第10話MetaverseChatって知ってっか?

 ナツキが母親の墓前に手を合わせ、「アタシさ、キャバ嬢やめたんだよね」と切り出したとき、なにか重要な話があるなとジョウジは直感した。


「結婚でもすんのか?」


 しかし、ナツキはジョウジの質問には直接答えなかった。


「アタシさあ、自分のキョウダイがすごく自慢だったんだよね」


「自慢? オレたちがか?」


「そう。だってさ、アタシたちみたいなキョウダイってなかなかいないと思わん? みんな父親が違って、しかもその父親がもういなくって。なんか漫画みたいだし」


 ナツキは線香の包み紙をくしゃくしゃと丸め、近くにあった網目のゴミ箱へめちゃくちゃな投球フォームで投げた。ゴミは遠く外れて、水道場の脇に転がった。ジョウジは包み紙を拾い、ゴミ箱へ捨てた。


「確かに、変わったキョウダイだよな。よく、近所のオバサンから言われたよ。『今のパパは何人目のパパなの?』って。ひでえよな。そんなこと、子供に聞くんじゃねえよ」


 ジョウジの脳裏に、夕暮れの帝釈天参道が蘇った。故郷の記憶に父親が登場しないにも関わらず、悲壮感が全くないのはなぜだろう。ジョウジは思い出し笑いに口元を緩めた。


「でしょお? そんなこと近所のオバサンに言われちゃうくらい、アタシらは変わってたんだって。アタシにとって、そんなアンタたちはかけがえがないの。……しかもさあ、こおんなにも可哀そうな境遇の三姉妹が、みんな美人ってすごくない? アタシは言うまでもないけど、アンタだってアオイとツバサに久しぶりに会って、あまりの美しさに驚いたっしょ? やーっぱ、美女っていうのはさ、不幸な境遇に置かれる運命なのかな♪ もう、美女なのがつらい☆」


 すぐにおどけるのは変わっていない、とジョウジは思った。昔から、真面目な話が続くと自分がピエロになってでも場を和ませる、そんな姉であった。


 ジョウジは後ろを振り返った。墓地の入口近くにあるイチョウの木の下で、アオイとツバサがふざけ合っている。本当に大きくなった。当然だ。七年間会っていなかったのだから。


「まあそれは冗談にしてもさ、そういうわけで、アタシはもう一回、みんなとつながりたいの。六本木でキャバやってるとさ、ほんと時間が思うように作れなくって。だから、辞めた。これからはキョウダイのために生きていきたいの」


「そんなこと言ってると、嫁に行き遅れるぞ」


「大丈夫。アタシにはサトルがいるから」


「サトル? おお、あのめちゃくちゃ頭がよかったサトル君のことかよ? 姉貴、中学の頃付き合ってたよな? まさか、まだ続いてんのか?」


「ううん、さすがにもう付き合ってないよ。でもね、アイツ、中学の頃言ってたの。『将来、オマエのこと幸せにする』って。だからね、アイツはアタシのことを幸せにする義務があるの。今でもちょくちょく、そう言って本人にプレッシャーをかけてるから、大丈夫」


 重すぎる女の勝手な言い分にジョウジは軽い頭痛を覚え、心の内で姉の元カレを憐れんだ。


 そして、ナツキにかわって墓前でしゃがみ、母親の墓石を眺めた。


 こうしていると、小学校の卒業式で、派手なメイクを崩しながら、我が子の成長に涙する母親の姿を思い出す。


 卒業式で必死に話しかけてくる母親に対し、舌打ち一つ残してその場を立ち去った。その時のことを思い出すと、今でも胸がうずく。


「ジョウジ、あんたはどう思う?」


 ジョウジはしばし沈黙してから、逆に質問した。


「姉貴、さっきキョウダイのために生きると言ったな。何をやるんだ?」


 ナツキは羽織っていたジャケットのポケットに両手を突っ込み、ジョウジをじっと見つめた。


「アタシはさ、ゆくゆくはキョウダイ四人そろって、この柴又で一緒に暮らしたいの」


「本気かよ? ほんとに行き遅れるぞ」


「だから大丈夫だって言ってんじゃん……。でも、アオイもツバサも入学したばっかで学校変わったら嫌だろうから、二人が卒業するタイミングで、一緒になれないかなあって思ってんの」


 ナツキは下唇にゴテゴテのネイルを付けた人差し指をあてて、頭の中にあるイメージを楽しそうに話した。きっと、ナツキはずっとこのことを夢見ていたに違いない。


「ツバサは今四年生で、アオイは高一だから……あと二年以上あるんだよね。それまでは、場所も離れているから、頻繁に会うわけにはいかないでしょ? だったら、ほら、パソコンのリモート通話とかでさ、月に何回か会えればって思ってるんだけどどうかな?」


 瞳を輝かせて話すナツキは、夢見る少女そのものだった。


「アンタそういうの詳しい? アタシ、パソコン関係全然ダメなんだよね。あ、でもアンタ、ヤンキーだもんね。詳しいわけないか。ハハハッ」


 つられて、ジョウジも笑った。タイミングが良すぎる。ナツキの夢を叶えるのにぴったりな技術を、つい最近まで猛勉強していたじゃないか。


 興奮していた。そんな様子を知られるのがなんとなく恥ずかしくなり、二人の妹の様子を見るふりをして、ナツキから顔を背けた。


「ヤンキーってのはよ、意外と勉強してるんだぜ?」


「どういうこと?」


「姉貴、MetaVerseChatって知ってっか? リモート通話より、よっぽど体温を感じられるぜ」


 こうして、ジョウジはMetaVerseChatをナツキに教え、以来、毎週日曜日の十九時にMVC上のプライベートワールドに集まって、キョウダイで食卓を囲んでいる。

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