第11話ババアイジりを楽しむ姉は強メンタル

 話を元に戻す。


 ジョウジたち四人は、みなそれぞれの手元にある食事――バーチャル空間のそれではなく、現実世界にある食事――を食べ始めた。


「ほんと、食べずらいッスよね、ヘッドマウントディスプレイつけたまんまだと」


「デスクトップにすりゃいいじゃねえか。前見えねえだろ」


「いや、ここは没入感にこだわりたいんスよ」


 MetaVerseChatはPCでも利用可能だが、その醍醐味を味わうのであれば、やはりヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着すべきだろう。


 しかしHMDを装着すると当然、現実世界は見えなくなる。つまり、目の前にある現実世界の食べ物を口に運ぶことも難しくなる。キョウダイたちが話しているのは、そういうことだ。


「お皿ひっくり返したりしないでよ……。そんなことより、みんなちゃんと指定されたおかずを用意した?」


 物を食べながら話しているナツキの声はもごもごとしている。


「ナツ姉ちゃん、見てけろ。今日の餃子、わだすが作ったんだず」


「えー、すごいじゃん、ツバサ。見てけろって言われても見れないけどさあ。自分で焼いたの?」


「んでね(違います)。焼く係は叔母さんで、わだすは包む係」


 湯島キョウダイの毎週の食事会には、一つのルールがあった。それは、みんなできるだけ同じものを食べること。


 献立はツバサが決める。いや、厳密にはツバサの保護者である叔母が決める。ツバサは自分で食事を用意する経済力がない。よって、その日に叔母が作る夕食の献立に合わせて、他のキョウダイたちが同じ食事を用意するのだ。


 その週の献立は、土曜日の夜か日曜日の朝にツバサがDiscord(チャットアプリ)で他のキョウダイたちへ送ることになっていた。


 今週の献立は餃子である。


 ジョウジは現実世界の餃子をひとつ口に運んだ後、それをレモンサワーで胃に流し込んだ。


 よし。うめえ。


 ジョウジは満足げに独りごちた。


 今朝ツバサから連絡があった後に商店街で材料を買い集め、自分で餃子を作ったのだ。こう見えて、毎日の食事は極力自炊したいタイプだった。


 ジョウジがにんまりしていると、目の前をツバサがぴょん、ぴょんと飛び跳ねながら通り過ぎた。


「おい、ツバサ。飯食うときはおとなしくしろよ。……またババアに怒られるぞ」


 ツバサは足を止めた。


「くーっくっくっくっく……ババア、ババア……」


 ツバサはわざとらしく両手で口をふさぎ、チラ、チラとナツキに流し目を送った。


 ナツキのことをババアとからかい始めたのは、ジョウジが小学校高学年のころだ。


 ナツキは当時からおせっかいで、特にキョウダイに対してはそれが顕著だった。


 夕食時、キアはスナックで働いていたため、子供だけで食卓を囲むことが常であった。そんなときナツキは、「今日の学校どうだった?」とか「もっと野菜食べなって」などと母親のようにキョウダイに接した。


 また、ジョウジが学校の友達を自分の部屋に連れてくると、ナツキはいそいそとジュースやらお菓子やらを持って入ってきて、友達との会話に混ざろうとした。そんなときジョウジはいつも「早く出てけよ! ババア!」とナツキを追い出すのだった。


 このようなことが何度もあったので、母親ムーブをするナツキをババアと呼んでイジるのは、キョウダイの中で定番となったのである。


 ジョウジは当時のことを振り返って、「ひでえこと言ってたな」と反省していたが、あるときナツキから、


「いやー、アタシさあ、スナックでもババアって言われてるんだよねえ」と打ち明けられたときは、飲んでいたハイボールを口から噴き出してしまった。


「ありえんくない? こんなに若くてかわいいのにさあ……。まあ確かにね、お姉はね、よくカラオケで昭和歌謡を歌ったりするのよ。ほら、お母ちゃんがよくお店で歌ってたじゃん。だから、アタシの身体にも昭和歌謡が染みついててさあ、最近の歌より歌詞がスルスル出てくるんだよね。まあ、いいの。わかってるから。スナックに来るオジサンたちはさ、かわいい子を見るといじめたくなっちゃうんだよね。ほら、小学生のとき、そういうキッズがいたじゃん? それとおんなじなのよ。ほんと、男って成長しないよねえ」


 ナツキは、ババアイジりに対してまんざらでもない、むしろおいしいとすら思ってそうであった。そんなナツキを見て、ジョウジはババアイジりすることが姉に対する愛なのかもしれないと考え、以降、隙さえあればイジってあげるようにしていた。

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