荒くなり、風邪を引いたような感覚に襲われていく。
主人公を目指し高校生活に華を咲かせようと意気込んでいた最中、二年も想いを馳せていた幼馴染と再開する。この数分間で自分に降り注いだ情報量は、霧也の脳を酷く疲弊させた。
覚束ない足取りでふらふらと玄関まで歩を進めていると、背後から肩に手が添えられる。なんだなんだと振り向くと、自分と同級生の男子……基、イケメンがこちらを心配する顔でこちらを見ていた。
げんなりした霧也の顔を見るなりその顔の深刻さを増してイケメンが声をかけた。
「顔、青いですよ。大丈夫ですか?」
「あぁいや、別に病気とかじゃないと思うんで。心配しないでください」
「でも、本当に顔色が……」
「マジで大丈夫なんで、心配かけてすみません」
そうイケメンを振り切ると、霧也はなんとか気張り重い体を支え歩を早めて玄関へ向かった。
◇
長く眠い始業式と入学式を終え、教室へと戻る生徒の姿はずっと座っていたせいか少しぎこちなかった。それでも姿勢良く、気品高い高校らしく歩く面々の中に、一人手放したはずの猫背と感動的な再開を果たした者が一人いた。
(あぁ~……やっと終わった……。マジで話長すぎるんだよな……)
霧也はまだ昼時すら回っていないのにも関わらず既に五十メートル走を走った後の様な疲れを感じていた。式を終えると八割は記憶から既に抹消されているような校長の式辞はひどく退屈で、せめて周囲と浮かないようにと見た目聞いてる姿勢を正すだけでもそこそこの体力をもってかれたのである。
頑張っている自分を隣に虚ろ虚ろとしている女子を視界に収めた時はどんな憤りを感じたことか。とはいえこんな怒気は自己満足のとばっちりに過ぎない。
やっとこさ、なんとか教室にたどり着き、自分の席へ腰をかけほっと一息つく。周囲の様子を見るに早くもクラスメイトは空気に順応したらしく、「どこ中だったの?」やら「えっそれなマジ分かる」やら打ち解けた会話が聞こえてくる。
何とも初日らしい会話だが、その輪の中に入っていく気力も湧かない霧也は泣く泣く机に突っ伏した。自分の無力さをしみじみと感じるともに今朝、校門で起こったことを思い返す。
(しかし、なんであいつが……)
突如現れた幼馴染は、気持ちの良いスタートを迎えるビジョンを見ていた霧也を混乱の渦中に落とした。普通にしていればただただ幼馴染と同じ高校だったというだけである。こんなにも霧也を混乱させた要因は、だいぶ前に聞いた噂話が事の発端だった。
中学三年の夏ごろ、丁度妃貴が霧也の前からいなくなってから一年が経つ頃に、霧也はある噂を耳にした。それは「妃貴は他県の高校に転校した」というものだった。ソースがどこなのかは分からないが、一人の男子生徒が立てた噂である。
この噂話を耳にしてから、霧也の「まぁ高校に入ったら一緒になるかもしれないし……」という一縷の望みは途絶えたように思えた。だが今はどうだろう。
ちらりと向けた目線の先では、かつての幼馴染がクラスメイトと仲睦まじく話している。どうも辻褄が合わない。
噂が虚偽であっただけだが、これに関しては聞き出す必要があると霧也は考えていた。
だがしかし霧也にはガールズトークの中から一人の女子を引っ張り出す勇気も何もなく。いつ聞こうか、と頭を抱えている時だった
「ね、ねぇ」
頭上から、知っている女性の声がした。その面を上げると、妃貴が分かり易く居心地悪そうに目線を反らしていた。そんな幼馴染の姿に溜息をついてから、前と、いつもと同じよう呼応する。
「妃貴か、どうした?何かあったのか?」
「いや、その……聞きたいことがいくつかあるんだけど」
「……奇遇だな、俺もだ」
「やっぱりあたし達、似てるね」
「変わったのは年齢だけみたいだな」
安心する話しぶりに、お互い安心感を覚えた。前と変わらぬ相手であることを確認した妃貴は聞き出したいことのために口を開いた。
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